読書と追憶

主に読んだ本の備忘録です。

ミシェル・ウエルベック「素粒子」

2008-01-23 23:24:40 | 本の感想
 たいへんエロい夢を見て、「なんだこれ?」と考えてみたら、今読みかけの本「素粒子」(ちくま文庫)の影響であるようだ。でもこの本、やっとこさ半分読んだものの、あんまり殺伐としてるので読みきれそうにない。このトホホさ加減は確か・・・確か・・・2ちゃんねるの独身男板の雰囲気だ。そういえば3、4年前にもはてな界隈で、男のモテ度によるヒエラルヒーとか、恋愛の自由化によってより激しく疎外される非モテ系男たちの救いのなさとかそんな話題が流行してたっけな。

 「素粒子」は父親の違う二人の兄弟の話だ。母親は遊びまわっていて子供を省みないため二人はそれぞれ祖母に預けられて育った。兄のブリュノは寄宿学校で悲惨ないじめに遭い、大人になってからもまったく女にモテないで四苦八苦している。弟のミシェルは逆にまったく女に興味がない。どうも彼は天才科学者で、後に世紀の大発見をするらしいのだが、私はその部分まで辿り着けるかどうか自信がない。なんせこんな感じなんだ。
はるか後年、ミシェルは超流動体化したヘリウムの動きとの類比に基づいて、人間の自由をめぐる簡潔な理論を提唱することになる。原子レベルでのひそかな現象である、脳内部におけるニューロンとシナプスのあいだのエレクトロン交換は、原則として量子的予測不可能性に従っている。とはいえ、原子的差異を統計上捨象できるがゆえに、大多数のニューロンは、人間が――大筋においても細部においても――他のあらゆる自然体系同様、厳密に決定された行動を取るようにはたらく。ただしある種の、きわめて稀な場合には――キリスト教徒のいわゆる〈恩寵の御業〉――、新たな一貫性を持った脳波が現れ、脳内に広がっていく。すると調和的な振動子とはまったく異なるシステムによって支配された新たな行動が、一時的に、あるいは継続的に出現する。そのとき、〈自由行動〉と呼ばれるにふさわしい行動が観察されるのである。

ギャー!

 一方で、ブリュノの言いたいことは明確だ。
 アメリカからやってきた享楽的なセックス至上主義がヨーロッパにも蔓延し、ユダヤ=キリスト教的道徳が崩壊した結果、昔ならば普通にできていたはずの伴侶の獲得という行為でさえ過酷な自由競争にさらされるようになった。そんな中で、容姿にめぐまれていない非モテ系の男女はその競争からこぼれ落ちて、徒に欲望を刺激され続けるという悲惨な人生を生きるほかなくなった。しかも、競争の勝者といえどもその関係は保証されたものではない。離婚率の増加によって、いつまた伴侶を失い最初からやり直さなくてはならないかはわからないのだ。
 今時の若者って、こんな不安で過酷な人生だったのか。


 ブリュノはニューエイジっぽいサマーキャンプに参加する。そこならセックスしたいフリーの女が大勢参加しているだろうと考えたからだ。しかしそこでもはみ出してしまう。 私が殺伐としていると思ったのは「モテない。モテない」とばかり言っているからじゃない。たとえばブリュノの母親は、離婚した後、ヒッピー風のコミューンの創立者の愛人になって、ドラッグとフリーセックスを信条とするその集団で若い男とやりまくっている。まあそんな母親も今どきは普通にいるだろうし、家族の崩壊もありふれているかもしれないが子どもはどうすればいいのか。また、ブリュノが参加する「変革の場」というサマーキャンプは実在の組織をモデルにしてるらしいのだが、そこには「エジプト神秘主義者」だの「ヨガ行者」だの「薔薇十字団の女」だのと、ブリュノが簡単に符牒をつけて判別する女がたくさん出てくる。「カトリック女」とか。どれも難アリなのだが、私はそこんとこでぞっとした。「エジプト神秘主義者」でっせ!セックスは置いといても、そんなん理解するのはとても疲れそうだ。「薔薇十字団」ですよ。こんなにバラエティーに富んだ主義主張がぐちゃぐちゃに入り混じっている社会で、人と人が理解し合うなんてとうていできそうもない。人格的、思想的に相手を受け入れるなんていちいちやっちゃいられない。もちろんブリュノはそんなことを考えてるわけではなく、ただ一点、「ヤレるかヤレないか」を基準にして見るわけだけど、悲しいかな、いくらハードルを低くしてもクリアできないものはできないのだ。

 悲しいのは男ばかりじゃない。ジャグジーで出会った(フェラチオの達人)クリスチアーヌという熟女は、「変革の場」が出来て以来ずっとそのサマーキャンプに参加しているのだがこう言う。
でも、少し寂しいわね。外の世界よりは暴力をずっと感じないことはたしか。宗教的な雰囲気のせいで、ナンパの乱暴さが少し隠されている。でもここにも、苦しんでいる女の人たちがいるのよ。同じ孤独に年取っていくといっても、男より女の方がずっと哀れだわ。男は安酒飲んで眠りこけ、口臭がひどくなっていく。起きればまた同じことの繰り返し。さっさとくたばってしまう。女は精神安定剤を飲んだり、ヨガをやったり、心理学者のカウンセリングを受けたり。ひどい年寄りになってもまだ生き長らえて、さんざん苦しむのよ。ひ弱になり、醜くなった体をなおも売りに出して。自分の体がそうなってしまったことは十分承知している、それがまた苦しみにつながる。でもしがみつくしかない。なぜなら愛されたいという気持ちを捨てることはできないから。女は最後までその幻想の犠牲となるのよ。

 ギャーーー!これってある種の地獄じゃないか?
 クリスチヤーヌの夫は若い愛人を作って出て行ってしまったのだという。
クリトリスの核や亀頭の先、尿道口のあたりにはクラウゼ小体がひしめき合っていて、神経終末だらけなわけ。そこを愛撫すれば、脳内ではエンドルフィンがどっとあふれ出す。男も女も、クリトリスや亀頭にはクラウゼ小体がいっぱいで―その数はほぼ同じだから、そこまではとっても平等なの。でもそれだけじゃすまない。わかってるでしょうけど。

クリスチアーヌは理科の先生なのだ。
わたしは夫に夢中だった。ペニスを崇めたてまつって愛撫し、嘗めてたな。ペニスが中に入ってくるのを感じるのが好きだった。彼を勃起させるのが誇りで、勃起した彼のペニスの写真を財布に入れて持ち歩いていたわ。わたしにとって、それは宗教画みたいなものだった。彼に快感を与えることがわたしの一番の喜びだった。でも結局彼は若い女のためにわたしを捨てた。さっきもよくわかったけど、あなただってわたしのあそこに本当に惹きつけられたわけじゃない。もうおばあさんのみたいな感じが漂っているもの。年を取るとコラーゲンが架橋結合を起こすし、エラスチンも有糸分裂の際に細分化されて、細胞組織の張り、しなやかさは失われる一方。二十歳のとき、わたしの陰唇はとても美しかった。でも今ではそれがたるんできているって、よくわかってるわ。

びらびらがしわしわになったからってどこが悪い!そんなことで家を出て行くなんてサイテーな男だ!

 そんなこんなで、すらすら読むなんてとてもできそうもない。そうか、最近私のエネルギーを奪っていたのはこの本だったのか。すいません、途中やめしていいですか?「世紀の大発見」とか「衝撃的な結末」とかはエネルギーの有り余っている人が読んでください。

 
 あとがきによると「素粒子」は前作「闘争領域の拡大」の提起したテーマをさらに掘り下げた小説だという。「闘争領域の拡大」とは
 高度資本主義社会を支えるのは、個人の欲望を無際限に肯定し煽りたてるメカニズムである。そのメカニズムを行き渡らせることにより、現代社会はあらゆる領域で強者と弱者を生み、両者を隔ててやまない。経済的な面においてだけではない。セクシャリティにかかわる私的体験の領域においても、不均衡は増大する一方である。あらゆる快楽を漁り尽す強者が存在する一方、性愛に関していかなる満足も得られないまま一人惨めさをかみしめる傷ついた者たちも存在する。「残るのは、苦々しさだけである。巨大な、想像もつかないほどの苦々しさ。いかなる文明、いかなる時代といえども人々にこれほどの量の苦々しさを植えつけるのに成功したことはなかった。」

ということらしい。
 こんなん、2ちゃんねるを見てれば理解できるのでええわ。それにしても、ほんっと、アメリカ的自由競争主義はどっかで阻止しなきゃいけませんね。

山本芳幸「カブールノート」

2008-01-22 01:59:50 | 本の感想
 いろいろな本を並行して読んでいるのだけど根気がつづかなくてなかなか進まない。スランプだ。少しだけでも読んだところの感想をメモしておこう。

 山本芳幸「カブールノート」(幻冬舎)を読みかけて、今さらながら現地の状況の悲惨さと複雑さに愕然としていろんなことを考えた。中村哲氏が日本のテロ特措法をめぐる議論を「空中戦」だとおっしゃったわけがわかってきた。
 「テロとの戦い」といったとき、私たちは明確にアメリカの視点でアフガニスタン情勢を見ているわけだが、中村さんが講演の中でおっしゃっていたように決して善悪二元論で割り切れるものではないと思った。
 
 1989年、ソ連軍がアフガンから撤退し、共産主義政権が倒れた後、アフガニスタン国内には聖戦士と呼ばれるゲリラ軍が残り、各地で軍閥が群雄割拠しているアナーキーな状態だった。戦争が終わったと思ってアフガニスタン国内に戻ってきた難民たちは、今度はこの聖戦士たちによる殺戮、掠奪、強姦などさんざんな目に遭う。ここに書かれている証言の通りだ。その混沌状態を収拾し、各地で軍閥を一掃して治安を回復したのがタリバンだ。彼らは規律正しく、統制がとれており、決して掠奪や強姦をしない。進出地域の住民たちはタリバンを歓迎し、進んで武装解除に応じた聖戦士たちもいた。
 こういう記述に私は愕然とする(カブールノート 「No3 神の戦士たち」より
 1995年、タリバンの支配地域拡大は第二段階に入った。タリバンは異文化圏のヘラート及びカブールへの侵攻を開始した。

