ハーバード大学の教授の著述をきっかけにしてだろうか、哲学書が本屋で売れているのだそうで、特設売り場まであるのだそうで、ちょっと驚きです。
哲学なんて、図書館に行くとプレートを見たことがある程度で、ジックリ読んでみたいなどと、ここ30年ほどは思ったことがないのです。
30~40歳台の方々が、哲学書を読まれているのだそうですが、いいですねえ。
若い方々がゆっくりと考える時間を持つのは、本当にいいことかと思います。
最近の傾向としては、豊かさと自由度を誇っているのですが、価値の基準としては、そればかりでもないように思えるのですし、今人間は「真なる規範」を失っているような気がして、今日の新聞の一面を、記事を見入ってしまいました。
哲学にもいろいろあるからなあ。
私は、生き方もですが、死に方についても考えなければならないような、年代になってきておりますが、未だに不熟につき彷徨っております。
それだけに、最近の児童虐待や老人介護問題などの、悲惨なニュースを聞くたびにアノミーについて考えているのです。自分の小ささに思い悩んでいます。
結局のところ、出来るだけのことをやることで、自らを慰めているだけなのです。
今日はまだ、体のあちこちが痛いねえ。情けないねえ。
花はただひたすら時期が来れば、花弁を広げるのです。
彼らの全能力を、さらりと出し尽くしております。
高知新聞。やるじゃあないですか。この記事を一面に持ってくるのですから。
哲学なんて、図書館に行くとプレートを見たことがある程度で、ジックリ読んでみたいなどと、ここ30年ほどは思ったことがないのです。
30~40歳台の方々が、哲学書を読まれているのだそうですが、いいですねえ。
若い方々がゆっくりと考える時間を持つのは、本当にいいことかと思います。
最近の傾向としては、豊かさと自由度を誇っているのですが、価値の基準としては、そればかりでもないように思えるのですし、今人間は「真なる規範」を失っているような気がして、今日の新聞の一面を、記事を見入ってしまいました。
哲学にもいろいろあるからなあ。
私は、生き方もですが、死に方についても考えなければならないような、年代になってきておりますが、未だに不熟につき彷徨っております。
それだけに、最近の児童虐待や老人介護問題などの、悲惨なニュースを聞くたびにアノミーについて考えているのです。自分の小ささに思い悩んでいます。
結局のところ、出来るだけのことをやることで、自らを慰めているだけなのです。
今日はまだ、体のあちこちが痛いねえ。情けないねえ。
花はただひたすら時期が来れば、花弁を広げるのです。
彼らの全能力を、さらりと出し尽くしております。
高知新聞。やるじゃあないですか。この記事を一面に持ってくるのですから。