ひろかです。
ダンボールノマチが
おしまいの景色になっています。
蔦が絡まった建物や
壁の落書き
さびて落っこちた看板の文字。
忘れられたみたいな、
廃墟になった工場。
それなのに、
工員さんたちは
のびやかに
再会(?)を楽しんでいるようです。
あと2日。
不思議なおしまいの景色を
ぜひ見に来てください。
ダンボールノマチが
おしまいの景色になっています。
蔦が絡まった建物や
壁の落書き
さびて落っこちた看板の文字。
忘れられたみたいな、
廃墟になった工場。
それなのに、
工員さんたちは
のびやかに
再会(?)を楽しんでいるようです。
あと2日。
不思議なおしまいの景色を
ぜひ見に来てください。
今回の山中奈緒子の段ボールのマチは、これまでの彼女の作品とは違う時系列が流れました。私たちの暮らす数日が、段ボールのマチ(今回は工場地です)では10年ひとっとび。金の卵として地方から就職した行員たちも、みるみるうちにシワが増え、結婚やら休職やらしなければいけない様々な人間模様が、詳しく語られる余裕もない速さで過ぎていき。ひとの人生ってこんなん?と、段ボールのマチを見守っていた観客(工員予備軍)は軽いめまいを感じたと思う。そして、あっけない工場の閉鎖。その後、雑草がからまり、雨風日光にやられまくって、いびつな形に欠如していく残されるものたち。しかしそこには、かつて働いていた金の卵たちが、ブルーカラーの工員たちが、何物からか開放され、自由に遊び、談笑する影絵が見えるのです。
そうか、これが廃墟というものか。
壊れたところに、いる自由。捨てられたところで、遊ぶ自由。
だとしたら廃墟は、結構すてきなものかもね、と思った次第です。
今回の静かだけれどスリリングな段ボールのマチの物語を、この場で、現場で、楽しんでくださった方々に「面白かったよね」と言いたくて、長々とコメントさせていただきました。