 カブール市の西南部はマザリが率いるシーア派の軍とドストム将軍の分派が支配し、たえずマスードを脅かしていた。彼らよりさらに大きな脅威は、同じ政権の首相であるはずのヘクマティヤールであった。彼は合同政権の権力の分配に満足しておらず、カブール市南部の外側に陣取り、92年から95年にかけて、そこからカブール市内に無差別にロケット砲を撃ち続けていた。ヘクマティヤールの目的は、ラバニ・マスード派の信頼を崩し、合同政権を瓦解させることであったが、このロケット砲撃により、カブール市はほとんど破壊され、2万5千人以上の一般市民が亡くなったといわれる。

 アナーキーな状態で、軍閥が一般市民にロケット弾をガンガン打ち込んでいるのに政府軍はそれを止めることすらできていなかった。そこに登場したのがタリバンだ。そりゃあ市民は歓迎するに決まっている。この際、宗教戒律に厳しいとかはどうでもいい。人殺しや強姦をする野蛮な奴らよりはるかにましだ。
 
 タリバンの戦士たちにはある「確信」のようなものがあると山本氏は言う。明言はされていないが、推測するにそれは、「決して外国の傀儡とならずに自力で秩序を回復し、そして独自の宗教と文化で国を立て直してみせる」というような誇りと自信ではないかと思う。私が今までタリバンに抱いていた「狂信的な宗教原理主義者」「女性差別的な封建主義者」というイメージが少し変わった。物事は見る立場によって全く別の様相を見せる。中村哲氏がおっしゃっていたがタリバン政権が崩壊し(アメリカの傀儡であるところの)現政権になってから国内のあちこちで目立つようになったのはケシ畑であるという。タリバンはケシの栽培を禁止していたが、現政権になってからは軍閥が息を吹き返し手っ取り早く金になる麻薬を重要な資金源としているため農民にケシ栽培を奨励しているというのだ。その麻薬はどこに流れているのだろうか。


 日曜日の「たかじん」で「おしおきしたい人」というお題があって、田嶋陽子さんが「ブッシュ大統領」と書いていた。「9.11の死者の数が3000人、イラク戦争でなくなった兵士が4000人(連合軍)、イラク国内の一般人が3万4千人、こんな悲惨な結果を招いた責任をブッシュ大統領は取るべきだ」というのだ。もちろん私も当然だと思う。だけど、じゃあすぐさま撤退できるかといえばそんなわけにはいかない。ここまで治安が悪化してしまったら、アメリカが手を引いた途端にアフガニスタンでかつて起こったような混沌状態が再現されるに違いない。宮崎哲弥さんが言いかけた「昨年イラク駐留軍を増派したことによってあきらかに治安が回復した」というのはそのことを言おうとしていたのだと思う。みんな一斉に喋るから訳がわからなくなる。アメリカはこのような悲惨な状況を招いたことについて責任を取るべきだと思う。その責任の取り方というのはイラクが完全に平和になるまで徹底的に支援することであって「手を引く」というような無責任なやり方ではないはずだ。そしてそのことは今になってはおそろしく困難なことだろうと思う。また、アメリカを支援した日本もそれについては無罪ではありえない。イラクの復興に積極的にかかわらざるをえなくなってしまったことの責任は誰にあるのか。決して忘れてはいけないと思った。

 
 その時ふと、前日(19日)のお昼に見たテレビ番組を思い出した。「超歴史ミステリーV・“大奥”女の欲が歴史を変えた」。私はドラマ「大奥」には全く興味はなかったが、始まったばかりのNHKの大河ドラマ「篤姫」を見始めたのでちょっと見てしまった。おもしろいのは「近衛家に縁のある大奥の女たちが徳川家を中から滅ぼし、大政奉還と王政復古に至らしめた。そしてその企てはすでに忠臣蔵の時代から始まっていた」というこの番組の主旨だ。
 
 江戸時代、徳川家は大名家から嫁を貰うことはできなかったらしい。特定の大名家の勢力が強くなることを恐れたからだろう。そこで公家から嫁取りをしたのだが、近衛家の娘、後の天英院は6代将軍家宣に嫁し、夫の死後も御台所として権勢をふるう。清閑寺 熙定の娘竹姫は、5代将軍綱吉の養女となるが、実は8代将軍吉宗と恋仲であったと言われている。これを御台所、天英院が引き裂いた。実家と関わりの深い島津家に嫁がせるためだ。島津家は当時財政難であった。竹姫と島津家の5代藩主継豊との婚姻によって徳川家との関係は深まり、後に財政建て直しの際の援助を得ることができたのだという。
 徳川家を間に挟んだ島津、近衛両家の緊密さは13代将軍家定の正室となった篤姫の輿入れに際しても見られたことだ。詳細は大河ドラマで見られるが、この番組では篤姫が夫家定や次の将軍家茂の毒殺をしたのではないかと推理している。尊皇派の一橋慶喜を将軍にして大政奉還を実現するためだ。
 毒殺云々はともかく、歴史の表舞台にはほとんど登場してこない女性たちが、実はなかなか侮れない大きな影響力を持っていたらしいことに驚いた。また、大政奉還、王政復古などという統治システムがコロッとひっくり返るようなことを徳川幕府の300年の間ずっと考えてきた人たちがいて、虎視耽々と機会を窺っていたということにも驚いた。つまり、今現在のシステムを自明なものとして安住せず、いつかこの理不尽な状況を変えてやろうと着々と策を練り、一つ一つ布石を打って最後の最後にひっくり返してしまうというこの執念深さと頭のよさにだ。ちょっと空恐ろしいとも感じたが、今の私たちはそのような執念深さは持ち合わせない忘れっぽくておめでたい人種になり下がっているので、少しは「大奥」の女たちを見習った方がよいかもしれないな。

 ちょっと文章を書かないともうすぐに全然書けなくなっちゃうなあ。

芥川賞と直木賞

2008-01-14 13:55:35 | 本の感想
 あさって16日に芥川賞と直木賞が発表されるらしいがほとんど興味はない。だってつまんないもん。
 芥川賞候補で読んでみようかなと思うのは「カツラ美容室別室」「ワンちゃん」だけで、直木賞候補では「私の男」「警官の血」だけだ。テレビで有力候補とされてたのもその4作品だったけど、それは偶然の一致です。ホントだって。
 というわけで「赤朽ち葉家」でハマった桜庭一樹「私の男」を早速アマゾンで注文した。体調が悪いときにはあまりコッテリした小説を読むと寝込んでしまうのだけど、今はまあ大丈夫そうだし。ついでに「青年のための読書クラブ」も注文。桜庭一樹オフィシャルサイトを見たら冒頭立ち読みができるようになっていて、
一九八〇年代後半において、閉ざされた乙女の楽園たる聖マリアナ学園を、外の世界に吹き荒れるバブルの金色の風がとつぜん襲ったことは、後の正史には残されぬ暗黒の珍事件である。

などと書いてある。これはおもしろくなりそうです。私はこういう電撃文庫ぽいのが好きだ。ところで桜庭一樹って女性だったのね

 最近は文芸誌を全然買ってない。読むと眩暈がしてくるからだ。「こういう小説を読解できるようにならないといけないのか!」と思うと暗澹としてくることもある。
 2006年6月号の「文學界」を書店で買ったのは、その時たまたま「世界は村上春樹をどう読むか」という見出しが目にとまったからだけど、これ、まるで駅前デパートで必要に迫られて長靴を買おうとしたら「ああ、レインシューズはうちには置いてありません。」と言われたときみたいにとりつく島もない。この号には「第102回文學界新人賞発表」作品が掲載されていた。木村紅美 「風化する女」
 れい子さんは、一人ぼっちで死んでいた。

冒頭から死んでるし。なんで殺すんだよ!かわいそうじゃないか。それで[島田雅彦奨励賞]とかの澁谷ヨシユキ「バードメン」は読む気もしなかった。きっと、「ぼくは飛べるんだ~」とか言って羽をつけてビルから飛び降りる話に違いない。暗澹とする。「私は村上春樹も『文學界』も純文学も、もういらんわ」と思った。この号で唯一すらすらと読めたのが、伊藤たかみ「八月の路上に捨てる」だったのでそれが2006年度上半期の芥川賞を受賞したときは「なるほど」と思った。とにかくすらすら読めないとどうしょうもない。

 最近読んだのは久保寺健彦「みなさん、さようなら」(幻冬舎)1月6日の朝日新聞の書評(斎藤美奈子)がおもしろそうだったからだ。最近は書評さえ読んでもよくわかんないことがあって、よほど脳が老化してきているのだろうと思う。斎藤美奈子さんの書評は安心して読めるし、食堂の食品サンプルみたいにカラフルだ。
箱庭を壊すゴジラの気概ってどういうことだろう。最近ゴジラが流行っているのか?確かに最後がうまく行きすぎだという気もするが、主人公が相当アブナイ雰囲気なのであれ以上悲惨なことがあったら読めなくなる。「ブラック・ジャック・キッド」の方も是非読んでみよう。

「電車賃を貸してくれ」
「ああ、駄目駄目。規則なんだから」
「ヒーさんが死にそうなんだ、いいから貸せ!」
 駅員にしてみればわけが分らなかっただろうが、おれの剣幕に驚いたのか、あわてて1000円札を差し出した。切符を買い、改札に走る。自動改札の入り方が分らずにおたおたしていたら、後ろにいたおじいさんが教えてくれた。

 ああ、目に浮かぶような感動的なシーンだ。絶対、この本映画化されるね。このシーンが感動的だということがわからない人は2ちゃんねるのヒッキー板を覗いてから読むといいと思う。

