昨日の続き。(本当は1回を予定してたけど最終締め切りの24時になったので
途中で終了)
時代は一気に進んで江戸時代。流山で大きなトピックと言えば坂川ができたこと。
松戸では殺人事件まで発生したりと大問題でした。
ちなみに逆川(主に松戸側)、坂川(主に流山側)とも書きます。
続いて小金牧。小金高田台牧があり、流山・松戸・柏・鎌ヶ谷と馬の産地でした。
今でも、馬が逃げないように作った土手が点々と残っています。
流山のお隣は醤油の町(キッコーマン)ですが、流山は白みりんの町。
明治時代の内国勧業博覧会で賞を取るほど、国内トップの技術。
外国からもメダルをもらって・・・外人さんてミリンを使うの?
展示室の右半分が「万上みりん」左半分が「天晴みりん」になってるのかなぁ?
ラベルは石版で印刷してたようです。
続いて、千葉県。利根川を挟んで北側(板東市)を茨城にあげて代わりに
南側(銚子市など)をもらって交換。埼玉(幸手市など)東京(両国より東)には
あげただけ。(代わりをもらっていない)
続いて利根運河。
ちなみに、説明パネルでは詳しく書かれてませんが
利根運河は、茨城県の発展のため茨城県人が中心となった民営会社で掘削・運営が
されました。千葉県は洪水被害が拡大するので建設反対で、実際に洪水も発生した
ようです。
続いて交通網。
流山には東武野田線と流鉄線が古くからあり、昭和になってから武蔵野線
平成になってつくばエクスプレスが通るようになりました。
経営主体がバラバラで市内の電車の便はイマイチよくないです。
開通5周年記念イベントのポスター
運賃半額の他にも新品機関車や花火大会など今見てもスゴイ力の入れようです。
ただ、本数が・・・。
この頃の野田線も少ないけど、野田線は醤油を積んだ貨物が主体だろうしね。
今は東武バス・京成バス(ちょっとだけ)が走ってるけど、あんまりバスを
見かけない。関宿の方がバスが多いかも?と思えるくらい。
いつも渋滞している流山橋ですが、そろそろ新しい橋が無いと・・。
流山には通ってませんが・・・
こちらは流山を通っている。でも、武蔵野線ってイマイチなんだよねー。
流山博物館の回はこれで終わり。
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もしかして、観光では無く単に電車・バスに乗りに来ただけ?小金城址でぺんちゃんも下車したことがあるけど、あんまり見るものが無かった感じだった。
武蔵野線ができたての頃、新松戸から幸谷まで歩いて乗りました。
次の小金城址まででしたがね。^±^
で、馬橋から松戸まで歩いて、松戸から市川まで京成バスに乗り、後は電車で帰りました。
楽しい一人旅でした。^±^