limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 50

2019年10月10日 16時34分39秒 | 日記
「Happy new year!!」神社の境内に10人の声がこだまする。人の波にもみくちゃにされながらも、本殿へ賽銭を投げて各自が願い事を念じた。「おい!野郎共!絵馬を書くぞ!合格祈願だ!」竹ちゃんの一言で、男達は絵馬を書き始める。女の子達は社務所でお守りの吟味に夢中だった。「参謀長と竹が車を出してくれたから、助かったよ!電車じゃのんびり出来ないからな!」松田が絵馬を書きながら言った。僕も竹ちゃんも親父の車を拝借しての参拝に漕ぎつけられたのは、大きかったが“駐車場”の確保には頭を痛めた。通行禁止区域外で、割合に神社に近い場所と言う条件に合致するスペースが中々見つからなかったからだ。結局、信用金庫の敷地を拝借して切り抜けたが、取り締まりに引っかかったらアウトに変わりは無かった。「いいって事よ!その時はケツをまくるしかねぇんだから!」竹ちゃんのセリフには妙な説得力があった。絵馬を書きあげた頃、女の子達が戻って来た。「さあ、自分のサインを入れてくれ!これで合格間違いなしだぜ!」絵馬を埋め尽くす様に“必勝!○○大学合格!”と大書された絵馬に、みんなが名前を入れるとしっかりと結び付けてから、改めて祈願をした。「今日だけは“例外”だもの。じゃあ、お守りを渡すね!」と道子が言うが「ちょっと待った!年賀状の交換が先さ!今年も宜しく!」と僕が言うと恒例の年賀状交換が始まった。「さち、今年は何を揃えたんだ?」僕が白い袋を覗き込むと「合格祈願に交通安全と厄除け祈願、心身健勝もあるよ。後は、縁結びに恋愛成就!」さちは嬉しそうに言う。他のペアも袋の中身を見ていた。「参謀長、見て下さい!」「今年はグラデーションになりましたよ!」と石川と本橋がお守りを掲げる。赤・青・黄・白の見事なグラデーションだった。「いいじゃないか!いよいよ、お前達に後事を託すんだからな!万事予定通りだろう?」「ええ、早速、生徒会会則の改正から始めます」「大ナタを振るっての大改革ですから、気合を入れ直して臨みますよ!」随分と逞しくなった2人はキリリと引き締まった表情をした。こうでなくて困るのだ。僕等のカウントダウンは日に日に進んでいる。3学期はあって無い様なものなのだ。「露店を見て回るぜ!集合は2時間後に信用金庫の車の前だ!迷子にならないでくれよな!」竹ちゃんの言葉を合図にして5組のペアはそれぞれに散って行く。僕とさちの後ろからは、石川と中島ちゃんのペアが付いて来た。「Y、迷子にならないようにお願いね」「地元で迷子は無いよ。安心して着いて来て」と言って2組で露店巡りに向かう。途中で堀ちゃんと松田も合流した。やはり、方向感覚に自信が無かったらしい。お好み焼きやイカ焼きにかぶりつきつつ、つかの間の非日常を愉しんだ。そんな中でも松田は、コンパクトカメラで情景を切り取っていた。「根っからのカメラマンだな」「この人込みで1眼レフを振り回すのは、危険だからな。余計な心配をせずに使えるとしたら、これしか無いだろう?参謀長、是非ズーム付のコンパクトを開発してくれ!体積は多少大きくなっても構わない。単焦点もいいが、やはりズームはこれから必須になるだろうよ!」「そうだな、だが鏡枠をどうする?プラで精度の高い枠が出来なければ、小型軽量化はハードルが高い。AFの精度も上げなきゃならんし、インナーフォーカスにしなくては、測距速度も上げられない!