つづき

2008-01-11 10:43:35 | 本の感想
 昨日の補足。グローバル化の問題点。
 
 アジア太平洋資料センター(PARC)はスポーツシューズメーカーNIKE社の調査をした本も出している。(「NIKE:Just DON'T do it.見えない帝国主義」)国際的に有名なこのメーカーは自社工場を持たない。仕様書と三日月型の商標さえあれば世界中どこでつくってもよいのだ。初めは韓国、次はインドネシアと賃金の安い地域を求めて工場を転々と移す。インドネシアの労働者たちが劣悪な労働条件に抗議行動を起こすと、その次は中国に移転した。このようなやり方が世界中で反発を呼び、ボイコット運動を引き起こした。賃金の安い国を求めて工場をあちこちに移すなんて焼畑農業みたいだ。雇用者としての責任を免れているし、突然解雇された労働者の生活はどうなるのか。有名メーカーのスポーツシューズが誰でも気軽に買えるようになった背景に、そのようなグローバル企業のひどい雇用実態があったわけだ。
 
 100円ショップの場合も自社工場を持たないところはよく似ているが、仕入のブローカーを通すので製造元との関係はさらに希薄になってくる。しかも、注文はたいていの場合一回きりで、次に同じ仕入れがあるかどうかはわからない。工場側も利益率は悪いことはわかっているが、一度の注文数が大量なので引き受ける。中国の農村部などはまだまだ貧しく、低賃金長時間労働の不安定な職場でもいくらでも人が雇えるのだ。100円ショップの安さにもやはりそのような人の使い捨てがあるし、このような商売の形態が大量消費と使い捨てによってはじめて可能になってなっていることを忘れてはいけないと思う。
 
 それから、PARCは最貧国の債務帳消し運動にも取り組んでいる。私たちは政府の国際援助の在り方についてもっと興味を持って監視しなくてはならない。なんせ、私たちの郵便貯金や税金が使われているわけだから。(もしかしたら返ってこないかもしれない)いろいろなことを考えさせる本だった。9.11の直後に出された声明文を読むと、ここの人たちがどれだけ正しい見通しを持っていたかよくわかるなあ。

 さきほど山本芳幸「カブール・ノート」(幻冬舎文庫)を検索していて見つけたサイト(kabul note)新聞広告に載った日に買おうとしたらすでに品切れってどういうことよ?結局マーケットプレースで注文した。テレビ朝日「ザ・スクープ」に動画配信のバックナンバーがあって、山本芳幸氏も出演していた。(動画配信バックナンバー2001→2001年10月6日、10月13日)その他にもおもしろそうな特集(警察の裏金問題を取り上げたスペシャル(2003年~2004年)とかいろいろあった。こんなふうにできる限り番組を保存しておいてもらえるとありがたいと思う。


どうでもいいけど景気のいい話

 先日来、金が値上がりしているという話をニュースで聞くので、金庫の中に小さい金貨が2枚あったことを思い出した。そこで金庫を開けて確認しようとしたら、滅多に開けないものだから電池が切れて開かなくなっていた。あわてて電池を入れ替えて暗証番号を押してみたがやっぱり開かない。製造元に電話したところ、電池ボックスが錆びているのではないかという。交換には1万2千円もかかるという。私はがっかりした。なにも大金が入っているわけではないのだ。ただ、生命保険の証書とかパスポートとか大事なものが火事になっても燃えないように入れているのだ。この金庫は格安の3万円くらいで買ったものだ。電池ボックスがなんでそんなに高いのだろう。電池を入れたり出したりあちこち押していたらランプがついたのでそう言うと、電気系統が生きていても暗証番号がリセットされているので、工場出荷のとき、一台一台に設定された10桁のナンバーを入れないと開かないという。それを教えてもらうのにまた料金がかかり、今度は1万6千円だという。ぼったくりじゃないか?しかし背に腹は代えられない。送金して電話でナンバーを教えてもらって反応の悪いキーに四苦八苦しながらやっと開けることができた。ああ、心臓に悪かった。電池式の金庫はときどき電池を入れ替えてやってないといけない。

 本題はここからで、金貨を貴金属店で売ったところ買値の倍に値上がりしていたラッキー!そういえば私は三菱マテリアルの純金積立もやっていた。1度引き出しているので大してないだろうと思っていたが、300グラムもたまっていた。確かオンライントレードの手続きもしていたので売却するのは簡単だ。ついでに購入の停止もしておいた。(しかし、今日の金はまた24円値上がりしているじゃないか・・・うーん)
今日金の価格が上がったのはFRBが利下げを発表したからだ。最近のサブプライムローン問題、石油価格の高騰、上海金先物取引市場の開場等、複数の要因がある。このコラムを読むとなんだか豊かになった気がするなあ。もう売っちゃったけど。グスッ・・・

 ロンドンの金が1グラム1000ドルをめざす勢いなのに国内価格がぱっとしないのは為替の影響があるからだ。やはり株、外貨(ユーロ)、金、債権、とバランスよく持つことが大事だなあと思う。お金がたくさんある人の話であって、うちはまずローンを返さないといけないんだけども。
 で、コラムによると、年後半は値下がりして下値を試す展開らしいから安くなったらまた買おうと思う。

 景気がよい話なのか?・・・

貧乏くさい話と景気のいい話

2008-01-10 23:38:27 | 本の感想
*ここを見ている人はもうおわかりのように、ときどきやる気をなくして更新が止まるので出来れば、「はてなアンテナ」みたいなところに登録しておいて頂ければ無駄足を踏むことがなくてよいと思います。

 貧乏くさい話

 私はわりとよく100円ショップを利用する。ダイソーと24時間営業のスーパーとドラッグストアが連なった郊外型のお店が便利でよく行くからだけど、是非とも100円ショップで買わなくてはならないものもあるからだ。
 
 新聞の切り抜きを、昔はスクラップブックに張り付けていたのだけど、それだと値段が高い上にすぐ一杯になってしまう。試行錯誤した結果、子ども用のペラペラのスケッチブックを2冊中表に張り合わせ、背中をガムテープで補強して、そこにべたべた貼りつけることになった。これなら200円で済むし裏表紙の厚紙がちょうどよい硬さで、犬に齧られても中身が無事だからだ。
 朝日beも保存することがある。こちらはA3のクリアファイルだと、そのまんま入るので便利だ。A4サイズのファイルなどは20ポケットなのに最近はA3だと10ポケットしかなくなったのは石油価格の高騰のせいかと思う。でも、ホームセンターでA3サイズのクリアファイルを探したらとんでもなく高くて買えなかったから10ポケットでもありがたいと思う。中身がわかるように赤、青、緑の丸いシールを背表紙につけているがこれも5色セットで100円だった。ハサミも各種あって、新聞の切り抜き用の刃の長いのはとても便利だ。糊だけは100円ショップのものは粘着力が弱いので普通の一本300円の液体糊を使うことにしている。
 こんなふうに、新聞の切り抜きという作業一つ取ってみても100円ショップの商品が大活躍だ。これが以前は結構な経費がかかる道楽になっていたのだが、今は私のお小遣いでもできる。

 先日、ダイソーに行ったら、商品回収のお知らせが貼ってあった。クマのプーさんがついたメラミン樹脂のどんぶりから、基準値以上のホルムアルデヒドが検出されたと保健所からの連絡があったというのだ。もう一点、柿の葉茶から残留農薬が検出されたというお知らせもあった。どちらも中国製だ。柿の葉なんかに農薬をかけるのかと思ったが、去年うちの柿の木にはアメリカシロヒトリが大発生して、ほとんど丸坊主になってしまったことを思い出した。商品として栽培している農家は農薬を使わなくてはやっていけないのだろう。しかも中国だから、どんな農薬をつかっているかわかったものではない。帰ってから同じ健康茶のシリーズがあるかと調べてみたらプーアール茶とかとうもろこし茶とかいろいろ買っていた。念のためすべて廃棄した。
 100円ショップは、商品をいろいろ見ながら買う事自体が楽しいし、安くて家計の節約になるし、あそこでなくては手に入らないものもある。もはや生活に欠かせないものになってしまったが、ときどき「これでいいのかなあ」と思うこともある。そこで読んだのが、アジア太平洋資料センター編「徹底解剖100円ショップ 日常化するグローバリゼーション」コモンズ

 この本は、身近な「モノ研究」から経済と社会を考えるというアジア太平洋資料センターのグローバリズム研究会から生まれた本だ。知らなかったが、鶴見良行「バナナと日本人」(岩波新書)も村井吉敬「エビと日本人」(岩波新書)もこの会の研究の成果らしい。村井吉敬氏はこの本でも執筆しておられる。

 わたしたちは、100円ショップで物が安く買えてよかったと喜んでいるが、はたしてそれはいいことなのかどうか。100円ショップの商品はどのようにしてできているのか、価格破壊が進んだ結果私たちの暮らしにどういう影響があるのか、海外ではどういう影響が起きているのか、それを100円ショップの商品から考えるというのがこの本のテーマだ。

 「第2章 100円ショップはどうなっているのか」で商品の詳細な分析がされていたが、ダイソーの場合、商品の原産国は中国46%、日本15%、韓国12%、台湾10%だ。そこで、取材班は中国に飛ぶ。ダイソーやキャンドゥが取材させてくれたわけではないので、これらはすべて商品を買って分析したものだし、中国の取材は、買い付け旅行を手伝っている旅行会社に頼んで連れて行ってもらったという。100円ショップの商品の多くを製造している中国には、生活雑貨の巨大卸売市場が存在するという。東部沿海地、浙江省の義烏市というところだ。ここはもともと貧しい農村地帯だったところだ。農業だけで食べていけないので行商をする人が多かった。改革開放が始まってまもない80年代に「興商建市」をスローガンに市役所の近くに卸売市場を設立した。義烏市政府の積極的な優遇政策でこの市場はどんどん大きくなり、そこで売る商品を作るために工場団地が出来、ついには海外向けに輸出する商品の一大集積地となる。この「売れるものを作る」「商品の川下から川上へ迫る」という戦略が100円ショップの構造にそっくりだという。この義烏市で売られている商品の単価がものすごく安い。たとえば、目覚まし時計35円、包丁セット(5本)261円~653、定規5円、筆箱11円という具合だ。これなら買って送っても利益が出る。こんなに安くできるわけは、やはり、労働者の賃金がめちゃくちゃ安いからだ。10時間の長時間労働、休みは月2日、給料は一か月8700円~。

