水に浮かび物思う

カリフォルニアの海でカヤックに出会う。キャンプやハイキングの話も。

フィレンツェとヴェネチアを巡る旅 その5 「まだ帰りたくない」

2007年08月10日 | 旅行

ヴェニス3日目。朝起きる。Eが歯を磨いている間テレビをつけていた。ぼくはイタリア語は4単語くらいしかしゃべれない(けど元気な声でしゃべれば100%通じる)からもちろんなにをゆっているのかサッパリである。おまけに決定的にテレビは傾いている。チャンネルを回しているとCNNがやっていた。ありがたい。と思ったら新潟で強い地震があって、さらに台風(タイフーン)が日本を直撃したというニュースがトップでやっていて、ぼくは腰を抜かしそうになった。実は旅行のために持ってきた小説のなかで、預言者が新潟に地震が起こると予言した場面があったからだ(その予言ははずれるけど)。つい、昨日か一昨日の夜寝る前に読んだばかりじゃないか。こんな一致ってあるのか・・・と思ったけれど、まぁぼくの個人的な偶然はどうでもよくて、ぼくの本籍が新潟ということもあり一人でも多くの人が無事であってほしいと願った。


・_・ ・_・ ・_・ ・_・ ・_・

今日は水上バス「ヴァポレット」に乗ってムラーノ島に行く。ムラーノ島はヴェネチアングラスを作っている職人さんたちが住んでいる島だ。どうして職人を一箇所に集めたのかというと、ガラスは高温の炉を必要とするため火事が起こるのを恐れたこと、また辺鄙(へんぴ)な場所に職人を集めることにより職人の流出を防ぐことが理由だったという。13世紀に職人を移住させたというのだからヴェネチアングラスの歴史は随分古い。

ムラーノ島以外にも有名な島があって、ブラーノ島というのだけれど、ブラーノ島はレース編と漁業で有名なのだそうだ。漁師が漁から帰ってきて自分の家がすぐ分かるようにということで、家がいろんな色で塗られているという。なんともかわいらしい島だ。今回は訪れていないけれど。



ヴァポレットの半日チケットを購入した。これで今から12時間乗り放題である。ぼくたちは高速船に20分揺られムラーノ島にやってきた。観光客もそれほど多くなくてのんびりした雰囲気の島である。そして当たり前だけどヴェネチアングラスのお店だらけである。ジェラートを売る店すらあまり見かけない。ぼくたちは手当たり次第見つけた店に入ってみた。

やっぱり売り物の写真を撮るのはよくないかなと思いカメラは使わなかったが、しかしその衝動を抑えるのは大変だった。美しいのである。ヴェネチアングラスって気が遠くなるほど精巧で、色の鮮やかな万華鏡の模様を小さい面積に凝縮したといえばいいだろうか、実に細かく美しい。ぼくはもともとガラスが好きなので見入ってしまう。緻密な模様の作品だけではなく、映画「旅情」に出てきたみたいな赤一色のグラスもあれば淡い色彩のものもある。様々な形や色のガラスが並んでいる。アクセサリー、コップ、皿、時計、花瓶、その多色々、中には用途の分からない前衛的な作品もある。チェス板と駒まである。見ていて楽しくなってしまう。

また店によってカラーというか、置いてある作品の種類が違うのも個性があって面白い。ある店はトラディショナルな細かい色彩のヴェネチアングラスが置いてあり、また隣の店ではモダンアート風のきわめてシンプルな作品が置いてある、といった具合である。中には帆船とか、動物をかたどったものとか、一体どうやって溶けたガラスからこんな形を作るんだろうと頭をひねってしまう作品もあったりして見ていてあきない。



ある店でぼくたちはプレゼントのためにネックレスを買った。お店の人と少し会話をしてみる。なんでも彼女のだんなさんがガラス職人で、その店にあるグラスはすべて彼の作品なのだという。すごいたくさんあるのでぼくもEも驚いてしまった。彼女はあるペンダントを出して、「ココに入っているこの色は珍しいの。これを使ってる人はあまり多くない」と説明してくれた。なるほど、たしかに金色でも銀色でもなく、強いていうならば赤褐色がキラキラしてる感じの色が入っている。たしかに珍しい色だ。派手過ぎないので日本人好みの色合いかもしれない。ぼくたちはその色の入ったペンダントの中から一つを選んで買った。



ゆうに20件は回ったと思う。途中でパニーニとワインの昼食をとった。ジェラートも食べた。そろそろ帰る頃合だ。同じ高速船にのってぼくたちは帰った。左手にリド島が見える。海水浴などもたのしめるイタリアのリゾート地だ。いつか行ってみたいな。

明日は空港に移動して日本に帰る日だ。実質観光は今日が最後。まだ帰りたくない。ホテルに戻ったぼくたちは、少々歩きつかれたけど元気を振り絞ってヴェネチアの町に出た。ヴァポレットに乗ってアカデミア橋に行く。そこからサンタ・ルチア駅に出て、バックパッカーとお店でごったがえした通りを行き、リアルト橋を渡っていけるところまで行き、キャナルグランデまで引き返してヴァポレットに乗ってホテルに戻った。途中、お土産も2,3買う。くたくたになった。ホテルにいる時間はいつもポストカードに一日の記録をつけていたのだけれど、その元気も使い果たしてしまったようで、ベッドでアザラシのように寝た。


・_・ ・_・ ・_・ ・_・ ・_・

最後の夜がきた。今晩は少しいいものを食べようと思う。ぼくたちはまたヴァポレットに乗ってアカデミア橋の近くのタヴェルナ(レストラン)に入った。早速キアンティを一本頼む。ペペロンチーノ、生ハムメロン(絶品です)、子羊のステーキ、スズキのオーブン焼き、食後にティラミスとエスプレッソ。どれもおいしー!街の中心からちょっと離れると味もサービスもぐんとよくなる。ガス入りのミネラルウォーター(Con gas? Non gas?と訊かれる。水はアクア・ミネラーレといいます)とチップを入れてしめて100ユーロ。ユーロ高(しかもヴェネチアの物価は高いです)は厳しいけど、最後にいい食事ができてよかった。

食事を終えて、赤ワインを飲みながらEと旅の出来事を話し合った。比べるならどっちの街が好き?という質問にEは、うーんと言って迷った末にフィレンツェと答えた。ルネサンスの巨匠の作品、メディチ家を中心とした歴史絵巻の舞台の中に自分が立っていること。横文字が難しかったけど下調べをしてきてよかったとEはゆう。同じ質問にぼくは、うーんと言ってヴェネチアと答えた。干潟の上にできた都市。いわば悪い条件の中で人々が協力して、他には見られない高い文化を創った。細い水路に架かる小さな橋にも歴史を感じてしまう。目をつむってシャッターを切ってもそれがいい写真になる。朽ちかけた壁の漆喰や少し磨り減った石畳がそれぞれに小さな音を奏で、街全体として交響曲が成り立っている。ヴェネチアの橋だけを日本に持ってきてもそれほどおもしろくないかもしれない。あとやはり、ちょっと前まで人力舟で人々が行き来していたというのがいいではないか。水路が発達していたのでむしろ物資の搬入は楽だったのかもしれない。と、少し酔ってしゃべっていたぼくの手を叩いて、Eが「もうすぐヴァポレットに乗る時間だよ」とやさしく教えてくれた。

おしまい。




最新の画像もっと見る