課題山積の中ではあるが、一番の問題は電子回路と電池だろうな。回路の集積度を上げて新しいICの製作、大容量のバッテリーも開発しなきゃならない。ともかく、5年は待ってくれ!要望に応えるには様々な技術を開発しなきゃならん!メーカーとしては、プロを満足させられるモノを作る義務はあるが、現状では限界がある。そう言う声に答えられる技術者にならないといかんな!」僕は松田にそう返した。「期待してるぜ!それだけ分かってるなら、画期的なブレイクスルーをやってのけられそうだ!」「先は長い。だが、必ず今言った事は具体化してみせる!」僕と松田はニヤリと笑った。「Y-、松田くーん、今度はたこ焼きだよー!」堀ちゃんが呼んでいる。「置いてけぼりを喰らう前に、追い付かないとはぐれちまう!松田、急ごう!」僕等は慌てて追いついた。松田と交わした“5年は待ってくれ”の約束はやがて現実となる。僕の入社から1年後にいわゆる“αショック”が業界を駆け抜けたのだ。当時のミノルタから発売された“α7000”が爆発的なヒットを飛ばし、カメラ業界はAF1眼レフ開発に狂奔し始めるのだ。我社も追随製品として“230AF”を世に送り出すのだが、僕は開発に携わるどころか、地の果てに飛ばされる事になる。もっも、今の時点では知る由もないが・・・。集合時間に信用金庫にたどり着くと、竹ちゃん達の姿が無かった。「ヤバイ!明らかに迷ってるな!」僕は直感的にそう感じた。「だとすると、どうします?」石川が心配そうに言う。「普段は通らない経路だからな。路地1本でも間違えればたどり着けないのは明らかだ。お前達はここを動くな!僕が捜索に行く!」地元人としては、間違えやすい経路は容易に推察が付く。最初に通った経路を戻って行くと、坂道の途中で迷える子羊達を見つけられた。「わりぃー!右か左か分かんなくなっちまってよ!」竹ちゃんが頭を掻いていた。「無理も無いよ。普段は通らない場所だし、夜中だからな。さあ、車に戻ろう!」僕が先導して無事に全員が車にたどり着いた。「締らねぇ結果になったが、無事に帰れるな。参謀長、松田達を頼むぜ!さち達は俺が責任を持って送り届ける!」「ああ、また学校で会おうぜ!」互いに車のエンジンをかけると、それぞれに乗員を乗せる。僕の担当は、松田達と中島ちゃん達と本橋だ。定員オーバーは承知の上だ。「じゃあ、またなー!」2台の車は左右に分かれて走り出した。

年末年始の休暇が明けると、クラスの誰かしらが居ない日々が続いた。推薦・自力を含めた入試のためだ。クラス全員が揃う日の方が珍しくなった。共通一次試験当日は、クラスの半分が受験のために居なくなった。「とにかく、祈るしかねぇ!俺達に出来るのはそれだけだ!」「ああ、無事に突破してくれればいいがな」竹ちゃんと僕は、窓際でそう呟いていた。「櫛の歯が欠けたみたいね。教室、こんなに広かったっけ?」「改めて思い知らされるな。みんな頑張ってくれるといいが・・・」伊東と千秋が寄り添って来る。「僕等は行くべき道が定まっているが、受験組は3月の頭までギリギリの攻防が続く。ある意味残酷な現実だよな」僕がため息まじりに言うと3人も頷いた。「でもさあ、みんな笑顔で旅立ちたいよね?どんな結末が待っていてもさ」千秋がそう言い出した。「そりゃそうだが、現実は甘くは無いから、どうだろう?」伊東は現実から眼を背けずに返した。「浪々の身を受け入れるヤツも出るかも知れないが、千秋の言う様に明るく旅立ちたいのは、誰もが思ってる事じゃないかな?