 では国内の企業はどうだろうか。100円ショップに商品を卸している会社はなかなかそのことを表ざたにしたがらないらしく取材が難しかったようだが、陶器を製造している会社を取材することができた。100円ショップに商品を卸したいわけじゃなかったらしいが、陶器類の国内需要がこの10年で半分に落ち込んで、背に腹は代えられなかったらしい。実は100円ショップに納入すると通常は一個あたり10円の赤字が出る。これをなんとか利益が出るよう持って行くため、血のにじむような経費節減をしているらしい。第一にロボットや機械を導入し、徹底的な自動化を行う。第二にできるだけロスを減らすよう、品質管理を徹底する。(ダイソーは商品の欠陥があった場合、突き返すだけではなくて、高額のペナルティーをとったりするのだ)第三に「不況を追い風にして業績を伸ばそう」という前向き思考の徹底(???)第四に、残業を増やした。(そーだろーなー)第五に仕入れ価格の削減。
 ダイソーへの納入量は一日5万個、年間1600万個。デザインは頻繁に変える。合理化、機械化によって低コストを実現し、年間1600万個という商品の大量生産によって利益を確保しているということらしい。
 なんだかおそろしい気がした。この大量生産による薄利多売戦略は100円ショップ自体にも言えることで、本来100円以下では仕入れられないものを格安で仕入れるために数十万個単位で買うことで可能にしている。大量に仕入れるということはそれを売りさばく店舗が必要だということで、ダイソーや他の100円ショップが拡大経営をつづけているのはそのためだ。使い捨て、大量消費時代でこそやっていける商売なのだ。ダイソーの矢野社長がテレビで言っていたが「石油ショックがまた起こったらおしまい。いつ潰れるかわからない。」「進むも地獄、退くも地獄」ということで実は非常に危うい商売なのだ。
 
 「第5章 安いからと喜んでばかりはいられない」ではどのような悪影響があるかが考察されていた。簡単に言うと、第一に、しわ寄せは結局メーカーで働く労働者に「低賃金、長時間労働」としてはね返ってくる。第二に、衝動買いを誘発し、使い捨ての大量消費文化を助長する。第三に、小規模な小売店に打撃を与え、地域の空洞化を招く、などだ。では、どうすればよいのか。第6章では、競争ではなく、共生、あるいは棲み分けのための地域戦略ということが提案されている。おもしろいけど省略。こういうのは朝日新聞の社説でもずっと言ってることだ。

 ほんと、安いからと喜んでばかりはいられないなあというのが感想だ。ダイソーのホームページを見たら、ポップでいかにも若者や主婦受けしそうな作りでつい見入ってしまったが、そういうノリに乗ってしまってはいけない。この頃よく、星新一のショートショート、「おーい、でてこーい」を思い出す。今まで私たちが捨てたと思っていたものが、ある日突然、空から降ってきたら・・・と思うとぞっとする。ゴミ一つとっても自分ではとても処分できないのだ。今日も100円ショップでいろいろ買ってしまったが、「こういう勿体ないことをしてたらいつかばちが当たるよな」と思ってしまった。

 「景気のいい話」の方は明日。

村田喜代子「百年佳約」

2007-12-20 17:27:00 | 本の感想
図書館で借りた村田喜代子「百年佳約」(講談社)読了。

この本は「龍秘御天歌」の続編だ。
「龍秘御天歌」は、朝鮮半島から秀吉に連行されて肥前皿山に窯を築いた陶工たちの頭領、辛島十兵衛がなくなり、その葬式にまつわるごたごたを描いた小説だ。十兵衛の妻である「百婆」は、是が非でも朝鮮式の弔いをしたいと主張するが、息子の十蔵は日本人の役人や取引先も来るのだからできるだけ違和感がないようやりたいと思っている。今や皿山の陶器は藩の重要産品で陶工たちは手厚く保護されてはいるが、島原の乱の影響で檀家制度というものが出来、すべての百姓町人はどこかの寺の檀家に属さなくてはならない。葬式は仏式だし、亡骸も火葬にしなくてはいけないのだが、百婆はとんでもないと思っている。人が死んだら魂は一族の守り神として永遠に墓所で生き続けるのだから焼いてしまったりすれば、魂の入れ物がなくなってしまう。十兵衛は日本に来てから一族で初めての死者だから墓地にする山を探すことから始めなくてはならない。朝鮮式の葬儀というのは何から何まで日本式と違っていて大変なのだ。百婆の権威は偉大であるが、息子の十蔵は政治的影響を考えて事あるごとに妨害しようとする。
百婆は憤慨しつつも折れざるを得ず、最後の最後にしっぺ返しをするのだ。厳格な僧侶が「朝鮮のありがたいお経」だと思い込んでカナ書きにした「恋歌」を唱え、言葉のわかる年寄りたちが目を白黒させる場面は抱腹絶倒だった。
こちらがすごくおもしろかったので「百年佳約」も期待したが、その通り、一気読みできるおもしろさだった。

「百年佳約」は「末永く幸せに」みたいな慶事の際の決まり文句らしく、こちらは百婆の孫たちの結婚に関するごたごたを描いたものだ。しょっぱなから百婆は死んでいる。台風のさ中に窯を見回りに行こうとして薪に頭を直撃されたのだ。運のよいことに大雨が降り続いたため火葬にふされることなくナマで葬られたので無事守り神になることができた。夫の十兵衛や他のものたちは火葬にされて雲散霧消してしまったらしく影さえ見えない。息子の十蔵がヨレヨレになって墓参をしに山を登って来る。喪中であるため粥しか食べられず衰弱しているのだ。しかし十蔵は世代交代後の次の一手を考えている。日本人の同業者に娘たちを嫁がせ、地位をより強固なものにしようと目論んでいるのだ。百婆はなんてことだろうと嘆くが、直接説教するわけにもいかず、あちこち飛び回って情報収集したり、位牌を飛ばしたりといった小細工をするくらいのことしかできない。いろいろな事件があり、新しい世代の結婚に対する価値観の違いなども露呈して一悶着も二悶着もあるが、最後は納まるところに納まってめでたく終着する。その間百婆は供え物をわしわしと食べてはどんどん元気になり、やもめの死人の仲人をしたり、孫の縁を取り持ったりと忙しく飛びまわる。うらやましい幽霊・・・違った、守り神である。

日本では昔から大陸から渡ってきた人や技術が大きな影響力を持って社会を発展させてきた。江戸時代に一世を風靡した薩摩の焼き物なども、もともと文禄・慶長の役で秀吉の軍が捕らまえてきた朝鮮人陶工たちによって伝えられ、より洗練されてきたものだ。上記二作では、朝鮮と日本の風俗習慣の違いが浮き彫りになっており、彼らがいかに日本社会に同化しつつも伝統を守ることに苦労したかということがよくわかる。また、日本人からは一見奇異に見えるしきたりも、裏返して儒教思想が染み込んだ朝鮮人から見れば日本式の方が不作法で許せなく思えるというのもこれを読むとよくわかる。

それから、祝い事や野遊びや正月など、折々の御馳走がとんでもなく多くてどれもこれもおいしそうでよだれが出そうだった。笑い顔の豚の頭をはじめ、まるでチャングムに出てくる山海珍味を見ているような描写だ。「犬のごとく稼いで、大臣のごとく使う。」陶工たちの豪放な生き方も気に入ったし、女たちがきれいなドレスをひらひらさせながら長い長いブランコを漕いだり、シーソーみたいな飛び板でぽんぽん跳んで遊ぶのが羨ましくて、夢に出るほどだった。

賞味期限

2007-12-16 20:50:00 | 本の感想
 内田樹「疲れすぎて眠れぬ夜のために」(角川文庫)より 「どんな制度にも賞味期限がある」
 どんな制度にも賞味期限があります。どんな立派な理念でも、必ず賞味期限が来て、使えなくなる。どんなにおいしいものでも腐るのと同じです。だから、賞味期限が来る前に食べましょう。そして、賞味期限が来るまではぎりぎりまで味わいましょう、というのがぼくの考え方です。

 通常、ある社会制度が腐りかけてきた頃に、次のシステムが出てきて、うまく連係が保たれます。社会制度は一度捨てると代わりはないですから、次のものが来ないうちに、「ろくでもない制度だから」といって棄てることはできません。してもいいけど、厄介なことになります。
 国民国家、人種概念、階級制度、一夫一婦制など、この先あまり長くは持たないと思いますが、まだこの後五〇年ぐらいは賞味期限が残っている。残っている間はまだ「賞味」できるわけですから、「次のもの」がくるまでは、なんとかこれを使い回ししてしのぐしかありません。

 どんな制度も必ず腐ります。でも賞味期限が切れたからといって、それがかつては美しいものであった、おいしいものであった事実は変わらないのです。「非常にあれはよかったね。だけどもう腐っちゃったんで、食えないんだよ。そろそろ賞味期限が来たから捨てようか」ということについて合意形成を整えて、そうやって制度改革をソフトランディングさせることがたいせつだと思います。
 不思議なもので、「あれはもうダメだ。古いから捨てる」というふうに言い放ってしまうと、制度というのはなかなかなくならないのです。逆に、「あれはなかなかよいものだったね、あのときは実に役に立ったよ」というふうにその事績を称えてあげると、先方も「自分がもう死んでいる」ことを受け容れて、静かに姿を消してくれるのです。
 ぼくはこういう「礼儀正しく、不要物を棄てる」ことを「弔う」と言っているんですけれど、すごくたいせつなんですよ、これは。相手が人間であれ、制度であれ、イデオロギーであれ、「死んだもの」をきちんと弔うということは。最後に唾を吐きかけるんじゃなくて、最後には花をそえて、その業績を称えて、静かに成仏してもらう。そうしないと、賞味期限の切れた腐った制度が、なかなか死なないでのたうち回るようなことになるのです。

