
「ターミナル」(2004)
スピルバーグは、「1941」の興業的失敗からコメディは避けてきたジャンルだがこの作品は、久しぶりに彼の苦手とするジャンルに挑戦し、見事日本では40億円の興業収入をあげたヒューマン・コメディとして小品だが永遠に忘れられない名作。
この物語を思いついたのは、脚本家でもある製作総指揮のアンドリュー・ニコル。そして、脚本と原案は、サーシャ・ガバシノ。この人は、この映画のもう一人の脚本家であるジェフ・ネイサンソンと同じくUCLAフィルムスクルールの脚本プログラムを受講した。
撮影を担当したヤヌス・カミンスキーは、空港内においての太陽光に似せる照明とクレーン撮影に力を注いだ。特にクレーン撮影は、スピルバーグの指示のもとトム・ハンクス扮する主人公の大勢の中一人としての孤独を感じさせた。
また、実物大のターミナルの設計と建設にあたったのは、「マイノリティ・リポート」の美術のアレックス・マクドウェル。
東欧の小国から、1人の男がJFK国際空港に着く。しかし、同時に祖国でクーデターが起こり、パスポートが無効。彼は、出国も帰国も出来ず、英語もわからずお金もない状態で空港内での生活が始まる。彼は、空港で待ち続けた。ある約束を果たすために。その男は、東ヨーロッパのクラコウジア人で名前をビクター・ナボルスキーと言い、空港でアメリカの門を閉ざされてしまう。しかし、ビクターは、孤独、不安に正面から向き合いながら希望を持ち待ち続けた。彼は、落ち込むのでも投げやりになるのではなくて、常に前向きな男。スピルバーグは、製作した動機を「人々を笑わせて、泣かせて人生っていいものだなと思える作品。にっこりと人々を微笑ませる作品を撮りたかった。今の時代だからこそ、私たちはもっとスマイルを浮かべる必要があり、映画というものは、困難な時代を生きる人々を微笑ませる役割りを担っている。」と語っている。
スピルバーグの映画で女優が強く印象に残るものが少ないが、トム・ハンクス演じるビクターと恋仲になるスチュワーデスを演じるキャサリン・ゼダ・ジョーンズは、綺麗。彼女の黒髪、ヘアー・スタイルが素敵。今までのイメージは「マスク・オブ・ゾロ」に代表される美しく強い女性だが、今回はかわいくて強気を張っているように見えるが心に恋の傷を持つ弱い女性を見事に演じている。
空港内は、実物大のセットを組んだというからすごい。特に売店、スターバックス、吉野家など多種多様な35店を出店させている。英語のコミュニケーションをとろうとビクターが、本屋でニューヨークのガイドブックを買う。ビクターが生活資金を得る方法がおもしろい。空港内のカートを返却すると25セントの硬貨が出てくることを知った彼は次々とカートを返却してお金を得るのだ。ビクターの職業は、建築屋。
同じ東欧人が不法入国、異質物質の不法所持の男とビクターがコミュニケーションをとり空港内のヒーローとなる。ビクターの存在がターミナル内の人々から受け入れられる過程、そして、周囲の人々の心に影響を与え始める。しかし、彼の存在、空港に棲み付いたビクターをよく思わない人間もいた。国境警備局の職員らだ。
脇を固めている俳優らの演技が素晴らしい。 まず、国境警備局の主任ディクソンを演じるスタンリー・トゥッチ。フード・サービス係エンリケ・クルズ演ずるデイエゴ・ルナ。清掃員グプタ演ずるクマール・パラーナ。入国係官ドロレス・トーレス演ずるゾーイ・サルダナ。
そして、何よりも主人公ビクターを演じるトム・ハンクスの演技が一際輝いている。普通の人を主人公にしたヒューマン・コメディをやらしたらピカイチの演技をする彼だけあってこの作品でも純粋さと強い信念を持った男を見事に演じ心を大きく揺さぶる。