そのために、今、戦っているヤツ等を応援するのが、僕等の精一杯の気持ちじゃないかな?例え叶わなくても“これからだよ!まだ出来るよ!”って励ましてやるのが救いになる様にさ」「そうだね、あたし達は幾多の戦いを切り抜けて来た勇者だもの。“胸張って行こう”“夢は続いてるよ”って言えるよね?」千秋が僕の顔を覗き込む。「そう言う事を言える様なクラスにして来ただろう?みんなで戦って、数々の勝利をものにして来たんだ。3年間、伊達に同じ釜のメシを食って来たんじゃない。みんな、それは分かってるはずだろう?」「歯痒いな。俺が代わりを務めたい気分になる」伊東が言うと「不正入試にする訳には行かねぇだろう?お前さんが受けたら、みんな赤点になっちまうぞ!」と竹ちゃんが鼻で笑う。でも、少し気分が和んだ。「頑張れー!扉をこじ開けろー!」千秋が窓を開けて叫んだ。その声は届いたのかも知れなかった。共通一次試験は全員が突破を果たして、2次試験に進んだのである。そして、“最後のバレンタイン”が訪れた。

「早いものね、あなた達が卒業なんて信じられないわ。昨日、入学して来たと思ったら、もう居なくなるのね。あたしも歳を取ったと言う事かしら?」生物準備室でのお茶会の席で、明美先生から包みを受け取る時に、彼女はそう言ってため息をついた。「今年は、千里が留守だから安心かと思ったが、謀られたぞ!宅配便で自宅は大騒ぎになりおった!最後までワシを困らせるとは、何と言う仕打ちだ!」長官は、怒り心頭と言うかあきれ果てていた。「どうしろってんだよ!今年も手荷物が減らないのは!」3期生や4期生からと思われる包みの山を持って久保田が逃げ込んで来た。「仕方ねぇよ!“最後のバレンタイン”だからな!」と言う竹ちゃんも大荷物を下げて逃げ込んで来た。「それはそうだが、2人共去年より多いな。俺も気を付けないと大変な事になるかも知れないな」伊東は意気消沈だった。狙われているは間違いないが、千秋の手前、下手に受け取ると後が恐ろしいからだ。実際、朝から伊東は“籠城”を決め込んでいる。「参謀長は、事前に受け取ってるんだろう?それにしても今年はやけに静かじゃないか?」伊東が羨ましそうに言う。「そろそろ厄介なのが押しかけて来るだろうよ。災厄はこれからだろうな」と僕が言った途端に上田達が押しかけて来た。「参謀長、お疲れさまでした!あたし達の感謝の気持ちを受け取って下さい!」白い袋が2つ。目の前に差し出される。「多いじゃないか?誰からだ?」と聞くと「参謀長の下で働いた女子全員からです。4期生の子からも預かって来ましたから」とスラリと流される。数えだしたら切りが無さそうなので、受け取ったものの袋はパンパンに膨れ上がっている。「上田、遠藤、水野、加藤、済まんな。後は君たちに託して行く。万事予定通りに進んでいるか?」「はい、順調に進んでいます。参謀長の教えを守り、4期生で“太祖の世”に復して見せます!」遠藤が笑顔で返してくる。「頼んだぞ!本校の伝統を紡いでくれ!私の眼に狂いは無かった。石川と本橋を盛り立てて未来への道を切り開け!」「はい!確かにお引き受けしました!」4人はそう言うと引き上げて行った。「まさに災厄だな。悪い予感は良く当たるぜ!」伊東が身震いをした。実は、生物準備室の前には、数名の女子が伊東を狙ってピケを張っていたのだが、その1人とドアが開いた瞬間に眼が合ってしまったのだ。「伊東、覚悟を決めて男になれ!彼女達に恥をかかせてはマズイ!」長官の声は地獄の底から響いて来るように聞こえた。「仕方ない。