こないだ昼間に久しぶりに部屋を開いてチャットしていたら
いつもやる夜中の常連達とは違うチームが、やはり入ってくる
その中で初めて会った人が面白い話を聞かせてくれた
年齢は分からないけど、多分同世代の女性のようだった
どうしてもメンヘラって
なぜ生きているのか、自分の本分は何か、何故こんなに苦しませられるのか・・・とか
哲学的に悩む傾向があるんだけど
それとは関係なく、私はずいぶん昔から
それこそ、発病したり症状が現れるずっと以前から
スピリチュアルなものや、輪廻応報とか宇宙の法則とか宗教哲学とか
そういった類のものへ関心があったようで
目に見えないものへの恐怖のような
それでいて絶対的な心のよりどころや信頼のような、そんな部分が大きい
誰の影響を受けたんだろう・・
多分、太極拳を趣味でやってた母さんが「気」の存在を遊びながら体感させてくれたせいかな
親しみやすい環境だったせいかもしれない
昔はずいぶんスプーンを曲げたり、自分の気を視界で確認したり
お盆時に死んだおばあちゃんが夢に出てきたり
不思議なことを素直に受け入れて育つ子供だった
てなわけで
山ほどそれに関する文献や本を読みふけり
お坊さんや神父さんの説教などを聞きふけったり
勉強したというよりも、興味深く楽しんで蓄積していった概念がぼんやりとある
ある程度の年齢になって経験が増えれば増えるほど
やはり信じずには居られない今日この頃な訳だけど
少々「変わり者」や「ふしぎちゃん」や「頭おかしい」っぽい印象を持たれることも
たまにあったなぁ・・・
だいぶんと三輪明宏や江原さんや、昨今のパワースポットブームで
市民権を得たジャンルではあるので
世間話のレベルでこんな話題を持ち出して語っても、引かれなくなった感はある
前置きが長くなりましたけども(^^;
はじめまして*_ _))で話したその女性が
目に見えない力って信じますか?的なその類の話を
挨拶もそこそこに、軽くジャブを打ってきた
そのジャンルの話が出来る相手か、当たり障りの無いお伺いのような印象っていうかな~
そんな話を振られても全然引かないどころか
「むしろ分かるチームですよ^^ ご安心めされ」って返事したら
安心したのか、せきを切ったように話してくれた
カルマを背負って人はみな生れ落ちるのよねって話になって
そのカルマが一段落したり、それなりの解決の決着がつくのは
平均して40歳前後で訪れる傾向にあるらしい
私も35歳。5月には36歳を向かえ
いわゆるアラフォーってやつだ
その人に言わせると
肩の力が抜け、いい意味で開き直ったり
今までとは違う因縁めいたご縁というより
いわゆる良縁と思われる、人と繋がりの実感が
そのタイミングの証拠のサインではないかと感じている・・・とのこと
なるほど!確かにそう思いますね
同感ですと返事をした
30代を迎えた頃にも感じたけど
今はもっと実感をしてしまう意見だった
色んなその人それぞれのカルマを背負っているんだろうけど
大きな傾向としては
色んな人や物事に対して”許す”って課題を背負っている人は多いと思うと告げると
彼女も同感だといってくれた
許す行為が完結したとたんに
視界が開けるような、憑き物が落ちたような、凝り固まっていた滞りがとけるような
生まれ変わったような心境になる
心と体はひとつなので、当然睡眠や倦怠感みたいなものも改善され
体調にも影響を起こすのだろうと
二人でお互いのよく似た体感の経験を熱く語った
もし私もそろそろそのカルマの一段落の時期だとしたら
だからお店をしてみたいとか
新しい何かをやってみようと思ったりするのかもしれないな( ´∀`)
同時にまた
私の今世のカルマって一体なんだろうか
それが一段落なんて本当にしたのか
終焉を迎え初めているのか
それともぜんぜん渦中なのか
新たな課題に取り組む段階なのか
それはまったく実感として分かるわけではないのだけど
彼女のその言葉は説得力があったというか
なんだかものすご~く私は納得したのだ
私にはいくつか手に入れたいものがある
頭ではそれがすばらしいなとか
そんな自分になれたらどんなに良いだろうな~って思いつつも
なかなかそれを手に入れれないよなとか、困難だとも同時に感じている
人としてよりよく生きていくうえで手に入れたいスキルというか
物事への感じ方
目の前の誰かが嬉しそうにしている
それが自分の幸せそのもの
だから自分の幸せのために、見返り無しに好き好んで
その人に与えてしまう色々を(労力や時間やエネルギー)を心から楽しめる自分
手に入れたい
言葉であったり、笑顔であったり、元気であったり、食べ物や贈り物であったり
なんでもいい
今世で私が取り組むべき一番の大きな課題はきっと
『自分を許し愛すること』
それだけは間違いないなって思う
だって私にとってはこれが一番難しいものね