1-3.異常な警戒
朝、天津爆発の近くでも人は棲んでおり、会社もある。
その日、迎居統(むかいおさむ)は、ドキュメンタリー番組「未来の可能性」の撮影で上海まで来ていた。
その撮影は「汚染水を清浄化させる」というもので、北村慧(きたむらさとし)と言う科学者の活動が取上げられていた。
例の如く俳優の仕事は朝が早い。夜明け前には、目を覚まして、因果な撮影へと出向いた。
そこは爆発で半壊して、ようやく形だけは元に戻った田豊自動車のディーラーである。いち早く、完璧な修復をして、天津の復活を印象付けたい天津の地方政府から逆に撮影の要請を受けた所である。
「それにしても爆発した後で良かった。爆発する時だったら、色々危なかったでしょうねぇ~。」
プロデューサーの西田である。
実際、命もそうだが、番組のスケジュールも駄目になっただろう。そうなると、今のご時勢大変な事となる。
「毎度タイトな撮影日程で、よくも海外まで来させたものだネェ~」
と迎居は溜息を漏らす。
「いやぁ~、あの翌日は大変なモンでしたよ…、何しろ臭いから違う…」
と言ったのは天津地区の案内をしてくれる田豊自動車のディーラー店主、藤村である。
「死臭?ですか?」
迎居の問いに、藤村は
「いやぁ硝煙臭さですよ…。私は田豊でレーシングの仕事もしていたからニトロを使った車の排気臭を知っているからね。だから、ああ、これは大量に硝酸が燃えたんだ…って分かったんだ」
「無茶苦茶ですね?7000トンですか?」
「さっぱりだよ?、まぁ大本営発表だ。幾ばくか割り引かないとね?しかし、北村さんは、こんな所の川の浄化でしょう?大変ですよね?」
「まぁ、今回の撮影では、ここに将来的に挑むって言う感じのシーンですから成果は、また後で…ってトコロですから、まぁ、北村先生も予算が貰えるかも知れないって…、お手伝いになれば?と思いまして」
西田そう言われ嫌な顔をしながら北村が答える。
「そこまでいやらしい世界じゃないですよ。一応、浄水問題は水源問題と農地問題で、継続的予算がありますから…」
「こりゃ失敬」
それを黙って聞いているのが、駐中日本大使館の駐在武官、大田だった。
「何れにしても、まだ一般警察どころか、軍警察や、軍隊もうろついています。発言、行動には御注意を…」
と釘を刺した。
「でも、どうなんですか?軍の監視の人、少なくないですか?」
西田が周囲を見渡しながら言う。
「もう、3ヶ月ですよ。好い加減、軍が出しゃばって現状保存も糞も無いものです。一刻も早く正常化したいのは、国家主席以下の同じでしょう?」
大田も周囲を見回したが、違和感を感じた用でもあった。
10分も走り、あと5分足らずで目的地に着く筈だったのだが、急に検問が出来ていた。
「日本人だな?身分証明書を…、おや?撮影クルーか?撮影許可証は?」
と例の如く横柄な対応の虫獄儘罠抑圧群の下っ端兵である。
「ハイどうぞ!天津市長の『撮影依頼書』付です…、昨日頂いたばかりです。」
と自信満々の西田だったが、大田は違った。
どうも、ピリピリしている?何があったのか?ここまで爆破していれば何も無い筈だが?
すると、下っ端兵は書類を返して、ぶっきらぼうに言った。
「この許可証や撮影依頼書は、失効だ。今、天津市の、この領域は、警戒レベルが上がった。」
「ええっ!市長の自筆のサインの要請書ですよ!しかも昨日の時点で発行された!それって、市長の権威はどーなるんですか?」
「黙れ!帰らないと拘束するぞ!」
下っ端兵は、良くある態度を見せた。
すると大田が車を降りて下っ端兵の前に行き敬礼した。
下っ端兵も敬礼をされては、返すという癖がある。また目の前に居るのは、他国のそれとは言え高級士官だった。
「駐中国日本大使館付き武官、大田康平三等陸佐であります。御職務御苦労様で御座います。」
虫獄儘罠抑圧群では滅多に無い労いの言葉に下っ端兵は若干感動した。
「はっ、有難う御座います」
と敬礼で返したが、それに対して大田は
「小官は、今朝、大使館での朝の一報を調べ、天津市周辺には、如何なる異常事態も発生していないとの事を確認しての移動であります。行動規制を行うには、まず大使館への通告があって然るべきかと存じますが、そこは如何なのでしょうか?」
「実は、小官たちも、15分ほど前からの警備であり、緊急出動の警戒となっております。尚、仔細については、ここでは答えられません。申し訳ありませんが、大使館を通じて、正式な問い合わせ頂く様にとしか申し上げられないとの命令です。御理解下さい。」
「なるほど、緊急事態でしたか?包囲の後で良かった。素早い行動感謝致します。ではこれで」
と再度敬礼して、去った。
「どう言う事ですか?太田さん?」
「聞きましたでしょう?あの通りですよ。恐らく彼等も何も知らされていない。これで、あの現場の雰囲気も納得できた。」
「つまり?」
「市長以上の権限が動いた可能性がある。小規模か、大規模か、重大な問題があった。それだけでしょう。」
「あぁ~あああ、困ったなぁ~。」
とは迎居の溜息だった。