行って来るか!」伊東は外に出ると女の子達から包みを受け取った。そして、やおら僕達の袋に包みを投げ込んだ。「おい、そりゃあねぇだろう!」竹ちゃんが抗議するが伊東は「命の問題なんだよ!協力してくれ!」と言って僕等に包みを押し付けた。「死にたくないのは分かるが、いずれ千秋の耳には入るぞ!」と久保田が釘を打つが「現物が無ければいいんだよ!証拠隠滅さえ出来れば・・・」「でも、受け取った事実は確認したわ!ちょっと顔貸しな!」生物室側のドアに千秋がもたれかかって手招きをしていた!伊東は蒼白になりつつ千秋に連行されて行った。「アイツ、選ぶ相手を間違えたんじゃないか?」久保田も蒼白になりつつ言う。「いや、間違えてはおらん!“カカア天下”は家内平穏の象徴だ!」長官はニヤリと笑いそう言ってのけた。

慌ただしく2月が過ぎ去ると、受験組の合否が次第に明らかになって来た。さちと雪枝は専門学校に、道子と堀ちゃんは東京の4年制大学に、中島ちゃんは地元の短大にそれぞれ合格を果たした。西岡は4年制大学だったが、関西へ行くことになった。その他も志望していた大学や専門学校への合格が相次ぎ、滝は東京の専門学校への進学を決めた。しかし、全てが順調だったか?と言うとそうでも無い。長崎や、あの赤坂は浪々の身となった。「まあ、挫折の無い人間など居ないさ。ここで、敢えて立ち止まるのも悪くない。来年こそは、必ず受かって見せる!」赤坂も長崎も明るく前を見据えていた。2人以外にも数名が浪々の身となったが、全員が悲観することなく明るく前を向いていたのが唯一の救いだった。卒業式が数日後に迫ったこの日。僕は、ブラリと校内を歩き出した。講堂・大体育館・柔道場・東校舎・西校舎、それぞれに思い出が詰まっている。決して忘れない様に脳裏に焼き付けるようにゆっくりと校内を巡った。自分としては、2度とこの校舎に足を踏み入れるつもりは無かった。ここは、常に戦いの場であり続けたからだ。「戦ってばかりの3年間だったが、後輩達には大きな“遺産”は残せたかな?」最後に空き部室の前の廊下にたたずんで呟いていると「そうですね、“大いなる遺産”を残されましたよ!」と声をかけられた。「西岡、そう言ってくれるとは光栄だよ」彼女は僕の右に並ぶと「この景色を、この学校を守り抜いたのは、参謀長の力があればこそ。やっと、戦塵から身を離せられますね?」「ある意味ではな。だが、私には新たな戦場が待っている。ここ以上に厳しい戦いの場になるだろう。一足先に社会に飛び出すのだ。現実は甘くは無いはず。しばらくは、1兵士として最前線に立たねばならない。まあ、それも望むところだがね」僕は微かに笑った。「あたしにもそれは同じ事。いずれは、戦場に立たねばなりません。でも、あたしには“お手本”があります。あなたが“如何にして難局を乗り切ったか”と言う貴重な参考書。あたしはそれを“武器”にして乗り越えていきますよ」「勇ましいな。いずれは部課長クラスにでも昇進するだろう。共に戦ってくれてありがとう。君ならどんな局面でも正しい判断が出来るだろう。活躍を期待しているよ」「ええ、迷ったらあなたの言葉を思い出して踏ん張りますよ。“どんなに巧妙に仕組まれても、仕組んだ本人の性格は出る。反撃の糸口を掴むとしたら、そこに着目して行けばいい”菊地との戦いで、あなたがよく言ってましたね。あたしはこの言葉を支えにします」「説得力はゼロだぞ。ほぼ勘で動いてたからな」「その勘の鋭さがクラスを幾度も救ったんですから、ゼロじゃありませんよ」西岡はそういって微笑んだ。春の訪れの感じられる暖かな日よりだった。