 死者であれ、制度であれ、イデオロギーであれ、死に際には必ず「毒」を分泌します。かつては社会に善をなしていたものが、死にそびれると生者に害をなすようになるのです。それをどうやって最小化、無害化するか、それを考えるのは、社会人のたいせつな仕事の一つなのだとぼくは思います。

 
ははあ、確か宮崎哲弥氏が、NHKの「プロジェクトX」は、高度成長期のサラリーマンたちに対する葬送であったとどこかに書いていて、どういう意味かと思ったがそういうことか。内田樹氏は「弔いの儀式」というものはもともと「死者が生者に害をなさないように行うもの」だと書いておられる。恨みを抱いて死んだ者の怨霊が祟って生者に害をなさないよう祭り上げるのだと。だから靖国神社というのは戦争で無念の死を遂げた兵士たちが恨んで化けてでて来ないよう祭ってあるんだそうだ。なるほどそれはよくわかる。私だってあんな戦争で無惨な死に方をしたら絶対化けて出るだろう。口から毒を撒き散らして10人くらい道連れにするかもしれない。

で、今日の「たかじん」では元民主党議員、西村眞悟氏が復活していた。うっわー!むちゃくちゃタカ派じゃん!金美齢さんは許容範囲だけどこの人はだめ・・・。「辛抱たまらん!」で、例の名義貸しの件について「僕を議員辞職に追い込むことが目的だった」とおっしゃっている。なるほどー・・・。まあ、支持者が多くてよいことです。

勝谷氏が、田嶋陽子さんに「そんなことを言っているから死んだはずの左翼が蘇るんだ!」と言っていたが、逆に考えると勝っちゃんみたいな発言が多いから蘇るんであって、右翼が何度でも姿を変えて蘇るんと一緒ですね。民主党が政権を取ろうと思ったって、西村氏みたいなんが、もしまだいたとしたら絶対取れないでしょうが。

夏目房之介「マンガはなぜ面白いのか」

2007-11-25 23:20:52 | 本の感想
 2年くらい前、パソコンのプリンターを複合機に買い換えてからは、自由にコピーができるのがうれしくて、図書館で借りた本からおもしろかった部分をどんどんコピーしていた。ところが最近それらを読み返してみると、なぜコピーしたのかわからないことが多い。全然おもしろくない。つまり、その時おもしろいと思ってわざわざコピーしたのは、自分がそれを読んで考えたことの方がおもしろかったのであって、そちらの方を忘れてしまっている場合は価値がないのだ。ショックだった。この大量の紙の山はなんなのだろう。

 かろうじて、いつ読んでもおもしろいものもあることはある。夏目房之介不肖の孫」(筑摩書房)もそうだ。漱石については鏡子夫人「漱石の思い出」が有名で、素顔がよくわかってよいけども、この本も抱腹絶倒だ。ただし漱石のほうではなく、母方の祖父、三田平凡寺について書かれている部分が。
 三田平凡寺という人は、奇人変人の趣味人だったらしい。病気で耳が不自由だったせいもあるが、資産家の息子だったため、どうやら一生定職に就かず、がらくたの収集などわけのわからないことをやっていた。まさに漱石のいう「高等遊民」だ。この人がすごい変人なのだ。私は、「父方の祖父が漱石で、母方の祖父がこの人じゃあ、平穏で真っ当な人生を歩むというのは至難の業じゃないか?」と思った。
 また、何といっても平凡寺のウンコである。平凡寺は形のいいウンコをひりだすと、それを石膏で型どり、中のウンコをかきだし、ウンコ模型をつくって金粉塗りにして保存した。もっとも、その実作業をするのは戦前は奥さん、戦後は手伝いの女性で、自分じゃやらない。イイ気なもんである。手伝いの女性の証言によれば、平凡寺のウンコはそれはそれは固く、なかなかかきだせなかったという。

金粉塗りのウンコ模型!
 ほかにこの本には、マンガの性的妄想( 快感を極限まで追求する)とかOLがコンビニで買っている商品からセックスライフがわかる(現象学的に見たコンビニ「発情する商品」)とかおもしろいエッセイがたくさん載っていたが、残念ながらそちらの方はコピーを取っていない。

 おっとっと、「マンガはなぜ面白いのか」(NHKライブラリー)についてであった。
 この第1章の「恋愛マンガ学講義」でマンガにおける恋愛観の変化を論じているところが興味深かった。
 恋愛でわりに重要なのは、最初の瞬間に何かを信じちゃうという能力なんです。僕は、恋愛というのはフィクションだと思っています。

・・・・恋愛がフィクションである以上は、それをつむぐ能力が必要になると考えています。われわれは、たぶんどこかでそれを学習し、予行演習しているはずです。マンガかもしれないし、小説かもしれないし、もっと大きなのは自分の両親とかでしょうけれど、そういうものから学習して、恋愛の物語を自分なりにつむいでいく、そういう能力の問題だと思っているんです。
 この両力が壊れちゃったような人もいまして、これは現代では悲惨です。

 最初のある場所で、何かをわっと信じちゃうということ。そのときのわくわく感をずっと持続させたいというのが、恋愛の動機になります。お互いに好きになったら、それをずっと両方で信じられたら、それは永続するわけじゃないですか。みんなそうしたいし、そう思うから結婚しらりするんだけれど、絶対にそうはならないというのがなさけないところで、人間の矛盾です。二人だけで生きているわけじゃないから、いろいろな要素が入ってくるし、本人も変わってくる。ここが恋愛の勘所でしょうね。

 その特殊な男女の場所を永続させるというテーマをもったマンガがあります。ご存じない方が多いかもしれませんが、僕は一度これを論じてみたいなと思っていた。少女マンガで、猫十字社という作家の『小さなお茶会』(78~87年)という作品です。猫の夫婦の話なんです。仲のいい猫夫婦の話を、えんえんと続けていて、僕はじつはわりと好きだったんです。いま思うとニューファミリーとかいわれた時代だったんですけど。完璧なぐらい二人の世界をつくりあげていて、誰も文句がいえない。壊れないんです。三角関係などはほとんどない。これは本当に理想だと思いますよ。
 たとえば、奥さんがベッドの中で目をさます。そうすると隣に旦那がいない。旦那は料理をつくっているわけです。奥さんにとっては理想でしょうな。喜んで待っているわけです。狸寝入りをしながら待っていると、彼が《朝のお茶が入ったよ》と声をかける。日本茶じゃなくて紅茶だっていうのがミソですね。このマンガでは。奥さんが起きて《ミルクをたっぷり入れてペパーミントも入れたミント・ミルクティー》が、並んだカップで出てくる。いってて恥ずかしくなりますけれども、こういうことをぬけぬけと描いたマンガなんですよ。声に出して読むわけじゃないから読めるんだけど。

 この文章が語るような文体であるのは、この本がNHKの講座で話された内容をまとめたものだからだ。この70年代末から80年代というのは江口寿史「すすめ!パイレーツ」鴨川つばめ「マカロニほうれん荘」、あるいは「Dr.スランプ」のペンギン村のように仲間うちの共同体で遊んでいて、それがそのまま楽園になっている。そのユートピア的人間関係が恋愛に置き換えられた典型が「小さなお茶会」なのだとか。
 
 それからそこにべつの異性関係が入り込りこんできて、少し劇的なドラマがうまれてきたのが「タッチ」「めぞん一刻」みたいな三角関係のラブコメ。80年代にはやたらとこの手の「すれ違い」「三角関係」がテーマのマンガがはやったのだとしてこれを分析してあって、その後が岡崎京子。
 そういった、人間が抱えてしまう恋愛の矛盾ということに関して、現在の日本のマンガはどこまできたか。というようなところで、岡崎京子あたりが出てくる。岡崎京子「リバーズ・エッジ」(93~94年)という作品があります。どういう話かというと、ちょっと荒れ果てた感じの川っぷちにある高校に同性愛の少年がいる。だけど、それを隠さなければいけないから、女の子と一応つきあっているんだけど、当然愛情がなくてその女の子を傷つけていく。・・・・・
 彼の秘密というものが話の中であきらかにされるわけですが、それは河原の中に埋められた死体なんです。もう白骨化した、誰ともしれない死体です。それを自分だけが知っているということが、彼を安心させているんですね。
 他にもいろいろな話があるんだけれど、彼とつきあっていると思っていた女の子は、彼の態度によってだんだん狂わされていくんです。結局、一種の強迫神経症のようになったあげくに焼身自殺してしまう。
 自殺したあとに、その少年は、こんなふうにいう。
《生きている時の田島さんは(つまり焼身自殺した彼女ですが)全然好きじゃなかった》
《自分のことばっか喋ってて どんかんで一緒にいるといつもイライラしてた》
《でも・・・黒こげになってしまった田島さんは・・・死んでしまった田島さんはすごく好きだよ》
 この少年の中で、対人関係というのがどこかで致命的に壊れちゃっているんです。まともな人間関係が成り立たない中で、死者に対して初めて安定した関係がとれる。河原の死体というのがいわば、彼の生活の中で自分をつなぎとめる何か、定点観測の定点のようになっているというふうに描かれています。
 これを恋愛マンガとしてもし読めば、こういう場所で恋愛というのは可能なんだろうか、というのが岡崎京子の視点なんじゃないかと思います。こういう人間関係の壊れ方をしてしまう時代に、恋愛って可能なんだろうか、っていうことになると思います。同性愛の男の子にとっては、生きた他人との関係が壊れていて、恋愛も、三角関係もありえないんです。いってみれば、自分だけの世界と共同的な集団の世界が、一対一の関係の世界を抜きにして、直接ナマで向き合っているような気がします。

