オフィス・ヤハのトホホな日々

エホバの証人の一プログラマが聖書研究と自転車の趣味等を徒然なるままに

非公式証言の勇気

2009年11月08日 | 聖書
    今日の「ものみの塔」研究は、「キリストと同じように従順と勇気を示しなさい」でした。

    17,18節のキティー姉妹の学校での非公式証言の経験は、パプテスマを受けた時の職場での出来事を思い出させました。

    カンブリア紀の頃の大昔でしたが、宇都宮劇団松戸競輪場巡業の翌年にやはり同じ松戸競輪場でパプテスマを受けた私は、夏休み明けの職場に日焼けした顔で出社しました。それを見た同僚のМ倉S一さんは、多分、私が彼女と海か山にでも行って日焼けしたものとでも思ったのかもしれません。からかうような口調で、「夏休みはどこに行ってきたんですか?」と、皆の前で尋ねるのです。

    新たなスタートを切って、これからのエホバの民としての歩みについて心温まる思いでうっとりした表情で思いめぐらしていたところに、突然の予期せぬ質問で意表を突かれた私は、絶好の非公式の証言の機会を生かすことができませんでした。

    心の中では、「エホバの証人というクリスチャンの大会で松戸競輪場に行ってきたんです。四日間、朝から夕方まで聖書の勉強会だったんです。そこで日に焼けたんです」と瞬時に答えたのですが、同時に、こんなこと言ったら恥ずかしいかなとか、エホバの証人として今後も確固とした歩みを続ける自信がないのにこんなこと言って、後で排斥にでもなったらすっごくカッコ悪いかなというような思いも瞬時に頭をよぎったのでした。

    それで、「松戸競輪場の集まりに行ってきたんです」と、М倉さんにしか聞こえないような小さな声で答えるのが精一杯でした。


昭和30年頃の松戸競輪場


2009ジロ・デ・イタリアを走ったC2C,2010モデル


    あれから何万年たったでしょうか。今では、証言時間の内の大半が非公式の証言となっていることを思うと、隔世の感があります。





   ①「わたしは良いたよりを恥じてはいないからです。実際それは,信仰を持つすべての人にとって,すなわちユダヤ人を初めギリシャ人にとっても,救いのための神の力なのです」。(ローマ人(じん)への手紙 1:16)



   ②「しかしわたしたちは,しりごみして滅びに至るような者ではなく,信仰を抱いて魂を生き長らえさせる者です」。(ヘブライ人への手紙 10:39)



   ③「ですから,わたしたちは勇気を持って,「エホバはわたしの助け主,わたしは恐れない。人がわたしに何をなしえよう」と言います」。(ヘブライ人への手紙 13:6)




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