「卒業証書授与」卒業式の当日も、快晴に恵まれた。1人1人に卒業証書が手渡されて行く。僕も、校長先生から証書を授かった。「Y君、元気でな」校長先生は小声でそう言った。だが、僕は実感が無かった。本当に、これが学生生活の最後だと思いたくは無かった。しかし、時間と共に“遂にこの時を迎えたか”と実感が湧いて来た。石川が在校生を代表して“送辞”を堂々と述べる。「アイツ、やるじゃねぇか!最初、ビビッてたのがウソみたいだぜ!」竹ちゃんの声が微かに聞こえる。“答辞”を返すのは原田だ。こう言う場になるとヤツは無類の強さを見せる。東京の大学へ行き、将来は弁護士になると言う。いずれは“左側通行”の大物になるだろう。ヤツとの一騎打ちを果たしたのは、僕にとっても自信になっている。式が終わって謝恩会が始まると、僕の周りにはあちこちから手や足が飛んで来た。「Y、お前は最高の指揮官だった!俺達は生涯忘れねぇ!」坂野、宮崎、今野、飯田、吉川、小松の6人に執拗に絡まれる。みんな共に戦った“最強の戦士達”だ。「Y、体を壊すなよ!ボチボチやって行けばいい!お前さんが倒れる姿は見たくねぇからな!病院送りにだけはなるな!」宮崎が真顔で心配してくれた。「なーに、コイツの事だ。上手く手を回して立ち回って楽をするつもりだろう!」今野は僕を羽交い絞めにすると、吉川と小松にくすぐる様に促す。こうなると無茶苦茶である。「Y-、今日でバイバイだけど、ちゃんと生きてろよー!」「いつの日か、また原田と決戦に及ぶ折には俺を呼べ!助太刀には直ぐに駆け付ける!」小池と益田が今野を引き剥がすと、握手を求めて来る。「ああ、必ずな!」僕は2人と固く握手を交わすと、ジュースで乾杯をして前途を祝った。坂野達も乾杯の輪に加わる。「進む道は違うが、俺達は永遠の仲間だ!Y、いつかお前さんの指揮で、原田とまた決戦だ!完膚なきまでに叩いてやろうぜ!」乾杯の輪は何時果てること無く続いた。坂野と小松は、後に海外青年協力隊に身を投じ、異国の地で命を落としてしまう。これが永遠の別れとなるとは夢にも思わなかった。「Y、ご苦労だったな!」いつの間にか原田が来ていた。「長い戦いの日々だったが、お前さんが居なければ、今日の日は迎えられなかっただろう。菊地との戦いの戦功は忘れんよ!」「らしくないセリフだな。そっちこそ、陰に日向に忙しかっただろう。何かあれば、依頼を持ちかけるよ“原田弁護士”にな!」「必ず司法試験には受かって見せる!だがな、お前さん程の男が大学に進まなかったのが惜しまれるよ。研究室で熱心に文献を分析してる方が似合うのにな!」「そんな未来もあったかも知れんが、僕は“モノづくり”に魅力を感じた。製造・開発に携わる方が性に合ってるのさ!」「うーん、何となく見えて来たぞ!誰にも代えがたい人材になるつもりだな?天性の閃きと発想力でいい品を世に送って見ろ!陰ながら見守ってる!」「5年後を愉しみに待ってるがいい。カメラ業界はこれから大きく変わるだろう。その時、僕の手掛けた何かを纏った製品が世に出るだろう」「そうか、期待してるよ!」僕と原田は喧騒の中で乾杯をして別れた。手近なテーブルで制服を直していると、僕はひょいと担ぎ上げられた。「Y、どこに行っても俺の教えを忘れるなよ!」佐久先生が寸止めの背負い投げをしつつ言う。「はい、掃除は手抜き無し!年長者を敬い、後輩にも優しく接する。あいさつは大きな声で!」「うむ、合格だ!お前なら必ずや成功するだろう!」