 いやー、岡崎京子のマンガって、以前はちっともわからなかったけど、最近はすごくリアルに感じられます。たしかに世界は殺伐としていて人間は壊れていますよ。

 も一つ岡崎京子でとりあげられているのが「好き?好き?大好き?」(95年)(R・D・レインの詩「好き?好き?大好き?」をもとに構成したマンガ)
 これは何かというと、男と女がいちゃつきながら。えんえんとセリフと交わすんです。たとえば女の子が、
《好き?好き?大好き?》
ときくんです。男は、
《うん 好き 好き 大好き》
と答える。
《何よりも かによりも?》
と女がきくと、男は、
《うん 何よりも かによりも》
と答える。女が、
《世界全体より もっと?》
ときくと、男は、
《うん 世界全体より もっと》
と答える。えんえんこういうやりとりが続くんです。
・・・・・・・・
 はっきりいって、ふつう日本の男の子は、えんえんこんなこといわれたらうんざりしますね。もしうんざりしないとしたら、よっぽど惚れているんですよ。だから、こういう瞬間はありうるんだけれど、逆にそういう瞬間は危ないんだよということです。このあと黒いコマに、彼女の内面の言葉が出てくる。
《答えないで わたしのいうことなんかに やめて 無視して これ以上 わたしを危険にさらすことはやめて お願いだから 「だまれ」って言って》
 つまり、甘い言葉をささやいて、いちゃいちゃしているにもかかわらず、じつはどんどん崖っぷちに立っているマンガなんです。対話の繰り返しの中の嘘と誠実のあやうさと不安みたいなものがとっても面白いマンガです。ここでもトーンと人物はズレている。こんな恋愛的日常の中でも、いつも僕らはズレを内包しているし、いまの時代はそれがわりとはっきり意識されている。そんな場所で恋愛なんかできないじゃないか。できたとしてもこういう形でしかできないじゃないか、という感じが岡崎マンガの描いた世界だと思います。

 ふーん、岡崎京子って天才ですね。時代を感知する能力ときたら・・・。

少年倶楽部

2007-11-18 22:02:03 | 本の感想
 昔、少年倶楽部の文庫版というものが出版されて、全集大好きな私の父がひと揃い買ってきた。家には文学全集や美術全集などがいろいろあったけど、なんでこんな古いものを買ってくるのかといぶかしく感じて「懐かしかったから?」と訊ねてみた。すると父は「いや、うちの家は子供に少年雑誌を買ってくれるような家じゃなかった。たまに親戚に遊びに行った時、そこの子がとっていたのを読ませてもらったくらいだ。」と言う。「じゃあ、昔読みたくても読めなかった悔しさから?」と聞くと「そんなんじゃない!」と答えたが、父が次から次へと全集物を、ろくに読む時間もないのに買い込むのはよほど本に飢えた経験があってのことに違いないと思った。

 その少年倶楽部文庫版は、戦前に掲載された作品を集めたものだったが、活字も仮名遣いも今風に直してあって、「のらくろ」や「冒険ダン吉」など漫画も収録されていたので私でも楽しく読めた。
 
 「のらくろ」は、ノラだった犬がひょんなことから軍隊に拾われ、二等兵からどんどん手柄を立てて出世していくというお話だけど、私が覚えているのは、この犬が怠けもの食いしん坊でしょっちゅう仕事をサボっては酒保に忍び込み、盗み食いをしてたというところだけだ。サルの軍隊と戦争をしたときも勇敢に戦ったわけではなく、逃げ隠れしていたらいつのまにか敵陣に迷いこんじゃって偶然手柄を立てることになったのだ。それなのに、ノラクラしているうちに勲章をもらったり、だんだん出世していく。まるですごろくのような楽しい人生で、読んでいるうちに自然と軍隊用語の基礎知識がついてくる。ブルドッグの連隊長がまじめないい人で、私はすっかりファンになってしまった。
ウィキペディアの記述量から見るに、今でも相当ファンがいるようだ。

 小説で覚えているのは「苦心の学友」だ。こんな話だった。主人公の正三君のところにある日、華族のお殿様のところから使いがくる。正三君のお父さんは役人であるけども、家はもともとある藩に仕える武家だった。その主家筋のお殿様からの呼び出しだ。何かと行ってみると、お殿様の長男が正三君と同い年なので、ぜひその坊ちゃんの御学友として屋敷に来てくれという話だった。この坊ちゃんというのが全然勉強をしないやんちゃ坊主で、要するに出来が悪いので、成績優秀な学友でもそばにいてくれたら発奮してやる気が出るかもしれないという親バカな考えから無理を言って来たのだった。そして正三くんは親思いの良い子であったから、その話を受けてしまい、大変な目に遭う。公立の学校から華族の通う私立の名門校に転校し、いろいろ慣れないことも多いのに、この坊ちゃんがまたとんでもない奴だった。こんなことになったのを逆恨みして意地悪をする。もし、試験で自分よりよい点を取ったら、「おトンカチのとんがった方で一点につき一回叩くよ。」などと脅迫する。正三君は、とんがった方は危ないので平たい方にしてくださいと交渉すると、では一点につき二回ならば負けてやろうなどと言う。自分の頭がデコボコになってしまうのではないかと心配しているのを、お屋敷の人たちは不安なのだと誤解している。特に家令の老人は、先祖代代この家に仕える元家老であるためお家大事、若君大事の昔風の人だ。「どんなものだろう?試験で一番になれそうかな?」とこっそり聞いてくる。「はあ、一番は思い切りさえよければなれますが」「一番が無理なら二番でもいいのだが。」「二番といいますと、ちょっと加減がむつかしいですね。」正三君の答えに首をひねって問いただしたところ、トンカチで打たれるよりはいっそのこと白紙で提出してビリから一番になろうとしていたことが判明して、坊ちゃんは大目玉。しかしふてくされて正三君には口もきかない。こんなわがままなバカ息子は締め上げてやった方が本人のためだと私は思った。しかし、誠実で品行方正な正三君はそんなことは夢にも考えない。さらに家令の老人は「君、君たらざれば、臣、臣たらず」とか、難しい漢文を引用して「仮に主君が道を誤ることあれば、家臣は切腹してこれをお諫めするべきです。」などと説教する。正三君は、坊ちゃんがいちいち道を誤る度に切腹していたら僕は命がいくつあっても足らない、と悲観的になる。ほとんどノイローゼ状態だ。

 私はこれはひどいと思った。こんなのを読んで戦前の子供は憤慨しなかったのか?いや憤慨するから書かれたのかもしれない。今検索してみると、そう単純なユーモア小説でもなかったようだ。おしまいには坊ちゃんもなんとか成績が向上し、二人の間には友情が芽生え、めでたしめでたしなのだが、私は後に思った。こういう本を戦前読んできた子供は、いやでも「国と個人」とか「義理と人情」とかそのような相克を考えざるをえなかっただろうなあ。そして、きっと主君のために腹を切るじゃないけど、「会社のために」家庭を犠牲にして経済発展に邁進するなんてことはあたりまえにできたのだろうなあ。

 あと、覚えているのは「ああ玉杯に花うけて」。この著者の佐藤紅緑は作家佐藤愛子、サトウハチロー兄妹の父親だ。タイトルの「ああ玉杯に・・・」は旧制一高の有名な寮歌で、これは貧乏で進学をあきらめている千三少年が、数々の苦難にも負けず私塾に通い、成長していって最後に一高に進学するという話だ。この小説について解説したよいサイトはないかと探したら、まさにそういうブログがあった。「学校今昔物語」より[教育の中の近代]7『ああ、玉杯に花うけて』。なんとわかりやすい。こんな話だったのか!さらに探すと青空文庫に収録されていた。わあ、今読み返してみると壮絶な話だ。チビ公の貧乏は半端じゃないし、旧制中学の先生たちもひどい。野蛮なバトルも出てくるし、「なんてひどい時代だったんだろう」と当時の私はあきれ果てたのだった。

 かすかに覚えているのはここのところだ。私塾の卒業生である安場が、黙々先生の教えを受けながら一高を受験したときのこと、
 おれは貧乏だから書物が買えなかった。おれは雑誌すら読んだことはなかった。すると先生はおれに本を貸してくれた。先生の本は二十年も三十年も前の本だ、先生がおれに貸してくれた本はスミスの代数(だいすう)とスウイントンの万国史と資治通鑑(しじつがん)それだけだ、あんな本は東京の古本屋にだってありやしない。だが新刊(しんかん)の本が買えないから、古い本でもそれを読むよりほかにしようがなかった、そこでおれはそれを読んだ、友達が遊びにきておれの机の上をジロジロ見るとき、おれははずかしくて本をかくしたものだ、太政官印刷(だじょうかんいんさつ)なんて本があるんだからな、実際はずかしかったよ。おれはこんな時代おくれの本を読んでも役に立つまいと思った、だが、先生が貸してくれた本だから読まないわけにゆかない、それ以外には本がないんだからな、そこでおれは読んだ。最初はむずかしくもありつまらないと思ったが、だんだんおもしろくなってきた、一日一日と自分が肥(ふと)っていくような気がした。おれは入学試験を受けるとき、ほんの十日ばかり先生が準備復習をしてくれた。
「こんな旧式(きゅうしき)なのでもいいのか知らん」とおれは思った。
「だいじょうぶだいけ」と先生がいった、おれはいった、そうしてうまく入学した。

 冗談じゃねえ!参考書とも言えないような古い本を与えられて東大に合格できるはずがない。それだけではない。この旧式の先生は、へそが大事だと事あるごとに言って腹式呼吸をさせる。そりゃ、丹田も大事ですよ。メンタルトレーニングというものもありますから。しかし、これは単なる精神主義じゃないのか?胡散臭いにおいがぷんぷんする。旧制中学の先生の「中江藤樹」や、「英文訳を右から書け」もひどいけど、この先生のはまだひどいと思う。こういうところ、
「日本の歴史中に悪い人物はたれか」
 いろいろな声が一度にでた。
「弓削道鏡(ゆげのどうきょう)です」
「蘇我入鹿(そがのいるか)です」
「足利尊氏(あしかがたかうじ)です」
「源頼朝(みなもとのよりとも)です」
「頼朝はどうして悪いか」と先生が口をいれた。
「武力をもって皇室の大権をおかしました」
「うん、それから」
 武田信玄(たけだしんげん)というものがある。
「信玄はどうして」
「親を幽閉(ゆうへい)して国をうばいました」
「うん」
「徳川家康(とくがわいえやす)!」
「どうして?」
「皇室に無礼を働きました」
「うん、それで、きみらはなにをもって悪い人物、よい人物を区別するか」
「君には不忠、親に不孝なるものは、他にどんなよいことをしても悪い人物です、忠孝の士は他に欠点があってもよい人物です」
「よしッ、それでよい」
 先生は、いかにも快然(かいぜん)といった、先生の教えるところはつねにこういう風なのであった、先生はどんな事件に対してもかならずはっきりした判断をさせるのであった、たとえそれが間違いであっても、それを臆面(おくめん)なく告白すれば先生が喜ぶ。