また、この作品は特に脚本がうまい。ビクターが、金を稼いでいることを知ったディクソンは、妨害しようとする。仕事を失ってしまうビクターだが、救いの手が差しのべられた。エンリケからの取引。トーレスが大好きだが内気で気弱なせいか彼女に告白できないでいる。彼女は、エンリケに好意を抱いているというのに。エンリケがビクターに恋のキューピットになってもらう。その代わりに彼に食事を与える。次に、ビクターとアメリア、そして、ビクターの仲間たちの心温まる人間関係。ビクターとアメリアは、互いに助けが必要な孤独と不安を抱えた似た者同士だから心惹かれた。しかし、アメリアは妻子持ちの男が忘れられずにビクターの元から立ち去る。戦争が終わりクラコウジアに平和が訪れる。大喜びするビクター。アメリアが1枚の紙を渡す。別れたはずの彼のコネで1日限りの特別入国ビザを手に入れたのだ。「これでニューヨークへ行けるのよ」と寂しそうに微笑み、立ち去ろうとする。やはり、別れた彼が忘れられず彼を追いかける。しかし、彼女がくれた入国ビザにはディクソンのサインが必要だった。半ば諦めているビクター。故郷に帰るしかないと思っていたが、仲間たちが友情の恩返しとして奮闘する。そのおかげでビクターは、空港を出て念願のニューヨークへ行き事ができる。最後にニューヨークへビクターがやってきた理由が明らかになる。40年の時を埋めるビクターが大事に持っていた缶詰に込められたかけがえのない約束を果たしに来た。ジャズ好きな亡き父のためにジャズミュージシャンのサインをもらいに来たのだ。缶の中に入っていたのは、ビッグ・ピクチャー。アート・ケインが写した実在する写真で、ジャズ・フォト史上不滅の傑作として知られている有名な作品。これは、ニューヨーク近代美術館の永久コレクションになっているもの。写真は1958年8月のある日の朝。ニューヨークハーレムの126丁目の煉瓦造のタウンハウス前。ニューヨーク中の有名なジャズメンが写っている。カウント・ベイシー、コーマル・ホーキンス、レスター・ヤングを始め、アート・ブレイキー、次代を担う新人ベニー・ゴルソンら57人。ビクターが「ラマダ・イン」のラウンジで演奏している伝説のジャズ・サックスのプレイヤーであるベニー・ゴルソン本人に亡き父に代わってペンを差し出す。感動的な場面。ビクターの父が、生前その伝説的な有名な写真にサインをしてもらったのは56人で、たった1人残っていたのがゴルソンだった。
そして、ここから先のシーンはスピルバーグの演出とトム・ハンクスの演技の素晴らしさを存分に楽しむことが出来る。「サインは、演奏の後で」と言ってゴルソンが演奏を始めるとビクターは、いすにこしかけ涙ぐむ。ここのトム・ハンクスの表情がいい。「やっと会えたよ!」と天国にいる今は亡き愛すべき父に報告しているようだ。そして、サインを無事もらえてタクシーに乗り込むビクター。外はもう真っ暗。運転手に「行き先は、どちら?」と訊かれると彼は、今もらったサインをピーナツの缶にしまい喜びをかみしめるように大きく肯くや「家」と一言。これは、自分の信念を貫き通してきたことはけっして間違いではなかったと確信、自己を肯定する気持ちと「ジョーズ」や「E.T」に代表されるようにこの作品でも故郷、家族の絆の大切さを描いている。人間の最後の心の拠り所はそこにあるというスピルバーグのメッセージがある。映画は、その後、トム・ハンクスの顔のクローズアップからパンしてニューヨークの街の夜景を俯瞰撮影でとらえて終わる。ここは、バックに流れるしっとりとしたジャズバラード調のピアノ演奏を中心にしたジョンの音楽と相俟って感極まって泣き出してしまうシーンだ。また、これほどまでにニューヨークの夜景の美しさを映画の中で感じたのは久しぶりだった。これで、大満足の映画であったが、エンド・クレジットに素晴らしいおまけがついていたのが嬉しかった。スピルバーグ監督を始めとする主要スタッフ、キャストの直筆サインを模った文字がスクリーンに走り書きで映し出されたのである。
スピルバーグが少年時代から尊敬する監督フランク・キャプラタッチの映画に初めて本格的に挑戦した映画。人生賛歌と素晴らしき仲間たち。空港内が楽園となる。
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