「ワシは、貴重な生徒を送り出したくは無いが、やむを得ず手放すのだ。無理はするなよ!体は堅固とは言い難いのだから、最初から飛ばしたりはするなよ!」床に落とされた僕を中島先生が起こしてくれる。「Y、お前は忘れがたい存在になるだろう。これから先、お前の様な聡明な生徒に出会う事は、恐らくあるまい。達者でな!」中島先生と固く握手を交わすと佐久先生も手を重ねた。「偉大なる男に敬礼!」先生達は軽く敬礼すると僕の背を叩いて、他のテーブルを回り出した。「参謀長、そろそろあたし達のテーブルへ。みんな待ちかねております」西岡が呼びに来た。「今度は何だ?」制服を直してから西岡に連れられて行くと、上田達が待ち構えていた。「参謀長、長い間お世話になりました。今、こうして見送れるなんて夢のようです!」「上田、遠藤、水野、加藤、君たちは自らの力で這い上がり、栄光を掴んだ。誰もが出来る事では無い事を見事にやってのけた。その道のりは長く険しかっただろう。最後に1つ言わせて欲しい。みんな良くやった!後は任せたぞ!」「はい!」4人の眼に涙が溢れた。「ほら、泣かないの。あなた達には“太祖の世に復す”と言う大きな使命があるのよ!笑って!笑顔であたし達を見送って!」西岡がそう言って4人を諭した。しかし、すすり泣きは続いた。“向陽祭”で僕達と苦楽を共にした4期生の子も来ていて、眼を赤くして立ちすくんでいた。「泣くな!僕等は居なくなるが、心はいつも共にある!泣きたい時は空を見ろ!青空は地球に居る限り何処までも続いている!この空の下に僕等は繋がっているんだ!だから、湿っぽいのは無しだ!」僕は4期生の子達の肩を叩いて回った。袖を掴んで着いて来る子、抱き着いて来る子、涙を拭いてハイタッチをする子。1人1人に声をかけて回った。「Yらしいなー!誰1人疎かにしない。だから、みんな慕っていたのね」道子達が1つ離れたテーブルで僕を見ながら言った。「あれが、Yと言う男性そのもの。そんな彼に出会えたのは奇跡かもね!」さちがそう返した。「惜しいな、また、バラバラになるなんて・・・」雪枝が唇を噛んだ。泣くまいと必死になっていた。「Yがさっき言ってたじゃない“この空の下に僕等は繋がっているんだ!”って。あたし達の友情は消えやしないわ!何年、いえ、何十年経っても変わる事はあり得ない!いつの日かまた、会えるわよ!」道子は僕を見ながらそう言った。「みんな、乾杯しましょう!あたし達の卒業と本校の発展を祈って!」西岡が呼び掛けた。「あたし達も行こうよ!」道子が言うと、さち、堀ちゃん、雪枝、中島ちゃんも頷いた。「さあ、グラスを持って、持って!」西岡が音頭を取る。道子達も僕の周りに集まった。「本校の発展と僕等の卒業を祝して、乾杯!」「カンパーイ!」女の子達の盛大な声が響いた。みんな笑顔を作って精一杯叫んだ。「加奈、これを!」僕は襟の校章を外すと、彼女に手渡した。「これは?どうして、あたしに?」「“参謀長”の肩書は君が継いでくれ!みんな、今日から上田が参謀長だ!宜しく頼むぞ!」「分かりました。参謀長の名に恥じぬ様に精進します!」加奈は眼に涙をためて答えた。「へー、やるじゃん!後継者に校章を継がせるなんて!」さちが肘で脇腹を突く。「去年から決めてた事だよ。4月からは別のバッチを付けるんだし!もう、荷物は降ろしてもいい時間だろう?」「そうね。ご苦労様でした!」さちは僕背から何かを降ろすしぐさをして笑った。その瞬間に全ての任務から解放されて楽になれた気がした。長い任務は終えたのだ。謝恩会はその後も続いて、最後に校歌を大合唱して幕を閉じた。