このブログにコメントを下さるfree birdさんの短編小説を紹介します。
といっても、free birdさん自身の構想のものではなく、
僕が適当に選んだ説明なしの5枚の写真にストーリーをつける、という変わったタイプのものです。
逆に、ご自身が書かれるものより、この上なくやり辛い設定だったと思いますが、見事な物語を展開してくれています。
どうぞお楽しみください。
「追憶」 ・・・ free bird
私はロンドン名物の2階建てバスに乗りながら、この街並みを懐かしく眺めていた。
曇天の空はやがて深秋の冷たい雨に変わり、バスは複雑に交差した路地に差し掛かった。
大きな弧を描きバスは左折する。私の体もつられるように傾く。
標識と街灯が狭く並び立つこのRで、私はふと十年前の出来事が走馬灯のように駆け巡った。
それは同じ日本人の町田という一族の事である。
私は当時イギリスの証券会社で働いていた。
休日に会社の同僚宅に向かう途中で、この街ではあまり聞くことがない日本語で語りかけてきた一人の男がいた。
それが町田という中年の男だった。
何でも彼は家族と親戚四人でイギリスに観光旅行に来たらしい。
日曜市場を皆で回っていたところを逸れ、家族を探している、というのである。
それでも何とか三人と携帯で連絡を取り合い、皆が集まるのにわかりやすい場所をはぐれた市場の近くに探している、という。
「Excuse me. Are you Japanese? 」、 「ええ、そうですけど」
「よかったぁ… いゃね、市場で家族と逸れましてね。
携帯電話は繋がったんですけど、皆てんでばらばらの場所にいるみたいなんですよ。
皆が落ち合う場所を探しているんでけど、ここがわかりやすい、と思って…… なんていう交差点なんでしょうか?」
「ああ、ここは○×交差点といいます。 ところで、どのような格好の方々ですか?」
「親戚はTシャツにチェックのシャツを着て眼鏡をかけています。
娘はマリンボーダーのパーカー着て眼鏡をかけていいます。 妻はボウタイ・ワンピの格好ですが…」
私がすぐに質問したのには訳がある。 数分前、私が△□通りからここに向かう途中、日本人と思し召しき二人を見かけたからである。
一人は小学生くらいの年の女の子で、画廊の前で佇んでいた。ウインドウに飾られた絵画に見とれているのでもなく、
中で改装の準備をしているイケ面の男を眺めている感じにさえ思えた。
何故私がその男に気付いたかといえば、むしろ私はエリック・クラプトン風情のひげを蓄えた職人が気になったからである。
そして立ち止まってマジマジとその彼の顔を見た私は、他人の空似と苦笑してしまったが、
ふと横を見ると隣で立ち尽くし、憧憬のまなざしを送る彼女が気になって仕方がなかったのである。
もうひとりは×○△広場でピストルを持った保安官のブロンズ相手におどけていた男である。
観光客が立ち止まるそのスポットは、確かに他の国の旅行客も記念撮影をする場所ではあるが、
日本人は旅の恥はかき捨て、とばかりに高揚し、時には地元市民の失笑を買うこともしばしばである。
彼もご多分に漏れず、そのひとりであった。
私は町田と名乗る彼にその経過を説明した。
「じゃあ妻も近くにいますね……」、 「だと思いますよ。すぐに来ますよ」
私はそこで彼と別れたが、異国の地で心細いところを同じ日本人を見つけ、
家族の様子も伝えられたことが余程嬉しかったのか、何度も何度も私の両手をつかんで感謝の言葉をそえ、離そうとしなかった。
…それにしても仲間と逸れたというのに、呑気な家族だねぇ…
そんなことを思いながら道を進み、しばらくして右折すると当時行きつけだったカフェがある。
同僚宅訪問の時刻よりだいぶ早く到着してしまった私は、いつものようにカウンター脇の定位置に陣取った。
いつものようにティーを頼んだ私は、ふと対面する席に日本人を見つけた。
ボウタイ・ワンピの女性… 女性はカウンター内で仕事する若いいい男をうっとりと見つめている。
…町田夫人に違いない…
私はすぐに夫人の傍に足を運んだ。
「失礼ですが、町田さんでいらっしゃいますか」、 「えぇ… そうですけど、何故私の名前を?」
見ず知らずの人から名前まで呼ばれ、夫人は困惑気味である。
「今少し前にご主人とお会いしましてね。奥様達を探していらっしゃいましたよ。
そこの路地を出て左折すると○×交差点です。そこでお待ちですよ」
「ありがとうございます。ほんの少し前に連絡がありました。どうせ皆が揃うには少し時間もかかるでしょうから…
何せみんなB型の人間ばかりなので『我が道を行く』タイプでして…
あ、家族の事言えませんね。私もそうでした。お茶を終えたら向います。ご親切にどうも」
失笑する夫人に、私もまた作り笑いで「お気を付けて」とだけ言葉をかけ、自分の席に戻った。
それにしても、『お気を付けて』とは言ったものの、私のように几帳面なA型の人間からすれば、何とも呑気で許しがたい家族に写った。
しかし、不思議に憎めない人たちでもあった。加えて、この母にしてあの娘あり… である。
何やらいい男に見とれている様は、B型ということだけでもあるまい。
ほんのわずかの間に親子の妙な似通った癖を発見し、私は苦笑した。
…あれから、もう10年か。西日本の益田市でレストランをやっていると言っていたな。日本に戻ったら今度行ってみるか…
私は十年ぶりに思い起こした「とぼけた家族」に無性に再会を果たしたい気持ちに駆られていた。
しばらくするとバスは懐かしき街並みを抜け、旧友が待つ■□駅広場へ到着した。
追憶 free bird
構想にたった15分。 打ち上げに2時間かかったそうですが・・・・・
お忙しい中、無鉄砲な僕の投げかけに期待以上に応えてくださって、ありがとうございました。
おとぼけ家族皆で楽しく読ませていただきました。
The Continuing Story of Bungalow Bill / The Beatles