
昨夜は早めに帰宅してゆっくりと趣味やらテレビを見ていました。「なんでも鑑定団」や「クールビス」、「茶懐石」などテレビも話題豊富・・。
さて、日本の茶道は男性の参加が少なくなって退廃しています。加藤唐九朗が「茶道は男がやらないと道具が堕落する」と論じていましたが、まったくその通りです。
今の茶道はお弟子をとるためにやらたと決まりごとが多くて窮屈です。これではビジネスの第一線の企業戦士は茶道など見向きもしません。懐石の作法なんぞもその際たるもの・・食事終了の合図として箸を置く時に全員で音を立てる・・・決まりごと・・馬鹿か!!
作法ではなく単なる気配りというものです。音など立てる必要はありません。誰が決めたのだそんなこと
蓋の置き方、箸の拭き方・・気配りで処理すればよいことです。教えるために、授業料をとるために、やたら決めたことです
作法にこだわるがゆえに茶会に出てもろくに楽しんでいない人が多いのです。作法なんぞは適当でいいのです。お茶の醍醐味は人生観そのものなのですから、適当に楽しみたいものです。
さて本作品のことですが、幕末から明治時代にかけての陶磁器は10人揃いは最低限で、多いときには20人、30人分の揃いもので陶磁器を用意していたようです。
本作品も大きさからみて、飾り物というより実用的な作品なので揃いものとして製作し、日常的に使用していたものでしょう。それゆえ欠けたり、割れてたりしている作品が多いようです。所蔵している作品は残念ながら揃いではなく、しかも割れの補修があります。
源内焼その17 三彩唐草花文八稜輪花皿
合箱入 口径155*25
平賀源内のまなざし「源内焼」(五島美術館出版)に作品NO53として掲載されています。また「さぬきの源内焼」(平賀源内先生顕彰会出版)に作品NO45として掲載されています。

このように八面の輪花を八陵皿と言うようです。六面だと六稜です。源内焼にはこのような輪花型が多く、名称としては八稜、六陵などは省略するようです。
小さな見込みに見事な草花紋様です。

クールビズの服装ですが、もっと自由でいいですね。私の勤務している会社は恐ろしく保守的です。年配の方はしょうがないですが、若い人が年配と同じで保守的・・。ものを作る仕事の人間はもっと自由な発想をもてるようにしてほしいものです。後輩たちが上司の顔色を窺うよう象徴みたいに見えてしまいます
ビジネスマンはお洒落というとネクタイ、靴、ネクタイピン、時計、ベルトくらいですかね。それを少し打破できるのがクールビズです。クールビズによる経済効果も抜群ですし・・。シャツくらいはせっかくのおしゃれのチャンスですから、ダサいシャツで暑苦しい格好をするのはご勘弁願いたいものです。
さて、日本の茶道は男性の参加が少なくなって退廃しています。加藤唐九朗が「茶道は男がやらないと道具が堕落する」と論じていましたが、まったくその通りです。
今の茶道はお弟子をとるためにやらたと決まりごとが多くて窮屈です。これではビジネスの第一線の企業戦士は茶道など見向きもしません。懐石の作法なんぞもその際たるもの・・食事終了の合図として箸を置く時に全員で音を立てる・・・決まりごと・・馬鹿か!!
作法ではなく単なる気配りというものです。音など立てる必要はありません。誰が決めたのだそんなこと


作法にこだわるがゆえに茶会に出てもろくに楽しんでいない人が多いのです。作法なんぞは適当でいいのです。お茶の醍醐味は人生観そのものなのですから、適当に楽しみたいものです。
さて本作品のことですが、幕末から明治時代にかけての陶磁器は10人揃いは最低限で、多いときには20人、30人分の揃いもので陶磁器を用意していたようです。
本作品も大きさからみて、飾り物というより実用的な作品なので揃いものとして製作し、日常的に使用していたものでしょう。それゆえ欠けたり、割れてたりしている作品が多いようです。所蔵している作品は残念ながら揃いではなく、しかも割れの補修があります。
源内焼その17 三彩唐草花文八稜輪花皿
合箱入 口径155*25
平賀源内のまなざし「源内焼」(五島美術館出版)に作品NO53として掲載されています。また「さぬきの源内焼」(平賀源内先生顕彰会出版)に作品NO45として掲載されています。

このように八面の輪花を八陵皿と言うようです。六面だと六稜です。源内焼にはこのような輪花型が多く、名称としては八稜、六陵などは省略するようです。
小さな見込みに見事な草花紋様です。