これがよい先生なのか?私はこういう教育を受けた人たちが日本のエリートになって戦争をしたのだから、負けて当然だったなあと当時思った。これは正しい読み方ではないかもしれないけど。

 私は、あの頃少年倶楽部を読んで戦前のむちゃくちゃな社会と教育を読み取って辟易した。あれは合理主義的精神からかけ離れたものだ。それ以来、第二次大戦時に兵站を無視した無謀な戦略によって何万人が餓死、病死などという話を聞くと、決まって少年倶楽部を思い出す。

 

福岡伸一「生物と無生物のあいだ」

2007-11-17 23:10:24 | 本の感想
 先月、夜テレビをつけたら偶然「心に刻む風景」という番組をやっていた。取り上げられていたのは野口英世。驚いた。相変わらず立志伝中の人物として扱われているのだな。
 
 野口英世について思い出すのは小学生の時のこと。当時国語の教科書にあの有名な母親シカの手紙が載っていた。私は「わあ、なんて偉い人なんでしょう。やっぱり努力すればかならず報われるのね。」と単純に感激して、担任の先生に「早くこの単元に入ってください」とお願いに行った。ところが、先生はフッと笑い、「これはね、野口英世が偉いのではなくて、お母さんが偉かったっていうだけのことだよ。そこのところを誤解してはいけない。野口英世の研究成果はね、今では結局間違いだったて話だよ。」とおっしゃった。
 この先生はよく、「アメリカのニューディール政策というのは、要するに公共事業で失業者対策をしたっていうことに意義があっただけで、テネシー渓谷の開発なんてね、結局失敗だったんだよ。」とか「ソ連の計画経済というのは、生産や流通を政府の統制下において目標を定めて食糧や工業製品を作り、消費しようというものです。ところが教科書に載っている第○次五か年計画というのは、実はほとんどが失敗でした。経済というのは長い単位で計画を立ててうまくいくものじゃないんだよ。」などと、時々小学生にはよく理解できないことをおっしゃった。今にして思うと、その先生の知性教養は並のものではなかったし授業もとてもユニークなものだったのだけど、ド田舎の無知な小学生である私たちは、まったくその価値がわからなかった。そのときも私はムッとした。「野口英世は偉人伝のシリーズに載っているのだから偉い人に違いないのだ!先生のいうことはわからん。」
 
 先生の皮肉っぽい笑いの意味がわかったのは中学に入ってからだった。図書室の伝記シリーズのそばに一冊の古い本があるのを見つけた。それはボロボロで活字も古めかしい大人向けの野口英世の伝記だった。早速借りて読んでみて大ショック。子供向けの伝記では、野口英世はあまりに賢かったので先生が学費を援助してくれて、刻苦勉励の末医者になったと書いてあるが、この本ではそんな健気な人ではない。もらった学費を使いこんで連日連夜の遊郭通い、お金がなくなると哀れっぽく嘘をついて無心し、それもすぐに使い果たす。アメリカに渡航する際も、送別会までしてもらったにもかかわらず、渡航費用として貰ったお金を使い込んでニ回くらい送ってもらっている。とんでもないペテン師だ。
 その英世が奮起したきっかけは、当時流行っていた小説に、自分そっくりな放蕩者の書生というのが出てきて、しかも名前もそっくりな「野々口精作」であったということらしいのだ。「まさか、これは自分のことじゃないだろうな?」と驚愕し、その書生が結局身を滅ぼしてしまう結末を読んで厭な気がして遊郭通いを改めたのだという。大体、アメリカに行ったのも日本では信用がなくなり、行き詰っていたからで、頼って行ったロックフェラー医学研究所のフレクスナー博士とも実は一度しか面識がない。なんてずうずうしいヤツなんだろう。
 その後もこの伝記作者はあんまりいいことを書いていなくて「黄熱病の病原菌を発見したというのも後に間違いであったとわかる。ワクチンによって流行を食い止めたというのも疑わしい。」などという。えー!ここがクライマックスじゃなかったのか?子供向けの伝記ではこのように書いてある。「この研究室には、毎晩遅くまで明かりがついています。守衛さんはあきれてこう言います。『日本人は眠らないのか?』。この部屋で顕微鏡をのぞいている人こそ、だれあろう、天才医学者野口英世です。当時アフリカで大流行していた黄熱病の原因をつきとめるためにアフリカにやってきたのでした。『みつけた!とうとうみつけたぞ!これが黄熱病の細菌だ!』ある日、英世は小おどりしながら叫びました。」
 見てきたような文章ですが、全部うそです。偉い人の伝記などというものは信用してはいけないのです。私はこの本を読んでからというもの、世間の通説は疑ってかかれということを肝に銘じました。

 それなのに、野口英世が新千円札の顔になったときには本当にびっくりした。これは何かの陰謀ではないかと思った。きっと世の中には、本当のことを言ってはいけない項目というものがあって、私以外はみんな知っているに違いない。それでもって、迂闊に口に出すと「空気読めない」とかいわれるんだ!その証拠に、あの頃お札をネタに「野口英世ってね、実はとんでもない人だよ。今だったら絶対研究成果のねつ造とかって世界的なニュースになって罵倒されるよ。人柄だってね、放蕩者でうそつきよ。」といろんな人に言ってみたが、誰にも相手にされなかった。
 その次に思ったのは、「こんな人をお札にしなきゃいけないくらい日本人は顔が不足してるのかなあ。きっと、『日本人はお金だけじゃないんだ。国際的に偉い人だっているんだ、いるんだ、いるんだ!』と声を大にして言ってる人がいるんだろうなあ。」ということだった。そういうのに付き合うと疲れる。「あー、はいはい。日本人は誇り高くて立派なんだよね。野口英世も障害を克服して苦学して世界的な業績をあげて凄い人だよね。」と言っておくに限る。

 福岡伸一「生物と無生物のあいだ」(講談社新書)は、たいへんわかりやすい最新の分子生物学の解説書だけれども、私が一番うれしかったのは、一番最初にこのことが書いてあったということだ。
 パスツールやゴッホの業績は時の試練に耐えたが、野口の仕事はそうならなかった。数々の病原体の正体を突き止めたという野口の主張のほとんどは、今では間違ったものとしてまったく顧みられていない。彼の論文は、暗い図書館のカビ臭い書庫のどこか一隅に、歴史の澱と化して沈み、ほこりのかぶる胸像とともに完全に忘れ去られたものとなった。
 野口の研究は単なる錯誤だったのか、あるいは故意に研究データを捏造したものなのか、はたまた自己欺瞞によって何が本当なのか見極められなくなった果てのものなのか、それは今となっては確かめるすべがない。けれども彼が、どこの馬の骨ともしれぬ自分を拾ってくれた畏敬すべき師フレクスナーの恩義と期待に対し、過剰に反応するとともに、自分を冷遇した日本のアカデミズムを見返してやりたいという過大な気負いに常にさいなまれていたことは間違いないはずだ。その意味では彼は典型的な日本人であり続けたといえるのである。

 福岡氏もときどき利用したというロックフェラー大学の図書館には野口英世の胸像があるらしい。彼がお札の肖像になってからというもの、日本からの観光客がここを訪れ、胸像の前で記念写真を撮る風景がたびたび見られるようになったことを、大学の広報誌が皮肉な口調で報じているという。アメリカでの野口英世の評価は日本とはまったく違うのだ。ああ、恥ずかしい。
 しかし、上記の文章を読んでいるうちに、私は少し納得した。そうか、彼は典型的な日本人であったのだ。だからこそ、外国で国を背負って虚勢を張り、嘘をついてまで業績を上げようとしたのだ。なんてかわいそうなんだろう。これからは、千円札を見る度に、典型的な日本人の悲惨な人生に思いを馳せながら、「日本人であるということはどういうことか」という問題を考えよう。
 それから、今ウィキペディアで検索したら、ちゃんと正しい情報が書かれていたのでちょっと安心した。

 野口英世は、その当時決して見ることができるはずのないものを見ようとして失敗した。「存在するのだから見えるはずだ」という前提で見たから間違えたのだ。そうではなく、「存在するけど、見えないかもしれない」可能性を考えればよかったのだ。結果を急がず、考え続ければ大きな一歩になったかもしれないのに。科学者というのは、国を背負ってはいけないのだ。地位とか名誉とかにも本当は目をくれてはいけないのだ。ただ、真実のみに忠実でなくてはならない。

 そう言えば「爆笑問題のニッポンの教養」でもそのようなことを言っていた人がいる。比較解剖学の遠藤秀紀先生だ。確かバクの頭の骨を見せながら遠藤先生が「この顎はね、なぜこんな形をしているかというと・・・」と説明していると、太田光がいきなり、「先生、こういうことやっててばかばかしいと思わない?俺はね、学者ももっと社会と直結したというか、大衆にわかるような研究をしなきゃいけないと思うんだ。ほら、旭山動物園みたいな・・・」みたいなことを言い、それに対して遠藤先生が「それは違うよ。そうじゃない。研究者というのは、それが現在どんな意味を持つかわからなくても研究しなくてはならないんだ。だから最近の成果主義って間違いだよ。研究というのは本来、どんな成果があるかよくわからないものなんだ。この骨だって、標本が作られたのは何十年も昔だよ。その頃、この顎の構造がなんでこうなってるかなんてわからなかったんだけど、それでも何十年も取っておいたから今解明されたわけだよ。」と顔を真っ赤にしておっしゃったのだ。私はそれを聞いてなるほどと思った。成果主義が学問分野でも行き渡ったら、きっと骨格標本を作って取っておくような地道な仕事をする人はいなくなるし、バクの骨の研究なんてなんの役に立つかわからないようなことをする人もいなくなっちゃうだろう。だけど、それは基礎的な研究の分野がどんどんやせ細ってしまうということで、そのうち日本の学問のレベルは全体的に低下しちゃうのだろうなあ。