道子と堀ちゃんは東京の大学に進学。さちと雪枝は専門学校へ進学。中島ちゃんは県内の短大へ進学して行った。松田と小佐野は、写真の道を究めるべく写真科のある大学へ進んだ。今は、プロの映像クリエーターになっているだろう。伊東と千秋は、市役所へ入り公務員として勤務に就き、やがて結婚した様だ。カカア天下なのは間違いあるまい。長官は、僕と同じ企業に就職したが、携帯事業への参入に伴って東京へ異動したが、行方は途絶えた。久保田もそうだ。5年後に会社を辞めてコンビニ業界へ参入したらしいが、その後は不明である。竹ちゃんは、別の企業に就職したが、今も勤めているかは分からない。西岡は、関西で就職したのか不明だが、消息は途絶えた。今井は、海外青年協力隊に身を投じてから、ラオスで命を落としてしまった。赤坂と長崎も今はどうしているか不明である。有賀は名古屋の大学に進んだが、名古屋に居付いたと聞いた。6年間、僕の背後を取り続けた彼女もしあわせを掴んだ様だ。千里や小松もどこかで生き抜いているだろう。

謝恩会が終わった後、僕達は最後に大体育館を出た。ある“儀式”を打ち合わせていたからだ。僕とさち、道子と竹ちゃん、堀ちゃんと松田、雪枝と中島ちゃんの8人がゆっくりと正門に向けて歩き出した。石川と本橋、上田達が見送りに着いて来る。僕等は改めて校舎を振り返った。「3年なんてあっと言う間だったね」「ああ、でも俺達は掛け替えのないモノを手に入れられた。素敵な仲間達だ!」道子と竹ちゃんが言う。「常に戦ってたよな。見える見えないは別にしても、戦い抜いた3年間だった」「でも、我らは勝利し続けた。Yの活躍でね!」僕とさちも言った。「また、バラバラになっちゃうけど、心はいつもここにある!空は繋がってるものね!」雪枝が言うと堀ちゃんと中島ちゃんも頷いた。「さて、“儀式”を執り行いますかね?」僕達は正門の前に進んで、横1列に並んだ。「ここを抜けた瞬間に高校生活が終わる。みんな、心の準備はいいかい?」その時「先輩!また、会いに来てくれますよね?」加奈が僕に問いかけた。「残念だが、僕は2度と校内に足を踏み入れる事は無いだろう。激務が待ってる。だが、心は常にここにある!加奈、頼んだぞ!」「おめぇら、後は任せるからよ!俺達の母校を守ってくれよ!」竹ちゃんが振り返って言った。「先輩!また、どこかで会えますよね?」加奈が涙声で聞いて来る。「ああ、どこかできっとな!」僕は笑って手を振った。「さあ、行くぜ!せーの!」竹ちゃんの掛け声で、僕等は正門をまたいだ。校外に出たことで僕等は卒業生して去って行く身分になった。全員で振り返ると手を振って「バイバイ!」と叫んだ。「先輩!ありがとうございました!ご卒業おめでとうございます!」遠藤が力の限り声を出して叫んだ。「ありがとう。また、いつの日か会おう!」僕等はゆっくりと歩き出した。「これで、新たなスタートラインに向かってかなきゃならない。余りうかうかしてもいられないな!」「そうね、新しい世界があたし達を待ってる!また、競争だよ!」僕と道子が言うとみんなが笑って大根坂を下って行く。「さて、神社に寄ってから帰るか!」竹ちゃんが言うと「いいね!神様にも感謝しなきゃ!」と堀ちゃんが言う。「Y、バイバイは言わないよ!また、休み明けにね!」さちが茶目っ気たっぷりに言う。「そうだね。休み明けにまた会おうよ!坂のこの辺で待っててよ!」中島ちゃんも言う。いつもと変わらない雰囲気でワイワイと言いながら僕等は坂を降りて行った。春の日差しが暖かかった。