ヤマギシの世界観に「一体」と言うのがあり、”世界は一繋がり、孤立して存在するものは無い”みたいなことのようです。
「洗脳の楽園」という本のなかで、著者が豊里実顕地を訪れた際、案内に立った久保田夫人が「私達は”一体”でやっています。」と説明する部分があったように記憶しています。自信たっぷりなもの言いだったろうと、二十歳前の彼女を思い出すとともに、三十年近い年月も思想の進化、深化と関係なかったかと感じます。
「私達は”一体”でやっています。」と言う考えは、”一体”を”私達”で切り取っており、すでに”一体”ではありません。
私達というのは世界中の私(当然著者も)のことですよ”カコ”ちゃん。
「洗脳の楽園」という本のなかで、著者が豊里実顕地を訪れた際、案内に立った久保田夫人が「私達は”一体”でやっています。」と説明する部分があったように記憶しています。自信たっぷりなもの言いだったろうと、二十歳前の彼女を思い出すとともに、三十年近い年月も思想の進化、深化と関係なかったかと感じます。
「私達は”一体”でやっています。」と言う考えは、”一体”を”私達”で切り取っており、すでに”一体”ではありません。
私達というのは世界中の私(当然著者も)のことですよ”カコ”ちゃん。