「悪い!スケジュールは、こりゃ組み直しだな?」
と携帯電話を取って連絡しようとすると…、
「あれ?圏外?馬鹿な!」
「通信封鎖が張られているって事ですよ。お急ぎなら、私の衛星携帯をお使いになりますか?」
「えっ?」
「貴社の報道に『天津市にて異常あり』をお伝え下さい。いいですか?虫獄の顔色ばかり伺う会社ですが、これは、とんでもない特ダネとなるでしょう。」
西田は、恐る恐る衛星携帯に手を伸ばした。
「ああT○Sの報道は#112でかかります。」
「はっ?ハイ!」
と急いで電話をかけた。
「ハイ!報道の光武だけど、外務省?中国か?誰?」
「社会部の西田です。実は…」
「おお!西田さん!確か、今、天津で、迎居と撮影だったよね?良かった…、あのさ、昨日、ゲテモノと思って安く買い叩いた映像があってさ、それが、まぁ眉唾なんだろうけど、今天津市が再び封鎖されているってのと関係があるんじゃないかって、専らの噂さ!…っで、実際の所どーなの?」
「封鎖された後で中には入れない状態です。」
「じゃぁ警戒は、本当だったの?ああ、どうしようかな?」
その時携帯を大田が取った、
「武官の大田です。どんな映像か?見せてはくれませんか?大丈夫、こちらも取引の用意はあります。また衛星直通回線で繋ぎますんで、中国にはバレません。」
緊迫した様子だった。
「ハイ!分かりましたが…、報道部長の許可が…、ああ?ああ、今参りましたので、ちょっと事情説明を致しまして…、大使館の方の回線でかけた方が良いんじゃないかと?」
「良い返事を期待しております。では、大使館にて…」
と言うと電話を切った。
「大田さん?何があったんですか?」
「とりあえず、用心して私が同行した甲斐があったと言う事でしょう。」
衛星携帯を納めて大田はシートに身を沈めた。
「大使館へ、外周を回って行った方が早いだろう。」
と運転手に言うと。運転手は頷いて、ハンドルを切った。
T○Sの方では、報道部の光武プロデューサーが、部長の立石に、仔細を伝えた。
「で、これが、その映像かね?」
「ええ!最初、ゲテモノと思って、まぁ相手が今の内だって言うもんだから、取り敢えず10万で買いました。」
「元か?」
「円です」
「なら良い。安く上がったな?」
「しかし、馬鹿みたいでしょう?安物のSFだ。」
「良いじゃないか?まぁどんなものか知らないが、何かありそうな感じだ。どうせ安物だ、気軽に提供しよう。どうせ身元を明かせない奴の情報だろう?転売は自由自在さ。文句も言えまい。早く出した方が良い、主導権を手中にできる。画質をしっかり落としておけ!」
大使館に戻った大田は、飯田大使に、これまでの状況を報告した。
「ほう?天津が封鎖か?まさか、本当だったとはな?」
「もうすぐ、情報が来るでしょう。」
その言葉が終わって直ぐ、
「大田武官!」
と、大使館員の根室がやってきた。
手渡されたのは、封筒で、中にはSDカードが入っていた。
コンピューターに入れるとパスワード要求の画面が出てきて、それを入力すると情報が現れた。
「勢力を伸ばしつつある、敵が、分散的に発生した。との通報を受ける。目標は上海と思われるが、仔細は不明。現在、動画と写真があるのみ。子供の玩具のような情報」
飯田大使は、それを見て沈黙した。
「何だね?」
「さっぱりですな?ですが、天津の市民が、虫獄儘罠抑圧群に対して、極めて反感を抱いているとは共通認識です。」
「デモでも起こしたか?日本の左翼のように?」
「左翼の本場ですからな?でも、物見からは…、おい!どうだ?」
インターホンで最上階の上にある望遠監視塔の映像を見ている大使館員大野を呼んだ。
「いえ!群衆は見えませんが、何やら、変なものが?」
「変なもの?何だ?具体的に言え!」
「分かりません」
「参ったな…、あの辺の無線LANのカメラも天津爆発で無くなったしな…」
「今、手のものを雇って現場近くに配置させるよう手を打っています」
根室が言う。
「手を打つ?」
「子供だよ。貧乏人の子供。一番使い易いし、金を欲しがっている。喜んでやるさ。精々金を弾んでやってくれ」
大田が嫌そうに言う。
「分かっていますよ。着手200元、成功1000元です。」
「そりゃ大ボーナスだな?ところで、ドローンは?使えないのか?」
「真っ先に警戒されました。アメリカやイスラエルが幾ばくか飛ばしましたが、全部撃墜です。」
そんな中、T○Sの日本での朝の定時ニュースの最後に天津の異常が伝えられた。そしてテロップで「不鮮明画像ですが情報がHPにあります」との事だった。
「やったぁ~。」と力なく西田が言う。
「帰りの手配願いますネェ~。」と迎居が言う。
「これで暫く天津の川の浄化は無理か…」と北村が言う。
そこに大野が入ってきた。
「CNNがやりました!私が見たのと同じ様なものです。あれです!あれが私の言う訳の分からないものです」
大野はプリントアウトした望遠鏡に移った映像を見せると同時に、リモコンでCNNの情報を見せた。
「何だコリャ?」
そうとしか言えない物だった。。。。。。