伯父の戦記 22 「海辺に立つ片足の兵隊_2」

2006-06-30 | 伯父の戦記



 「伯父の戦記」、「海辺に立つ片足の兵隊」その2回目です。
 食料を求めてジャングルを歩き続け、そしてとある海辺に出た伯父は一人の兵士に出会いました。海辺に佇むその兵士の姿を伯父は「美しい」と表現しています。しかし、その兵士には片足がありませんでした。
 その兵士を伯父は「若い」と書いています。当時の伯父の年齢から考えると、その兵士の年齢は10代であったかもしれません。だとすると、当時従軍していた方々の中でも最年少の年齢層の方だったでしょう。片足を失い、生きて日本に帰れないかもしれない。そんな状況で海辺に佇み、日本の方向を眺めていらしたこの方のお気持ちを思うと身につまされてしまいます。

 画像は今回の本文とは直接の関係はありません。父母が所有していた古い写真の中の一枚です。場所は不明ですが、どこかの療養所の風景です。写真中央の桜の木の下には白い服を着て、杖をつかれた方が写っています。戦後間もない頃の写真のようなのですが、当時の療養所等に入院されている方々は皆さんこのような服装だったのでしょうか。

 お願い:今回の稿は連載形式を採ったものになっています。私のブログを初めてご覧いただく方は、このブログの左側のメニュー中のカテゴリーに「伯父の戦記」があります。そちらをご参照いただいたうえでこの稿をご覧いただければ幸いです。

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 そして大海原を目前にした瞬間、その美しさに圧倒され、地獄の地で生きていることも忘れ、人間としての感情が湯水のごとく湧いてきた。おそらくこの時の自分の顔は人間らしい穏やかな顔を見せた一時であろう。

 暫くして目を浜辺の一点に転じると、なんと一人兵隊が渚に立っていた。
 一服の絵を見たようだ。美しい、私は暫くその画面に吸い込まれ、近寄る事も出来ず暫くそっと見守る。
 その兵隊は仏像のごとく身動きもせず、遙か水平線を眺め時折り瞼に手をやり涙を抑えている後ろ姿。何を思い、何を考え、何を訴えているのか?
 「そこには祖国日本があり、愛する親兄弟が待っているのだ。その情景が走馬灯のように目に浮かぶ。帰りたい?しかし今の自分は生きては帰れない。その淋しさから郷愁の思いを打ち寄せる波に訴えているのであろう」
 と、私は想像できる。それは私も同じ地獄に生かされているのである。

 暫くして私は偶然出会った様に装い近寄って行くと、その兵隊は人の気配に気付いたのか?一瞬此方を向いた。お互いの視線が合った。瞬間なぜか?その兵隊はその場から急ぎ足で去って行く。その時私は、その兵隊に片足の無い事に気付く。あっ悪い事をした・・・
 不自由な体で杖を頼りにこの静かな渚に辿り着き、郷愁の思いに浸っていたのであろう。その尊い夢を破ってしまった。私は誠に申し訳なく思い、気は重く、自分を責めるも、その兵隊の後ろ姿を静かに見送るのみであった。

 帰り道、その兵隊の顔が頭から消えない。なぜか?過去に何処かで会った顔である。しかし今は思い出せない。後悔の念のみが私を苦しめる。

 数日後、フトした事からその片足の兵隊を思い出した。
 それは六ヶ月程前の事である。各隊から十数名の兵が集められ、海岸線の陣地構築に従事していた時の事である。まだ童顔の抜けやらぬ若い兵隊が私の横で足を引きずり、苦痛に耐えながら作業をしていた。
 私はその姿を目にした時哀れに思い、ある程度強い口調で「その足はどうした?見せてみろ」と言った。(以下、続く)

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