limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
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売れる?売れない!それは、市場が決める事

2016年10月23日 11時32分59秒 | 日記
「定価12万円のコンパクトカメラ?!!最初はともかく、月産500台が限度だな・・・」誰もがそう呟いたあの時、その後に起こるパニックに関しては予想だにしていませんでした。1990年の9月、12月に発売する予定のカメラ「T2」に関して、どう言う生産予定を組み立てるかについてのミーティングの席上、出席者全員がそう考えていました。最上位機種の「RTSⅢ」の開発と並行して進んでいたプロジェクトでしたが、とにかく外装使用素材が「チタン」でしたので「高額な定価設定にならざるを得ない」「世の中バブルだけど、そうは売れるもんじゃないだろう」とタカを括っていました。実際問題として「チタン」のプレス加工に限界があり「3000台以上の量産要求には答えられない」と業者からは事前に釘を刺されていました。「RTSⅢ」と「T2」の開発の過程は決して平坦ではなく、予想を超えたイバラの道の連続でした。それでも何とか「RTSⅢ」は量産ラインに乗り、次は「T2」と言うところまで漕ぎつけた矢先の事。35万円の「RTSⅢ」が月産1000台で動いている状況で、先々は月産500台へ持っていく計画。12万円の「T2」は、「発売までに、とりあえず5000台を確保。その後は、2000台ペースでの量産体制を目指そう」と言うのは、その時点では十分に妥当な数字でした。プレスリリースを目前にした、この日のミーティングは「一通り市場に製品が出回れば、数量的には問題はでないだろう」と言う結論で終わりました。しかし、その翌週に緊急招集がかかりました。「営業からの情報では、発売時に5000台を上回る予測が出てきた。各工程でどれだけの上積みが可能かを思案しなくはならない。具体的にどれだけ積み上げられる?」部長の顔は途方に暮れていました。「(チタンの)カバーの供給がどうなるか?が全てですね。他は、サービスパーツ分を取り崩して、量産へ回すことで時間は稼げます。ともかく、(カバー類の前組立)サブアッセンブリー次第です」当時、私は樹脂部品の生産担当部署にいましたが、自分の部署は既に2万台分の生産を完了していました。しかし、この状況では、もう2万台は積上げなくては到底間に合いません。しかし、「RTSⅢ」があまり樹脂部品を使わなかった事で、生産工程には余裕がありました。それでも、即座に生産を再開しないと組立に影響が出ます。基本骨格は樹脂部品だったからです。「可能な限りの手を尽くせ!在来機種は止めても構わん!ともかくT2を最優先せよ!」部長の指示から8時間後には、T2の樹脂部品はフル生産に入りました。でも、(チタンの)カバーの供給と電気関係の基板の生産は間に合いそうにありません。2000台前後が限界でした。それでも、工場は一丸となって生産を続け、発売までに8000台を確保する事に成功しました。でも、発売直後に「品切れ」になり、バックオーダーは山積みとなってしまいました。いくら時代はバブリーとは言え、こんなにも売れるカメラになるとは思ってもいませんでした。定価12万円ですからね・・・、ありがたい時代でした。T2はその後、ブラック・ゴールドの特別色や「チタン」に替わって「プラチナ」を外装部品に使ったモデルも発売しましたが、以後月産3000台前後を数年間コンスタントに続けるロングセラー商品になりました。「定価12万円が売れるのか?」の疑問符は、ユーザーの「こんなカメラを待っていた」が消し飛ばしたことになります。


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