origenesの日記

読書感想文を淡々と書いていきます。

奥和宏『アメリカン・ルーツ・ミュージック 楽器と音楽の旅』(音楽之友社)

2008-04-17 22:50:09 | Weblog
ケルト音楽の輸出に貢献したのはスコットランド系の移民である。スコットランドの長老派教会は閉鎖的であり、そのためにアメリカにおいてもスコットランド独自の文化が温存されやすかった。
白人が黒人のような顔をした唄うミンストレル・ショーはもともとはソロ・パフォーマンスだった。1830年代においてはソロだったものが、40年代には複数の歌手による商業的ショートして発展した。商業化に成功した人物はダニエル・D・エメットというアイルランド人である。エメットはアイルランドの舞踏音楽をミンストレル・ショーに取り入れ、一大エンターテイメントとしてショーを成立させた。
ブルースは19世紀末~20世紀初頭に生まれたと考えられる。ブルースの父であるW・C・ハンディは南部出身の黒人であり、ブルースによって黒人音楽というものが形成されていった。ブルースはゴスペル、ソウル、リズム・アンド・ブルース、ロックを生み出していく。50年代にはブルースはエレクトリックな楽器によって演奏されるものとなった。T・ボーン・ウォーカーはエレキ初期のブルース歌手である。リズム・アンド・ブルースという呼称もこの頃に生まれた。リズム・アンド・ブルースはロックを生み出す原動力となる。
70年代にはバーズやナサニエル・ウエストによってカントリー・ロックというジャンルが流行した。これは北部の音楽であり、一方で南部の音楽はサザン・ロックと呼ばれた。レイナード・スキナード、オールマン・ブラザーズ・バンドなどである。本場のカントリーに近いのはカントリーロックよりもむしろサザンロックの方である。