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『随筆集「虎が雨」』 坂田山心中
「坂田山は、私が長年住んでいる王城山と、僅かに三沢川
の細流一と筋を隔てて起つ紅葉山続きの小高い丘陵である。
坂田山心中のあったのは昭和7年5月8日夜のことである。
当時なお健在だった私の母が、町へ買い物に出ての帰り路、
大きな荷をおろして休んでいる四、五人の男たちのいるのに
気付いた。 その中の一人が母に挨拶する。 <何かね>
と母がきくと、その男は<なァに、心中ですよ。 男の方は
大学生らしいが、むざむざ死ぬなんて勿体ない話です>と
いう。 母は帰ってくると、すぐ、私にその話をしたが、私は
その大学生が、よもや、最近まで、私の講義を聴いていた
学生であろうなどとは想像もしなかった。 この学生が慶應
義塾の制服制帽を着けていたことを知ったのは翌10日の新聞
だった。」 <高橋誠一郎「三田評論」昭和43年3月号>
(写真は、大磯駅から北側の坂田山を望む)
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