伯父の戦記_52_パパイヤの木・人間を食する集団発生(2)

2007-10-23 | 伯父の戦記



 伯父の戦記「パパイヤの木・人間を食する集団発生」の後編です。
 戦友に食物を分け与えることが出来なかった伯父ですが、その周囲にはさらに人としての理性を失ってしまった者たちが現れてしまいました。味方を欺き、襲い、食糧としてしか見えなくなってしまった者たちです。
 そんな事が起こってしまうほど、本土から遠く離れた南方の地では、部隊によっては相当に軍紀の乱れがあったと思われます。
 ジャングルには様々な動物もまだいたはずなのに、それらの生き物よりも弱った、自分の仲間を襲ってしまうというのは、獣の弱肉強食の考え方だったのでしょう。

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 戦友愛が無いとか、助け合いの精神が欠けているのではないか?しかし、だからといって現に私達は自分達の体を駆使し、農耕作業に血の出る様な労働を続け、働く事の出来ない患者等に食糧(芋、唐黍等)を供出しているのである。従って、決して恥じる事は無いと自分自身に言い聞かせるのである。
 こうして私達には、一日一日の生への戦いが余儀なく強いられていたのである。私は何時飢餓と病魔に倒れるのか?一寸先は闇である。

 最近の私は、完全に栄養失調となり、体中に浮腫が出て来た。一旦座ると立つのも困難であり、目眩も伴う。切り傷をしても一滴の血も出ない状態であった。
 食糧もなく薬も無いこの島で、この衰弱しきった自分の体を何時まで持ちこたえられるか不安と恐怖が襲う。他人を頼ることも出来ない。誰もが生と死を自分自身で解決しなければならない処まで追い込まれている。

 過日、隊内にショッキングな通達があった。それによると、人間が人間の肉を喰うと云う事である。私達はどんなに苦しい時でも考えた事も想像した事も無い事が、周囲の島で現実に発生しているのである。
 人間も所詮は動物である。環境の変化に伴い、人間としての理性を失い、誇りも無くし、唯の生き物であることを知る。生きんがためには、どんな事でも躊躇する事なく行動に移す。正常では考えられない、恐ろしい残酷な動物に変身するようである。
 落ちる処まで落ちたものだと、笑って済まされる問題ではなくなって来た。何時、我々も彼等の餌食となるやも知れず、尚一層の緊張感を増す。
 その通達の内容は防衛対策として、
  1.原則として単独行動の禁止
  2.隊列行動の場合でも前後に頑強な兵を配置する事
   (※落伍者は狙われる)
  3.知らぬ相手(味方)に心を許すな
  4.油断してはならない
  5.飯盒七個前後持参している相手には注意の事
   (※これは人間を切り刻んだ肉の量を意味する)
 又、彼等の襲撃方法についても記載されていた。
  1.単独で襲う者あり
  2.集団で襲って来る場合あり
 これらは全て相手に安心感を与えてから後、襲って来るようである。注意せよ。以上。

 さてパパイヤの木であるが、幸いにして数日間は私の所有物となり、体力の維持回復に大きな栄養を与えてくれた。
 人間には昔から、「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」の諺があるように、この苦境の中でも、数日間楽しい夢が見られた事に感謝した事を覚えている。
 (完)

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4 Comments

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Unknown (チビタンママ)
2007-10-23 01:57:25
この点に関して、伯父さまが書き残すことが出来た限度がここまでだったと思えてなりません。
その時感じた思いや、実際に身近で起きた極限のおぞましい出来事は、一生封印するしかなかったことでしょう。
今の平和な飽食の時代に生きている私がこの状態を想像しても、食人をした者を心底責める資格は無く、彼らの餌食にならずに生き延びられた伯父さまの無事を喜ぶことしか出来ません。
話は飛びますが、他国の戦争を扱った映画を見るたびに、少なくとも食料は豊富なだけマシではないかと感慨を覚える自分がいます。
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チビタンママさまへ (non_B)
2007-10-23 12:00:03
伯父には、書き残すことができず、自分の中にしまっておいた部分をたくさん持っていたと思います。
伯父は、大変な勇気をもって今編で旧日本軍の最も忌まわしい行為を残したと思います。

私の個人的なトラウマなのですが、
古いNHK大河ドラマで、幕末の頃を描いた作品(題名は忘れましたが)の中で、ある地方の貧しい村が飢饉状態に陥り、家族全員が息絶えようとしている中、父親が子供に向かって、
「お父を食えっ」と伏せながら呻くシーンがありました。
子供の頃に見た私には、今でもそのシーンが強く記憶に残っています。

食人行為を描くことは、あまりに忌まわしいことであり、どこまで書くか伯父も悩んでいたと思います。
返信する
はじめてコメントします (nakko)
2007-10-23 20:51:10
テレビドラマとか映画でしか知らない戦争・・・

そうですよね・・・戦地にいかれていた方は、食料は
自分たちで調達が当然の日々だったんでしょうね。
このような事実があったことを、現代の若者には、知っておいてほしい。・・・
戦争は、二度と繰り返したらいけないけれど
・・・うまく表現できない(おばかなので)ごめんなしゃい




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nakkoさまへ (non_B)
2007-10-24 11:59:08
いらっしゃいませ。

私自身、伯父が書いたものや伯父の話を聞いて、初めて戦地での模様を知ることができました。
多くの映画やドラマでは、やや扇情的かな?とか表現が誇張されているかな?と感じてしまいます。

伯父は自分が戦記を書くにあたって、「戦争を知らない人たちに」実際に戦地で起きていたことを知って欲しいと考えていました。
nakkoさまにも読んでいただく機会ができたことは、私はもちろん、亡くなった伯父も喜んでくれていると思います。
ありがとうございます。
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