今回は私たちの施設で暮らされている70代の男性Sさんのことを書きます。
Sさんはパーキンソン病を患われています。この病気の症状に、「振戦」という手、足、頭、上下肢、体全体などに震えが起きるものがあります。Sさんも右半身を中心に断続的にこの症状が現れます。
そんな病気をお持ちですがとてもお元気で、そのお元気さが私たちを右往左往させる要因にもなったりします
前回の夜勤の際、Sさんは消灯時間前から何かを起こしそうな雰囲気はありました。やたらと発語が多く、上機嫌なのです。
果たしてその「何か」は、夜勤の本格的な始まりである18時過ぎに起こりました。
定時のオムツ交換のとき、Sさんは満面の笑みを浮かべて私たちを見ています。布団をめくると、Sさんはズボンを下ろしオムツを剥いでいましたそんな状態で排泄されていると、着替えやリネン交換も行わなければなりません。私たちが右往左往することになります。
窮屈なオムツはSさんにとっては不快そのものなのかもしれません。でも、自力での利用はもちろん、私たちが介助しても安定した立位・座位を保つことのできないSさんにはトイレの利用は不可能です。排泄にはオムツを着用していただかざるを得ません。
Sさんは「へっへっへっ、やってやったゼ」という表情です。
私たちはというと、Sさんのあまりの嬉しそうな表情に釣られて大笑いしてしまいました。
その後、夜明けまでは布団の中でモゾモゾと動くくらいで静かなSさんでしたが、朝4時には再び活発になりました。
朝4時台には洗顔の介助を行いますが、その時のSさんの動きは既に活発でした。通常は5時30分前後に離床していただくのですが、この日は4時30分には離床していただきました。
車椅子に乗車したSさんは器用につま先だけを動かし、ご自分の居室から同棟の8室へ向けて進んでいきます。片道50m強の距離です。Sさんは見事にその往復を完走しました。上機嫌でなければSさんにはとても苦しい距離だったかもしれません。
Sさんが完走できたのには目的があったようです。それは他の入所者の皆さんに挨拶をすることでした。一部屋ずつ入口に立ち止まり、
「タ・カ・ク・ラ・ケ・ンから来ましたぁぁぁっ ご機嫌よぉぉうっ」
と声高らかに宣言されていました。
Sさんは演劇や映画、浪曲などがお好きなようで、日ごろから俳優の名前を連呼したり、浪曲の節の一部をひたすら繰り返し謡われたりしています。この日はどうやら俳優の「高倉健」さんを演じられている様子でした。でも、ちょっと「てにをは」がヘンです。もしかしたら地名の「○○県」と混同してしまったのでしょうか。
全ての部屋を回り終え、ご自分の居室まで戻ってこられたSさんは、それまで以上に上機嫌でした。Sさんの精神衛生上はとても良かったのかもしれません。
ただ、他の居室の皆さんにとってはどうだったのでしょうか?居室のカーテンも開け、照明も点ける時刻ではありましたが、目覚まし時計代わりになったのか、騒音と感じられてしまったのかは定かではありませんが、特に苦情はありませんでした。日ごろからのSさんの行動には皆さんの理解があったのかもしれません。
その後、落ち着かれたSさんに、ベッド・サイドに飾られているSさんの写真を取って「これは高倉健さん?」と尋ねると、
「それはア・タ・シですっ」
と、キッパリとおっしゃいました。すっかり「素」に戻られてしまったようでした
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Life in Tokuyoでは、non_Bさんが、入居者さんお一人お一人のこれまでの過ごしてきた人生を想いながら、その方々の現状を淡々と受け入れ、特養での日常を綴っているご様子に、感銘を受けていました。
仕事といってしまえば、それまでですが、入居者っさんに対するお気持ちが伴わなければ、このような、文章は書けないのではないかと思います。
実は、私は傾聴ボランティアとして、週に一回都内の老人ホームにお邪魔して、認知症の入居者さんの、お話相手をしています。
たかだか正味1時間の活動で、しかも入居者さんのお気持ちに上手く添うことが出来ず、落ち込むことの方が多いのですが、たまに気持ちが通じ合った時の喜びを原動力に、拙い活動を続けています。
しかし時折、問題行動(施設にとっての)を起こす入居者さんへの、施設や介護スタッフの対応に、痛ましい気持ちを抱いてしまうことがあります。
いや、現場の介護スタッフは精一杯良くやっている。少ない人員で、しかも毎日のことですから。
私も義母の自宅介護の経験がありますので、毎日の介護の大変さは一応理解しているつもりです。
諸悪の根源は、今の日本のお粗末な社会福祉政策にあるとはわかっていても、施設においても、病院においても、自宅においても、必ず訪れる人生の終末期には悲しい現実が待っていることを目の当たりにしてしまうと、長生きするのも考えものだと思ってしまいます。
ちょっと、思考が後ろ向きだったかしら?
Sさんがすっかり素に戻られると、なんだか寂しいのでしょう?
でも、Sさんが変身しっ放しだと、ご本人がお疲れになっちゃいますものねぇ(´;ω;`)
その楽しさを書きたいと思っているのですが、現実は私の文章では伝えきれないくらい面白いことがあり、もどかしさを感じつつ書いています。
私たちの施設にも、傾聴ボランティアの活動をされる方がお越しになったこともありますが、残念なことになかなか定期的にはお越しいただけません。
それは交通が不便であるという施設の立地上の条件もあるのでしょうが、ボランティアの方も、タコロンさんがお感じになられたように、入所者の方々との意思疎通が図れず思ったような成果が得にくいことが大きな要因なのかもしれません。
でも、施設で暮らされている方々というのは、外部との接触が極めて少ない生活を送られています。そんな方々にとっては、自分に会いに来てくれる方というのはとても嬉しいはずです。
ボランティアの方にとって、特に認知症患者の方との接し方には、とてもご苦労がおありだと思いますが、タコロンさんも無理せず、楽なお気持ちで続けていただければと思います。
「施設にとっての問題行動」を起こす入所者への対応にタコロンさんが嫌な印象を持たれたことは、私たちの施設でも起こっていることかもしれません。
身体拘束など、個々の入所者にとって必ずしも最適ではない介護を行ってしまうケースというのは確かにあります。
施設と入所者、職員と入所者、職員同士、施設と職員、それぞれの関係に、ブログには書いてはいけないような問題が実際にはあります。
タコロンさんがご指摘のように、それらの根源には社会福祉政策のお粗末さがあると私も思います。
Sさんにとって俳優さんになりきるような行為は、男の子がヒーローものに憧れてしまうことに似ている気がします。だとしたら、それはSさんにとっては夢の中で過ごしているようなとても楽しいものでしょう。やっぱり時々は変身してほしくなります