13年前ケアマネになりたての頃・・・・
ある老夫婦の担当になった。
隣に住む娘さんは、よく二人の面倒をみて
二人のキーパーソンとして一生懸命動いてくれていた。
ある日父親の方が体調を崩し先に亡くなられてしまった。
母親一人となってその母親も次第に痴呆症が悪化し
訪問すると焦げた臭いがして丸焦げになった鍋があったりもした。
在宅酸素もしているし、腰痛もあり動くのも大変になってきた。
娘さんとお庭でばったり会ったある日、娘さんに聞いてみた。
「お母さん、時々お料理焦がしているみたいなの・・・・
心配だからちょこちょこ様子見たほうが良さそうなんだけど・・・・」
そうしたら・・・突然娘さんが大粒の涙を流し始めた。
「父が死んでから、あまり様子見に行ってないんです。
行かなきゃいけないって思うんですが・・・行けないんです。」
まだぼろぼろ泣いている。
何があったか分からないが黙って娘さんの話を聞いていた。
「父には小さい頃、色んな事してもらった思い出があるのですが・・・・
母には全くなくて・・・・介護してあげたいっと思えなくて・・・」
「こんな娘ってあるかしら?いけない娘でしょ?
自分の親だからしなきゃいけないことは
分かっているんです。。。。でも出来ない・・・・」
「行きたくないのを無理するから、辛くあたってしまう・・・
そうしている自分がまた辛い・・・・」っと。
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自分の親だから心配したり、出来ないことをしてあげたり
そんなこと当たり前っと思っていたけど
介護出来ない関係・・・・親子の確執が与える影響・・・・があることを知った。
親が弱ってきたからその関係を修復をしろ!とは言えない。
生きたようにしか死ねない。。。。
きっと愛情いっぱいで育てていたら
親の愛情が子に伝わっていたら
子供も最期の親をみなければいけないという責任の重圧に
辛い思いをしなくて済むのかもしれない。
介護したくても看れない気持ちを誰も責められない・・・・
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親に触れたくないという人もいた。
おむつ替えは仕方ないけど極力触らない。。。。
がんの末期で色んな症状で苦しんでいるのに
傍に住んでいる家族はほとんど顔出さない人もいた。
老人が一人辛さに耐えている姿は言葉にならないほどみていても辛い。
どんな親子関係だったかは分からないが
介護したくないのにはそれだけの理由があるのだろう。
これが辛いことに親の方は子供や身内に看てもらいたがっている。
でも自分から言えないのである。
言わないと看てもらえないところが歯がゆいのだが・・・
しょうがない・・・・最期だけど
こうになるように今まで生きてきたのかもしれない・・・・
辛い時だけ頼ってもダメなこと
人生の最期の最期で気付くことになる。
寂しいけど・・・・
最期まで頼れるのは自分自身しかないのだと
孤独感いっぱいで寂しいことだけど・・・・どうしようもなくても
介護したくない家族を一方的に責められないのである。
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あるお宅で「おばあちゃん~これ美味しいから食べる?」
手際良く車いすに座らせ、頭やほほを撫でている女性がいた。
すっかり娘さんかと思っていたらお嫁さんと。
思わず帰り際に「娘さんでもないのに・・・
なぜ?そんなに楽しそうに介護されているんですか?」って聞いてしまった。
そしたらニコニコしながらお嫁さんはこう言った。。。。
「お義母さんには、大変お世話になって
ずっと孫の面倒見てもらっていたの。
だから私、思いっきり仕事続けられたんです。
これからは私がお返しする番なんです・・・・」っと。
介護をあまり苦痛と思っていない方は決まって
「今度はお返しする番。。。。」という。
家族を大切にしてきたことって
こうしてちゃんと返ってくる。
見返りを求めるためにやってきたわけではないだろうし・・・・
そこは真の愛情かどうかは、ちゃんと周りに伝わっているのだろう。
愛情たっぷりの家族と接していると
私まで心温まる。。。。。
そして生きてきたようにしか死ねないんだと・・・・また思うのである。