クールビズの服装ですが、もっと自由でいいですね。私の勤務している会社は恐ろしく保守的です。年配の方はしょうがないですが、若い人が年配と同じで保守的・・。ものを作る仕事の人間はもっと自由な発想をもてるようにしてほしいものです。後輩たちが上司の顔色を窺うよう象徴みたいに見えてしまいます

ビジネスマンはお洒落というとネクタイ、靴、ネクタイピン、時計、ベルトくらいですかね。それを少し打破できるのがクールビズです。クールビズによる経済効果も抜群ですし・・。シャツくらいはせっかくのおしゃれのチャンスですから、ダサいシャツで暑苦しい格好をするのはご勘弁願いたいものです。
波紋を起こす気概と志しは革新的なのです!
革新には血と汗と涙を伴いますが、その先に何かがあるから夢があるから遮二無二頑張れるのではないでしょうか。
ところで、思いが込められて形創られた物は静に語り続けているような気がします。
久しぶりに早くおきた母親に、その格好で会社行くの?と確認されました。。
だらしなくならない程度にしなければと、一応考えてはいるのですが…。
がんばりましょう。
そう、源内焼はなかなかでしょう。
嫁入り前ですよ
でも、私自身を含め、今の若い世代というかソコソコ上の世代まで、気遣いの仕方、思い遣りの現し方、更にはいったい誰を思い遣るべきなのかさえも、「知らない」くなってしまっている、というのが、茶道を習っての私の感想です。
茶道は、お客様においしいお茶を差し上げたい、その一環として、不愉快な思いをさせないよう、世のストレスを一時忘れてリラックスしてもらえるように準備し、茶室を整え、おしのぎをお出しします。
そういう視点でみると、お茶の客と亭主のやりとりというのは、「この場面では客のこういう心境に配慮する」「この場面では亭主の配慮に対してこうやって陰でヘルプする」「この場面ではこうやって気持ちが伝わっていることを伝える」ための型の連続です。
もちろん型なぞ習わなくてもできるならよいのですが、私には「気を遣うってこういう風にやるのか!」「こういうシチュエーションではこっちの人に配慮しなきゃいけないのか!」「こう行動すると思い遣りが伝わるのか!」という発見の連続です。
その発見が応用して、日常にもちょっとずつ気遣いができるようになってきたところかなと・・・。
作法、決め事だからといって教えるのが間違いで、その後ろに、茶室に会した人々の間のどういう立場や気持ちのやりとりがあるのか、それを伝えるべきなんだと思います。
ちかごろはいろいろ楽しみも多いし、何でもスピード感が早く、基本を一つ一つは待ちきれず、上級や極意を体験して楽しさを知らないと入門する気にもなれず・・・ なのでテレビなどで上級の世界を見せるのでしょうが、上級には本来そこにいたるまでに「分かっているはずのこと」が多く、初心者向けに紹介しようとすると、説明しなければいけないことがあれこれたくさんになりすぎて、作法がガチガチに感じられるのではないでしょうか。
いずれ、茶道のみならず仕事でもスポーツでも、まず型は大切。基本の型もできないのに、「自分らしい」応用形がどんなものかなんて、分かるはずもできるはずもない、と思います。
漆のお椀を、洗剤をつけたスポンジタワシでごしごし洗う・・・ それが当たり前になってしまった世代と時代に、「漆の食器に料理を盛って出してもらったら、傷をつけないよう扱う気配り」しろ、は無理というもので、「こうやって置け。作法だ、決まりだ!」と言ってあげるほうが親切なのかもしれませんよ。。。
私も今のお茶のやり方では御勘弁願いたい心境です。
「私、お茶って飲み方も知らないの~っ
と言われたことがあります。
そんなことを言わせるような茶道のあり方、そういうイメージを持たせるあり方は、違っていると私も思います。
「えっお茶の飲み方を知らないの? 手でお茶碗を持って口にあてて、お茶碗を傾けて飲むのよ
とお教えしたら笑われましたが・・・ その通りなんですが、なぜ笑われたのかしら・・・。
そして道具を観る眼を養って下さい。茶碗の一つでも買ってみたら・・そう最低10万くらいのものを
弊社は本の編集をしている会社でございます。
本日御連絡を致しましたのは、ただいま小学生向けの冊子の制作を進めており、平賀源内について解説するページで源内焼の事を写真とともに紹介したいと考えております。つきましてはご所有の源内焼の写真の借用と掲載のご許可を賜りたく、お願い申し上げます。
ご検討の程宜しくお願い申し上げます。
御連絡をお待ちしております。
03-5291-5938
g-s.net@an.wakwak.com