 この番組では福岡伸一氏も出てきた。おっしゃったことの内容ではなく、話し方で頭のいい人だなあということがわかった。やさしい言葉で話していても「なんて頭がいい人なんだろう」とわかってしまう人が時々いる(私のまわりにはいないけど)。この本もそういう種類の本だ。生物学の教科書みたいだけどずっとわかりやすい。「存在するけど見えないもの」=ウイルスが発見されるまでのドラマ、DNAの二重らせん構造とアミノ酸配列の発見に関する裏話、まるで推理小説を読んでいるような気になる。歴史の表舞台で華々しく脚光を浴びる人もいれば、ちょっとしたタイミングで名声を逃す人もいる。どれだけ多くの研究者が理解されず、お金とも幸福とも無縁のまま研究に人生を捧げたのだろうと思うと少し痛ましい気持ちになる。してみると、野口英世は最高に幸福な人生であったとも言えなくもない。

 「見えないものを見る」ためにはやっぱり超能力とか霊感とかじゃなくて地道に一歩一歩やっていかなくてはいけないんだなあという気がした。

「ゲド戦記」と河合隼雄氏

2007-11-11 11:45:37 | 本の感想
 夏頃、本屋に行ってお会計を済ませているとき、ふとレジの横を見ると「ご自由にお取りください」の小冊子が置いてあった。文庫版のフリーペーパーで、糸井重里編集、岩波書店、スタジオジブリ編集協力の「ゲドを読む」(2007年6月15日初版)だ。こういうものは即もらっておく。映画「ゲド戦記 」を記念して作られたものか?
 冒頭には中沢新一の「『ゲド戦記』の愉しみ方」という文章が載っていた。著者であるアーシュラ・クローバー・ル=グウィンの紹介、「ゲド戦記」が書かれた頃の時代背景、特異な世界観、「力」、そして「魔術」に対する考え方。映画ではなく、原作の方の「ゲド戦記」前半三部作から「大転換」したとも言える後半二巻との設定の違い。たいへんわかりやすい。
 ローク学院は、古代から続いてきたシャーマンの弟子入りと教育課程が原型になっています。そこで主人公であるゲドは魔術を学んでいきますが、ル=グウィンはここで「力」の問題に直面します。古代においては知恵と力が結びついていました。一方には、魔術師たちの知恵の力があり、もう一方には『ゲド戦記』で言うならカルガド帝国や、アレンの父が治めるエンラッド公国などの世俗の力があります。
 魔術の世界というのは、ローク学院を見てもわかりますが、基本的に男たちの知恵の世界です。人類最初の英知の形態は、男性による秘密結社集団ではじまったということが、人類が抱えている大きな問題です。今でもそれは尾を引いています。なぜ数学者や物理学者は男ばかりなのか。おそらく自然科学は、古代の秘密結社の知恵の末裔なのでしょうね。秘密結社では、秘儀を守るために、ほかの人にはわからない表現法を使います。古代の結社も同じでした。自分たちが伝えている知恵は、絶対に他者には教えない。とくに妻や母親など、女性に語ってはいけないのです。
 また、それは絶対に世俗の力には触れない知恵でもあって、両者は対立し合っています。ところが、ときどき、その禁を犯して、魔術師の中から世俗のほうにスライドする裏切り者が出てきます。歴史を振り返ってもわかるように、魔術師的なパワーを身につけた王が世俗の世界に君臨することは起こり得ます。
(中略)
 ここでさらに踏み込んで、では、不心得者の魔術師が世俗の権力にスライドしていったときにだけ、力の問題が起こるのかというと、そうではありません。ル=グウィンは、魔術という知の形態そのものに問題があると認識したのだと思います。つまり、人間の知への欲望、知の力そのものが、危険をはらんでいるということです。そうした彼女の考えが、第四巻と第五巻には書かれています。

 ああ、なんてわかりやすいんだろう。きっと、「中学生が読んでもわかるように」という注文で書かれたのに違いない。中沢氏は「爆笑問題のピープル」の中で、今発表しないで書きためているものがあるとおっしゃっていた。
太田― 生まれ変わったら何になりたいですか?
中沢― 僕は生まれ変わらないですよ。
太田― いやいや、そういうことじゃなくてさあ(笑)。
田中― 仮説の話なんだから、その仮説を否定されても(笑)。
中沢― いま生まれ変わるとしたら、未来になっちゃうでしょ。未来には生まれ変わりたくない。過去に生れ変わりたい。
太田― どこへんに生れ変わりたいですか?
中沢― 14世紀ぐらいかな。
太田― それは日本ですか?
中沢― いや、中央アジア。チベットとかトルキスタンとか。というのは、自分が持っている能力を最大限に発揮できそうな気がするんですよ。いまのこの時代だと僕はダメなんです。思想的にもいろいろセーブしないとみんな怖がったり、誤解を招いちゃったりするんだけど、もうちょっと未来かもうちょっと過去だったら、全開してもいいかなと思って。いまのぼくは全開してないんです。ピッとそういうのを見せるととんでもない危ないヤツだと言われるでしょ。だから、いまは発表しないでいろいろ書いておこうかなと思っている。そしたら死んだ後に出るから。

ということらしい。そのお書きになってるものを早く読みたいものですが、もしかしたら私の方が先に死んでしまうかもしれません。
 他にこのフリーペーパーには、宮崎駿さんや翻訳者の清水真砂子さん、あの「守り人」シリーズの上橋菜穂子さん、中村うさぎさん、映画評論家の佐藤忠男さんの文章が載っていてどれもおもしろいんだけど、私が一番興味深く読んだのは「均衡を崩す扉がありこちで開いている今、若者に必要な物語は何か。」という河合隼雄×宮崎吾朗対談であった。こんなふうに始まる。
司会(以下―) 河合さんは映画「ゲド戦記」の試写を観て、どのように感じましたか?
河合 監督の吾朗さんは、宮崎駿という親父さんがおられるから映画を作るのは大変だろうと思って観に行ったら、まず親父が殺されたから、あれで僕は感激しましたね。(一同笑)
― 感激ですか?
河合 親父というのは理由があろうとなかろうと、殺さないとしょうがないんですよ。(笑)あれは誰が考えたアイデアかは知りませんけども。
宮崎 最初は、狂った王様の親父に殺されそうな少年アレンが、母親に逃がされてということを考えたんですけれど、鈴木敏夫プロデューサーから「それだと当り前すぎる」と言われたんです。
河合 確かによい王様だけれど殺されざるを得ないというほうが、迫力ありますよ。悪いから殺すのだったら、当り前。相手が親父というだけで殺す価値はあるんです。そかもその親父が立派であればあるほど殺す価値がある、という感じは、うまく出ていたと思いますね。ただアレンが親父を殺して、何をしようとしていたのかがね。ちょっと私にはわかりにくかった。
宮崎 僕は鈴木に「親父殺しをするんだ」と言われて、腑に落ちたところが大分あるんです。それは父を乗り越えなくてはいけないとか、自分の蓋をしているものを取り払うんだという強い意志よりも、今の若者の気分で言えば、もうこれ以上我慢できないという感覚だと思うんです。

 わたしはびっくりした。あの映画の最初のところでアレンが理由もなく父親を殺したのがどうにも腑に落ちなかったのだが、「理由もなく立派な父親を殺す」ってところに意義があったのか。さすが河合隼雄氏だ。そりゃあ最近の少年事件のことを考えると、「理由もなく」殺したという方が現実味を帯びてくる。
河合 今の若者と言われると頷くところがありますね。悪者をやっつけるとか、自分はこうなるんだという目的があって、それに対して頑張ってうまくいきましたという話ではないわけですから。自分がどこへ行こうとしているのかもわからない。ここでのアレンには、そういう感じを受けました。
宮崎 そういう意味では理想や理念というものは、もう持てない。例えば、あるイデオロギーや宗教観を持って、それによって進めばこの世界が良くなるといったことは思えないんです。
河合 そういうものに頼って生きる社会は、もう大体終わったと僕も思っていますね。

 そこで、「均衡」という言葉が大事になってくる。善悪ではなく、なんとなくバランスが保たれている状態。「バランスを取って生きること」それが「ゲド戦記」の一つのテーマなんだと。うーん、わかりやすい。ユング的だ。
 
 私は二、三年前から河合隼雄氏の本を読んでいる。明恵の夢日記について書かれたものや童話について書かれたものや、あるいは心理療法や箱庭療法の実例、中沢新一氏や谷川俊太郎氏との対談。読めば読むほど河合氏の人柄の大きさというか「この人は特別なひとだなあ」という感慨が強くなってきた。河合氏はユング派の分析心理学の権威であって臨床心理学の分野で多大な貢献をなさった方であるけども、著書の中で、心理分析の方法はマニュアル化したりはできないし、個々の症例によって全然違ってくるのだというようなことを何度もおっしゃっている。実例などを読んでいて私は「これは到底人の真似のできない国宝級の職人芸じゃないか。」と思った。カウンセリングにも原理原則はちゃんとあるのだ。でもそこからはみ出してしまう例がたくさんある。たとえば河合氏の関わった不登校の男の子が朝学校へ行けるようにと自宅に泊めたりしている。ちょうど大学の講義で使う教科書を執筆されている最中で、「クライアントと個人的に過剰にかかわってはいけません」みたいなことを書いている傍にそのクライアントが座っているという矛盾した状況だったり。ずっと治療していた患者がすっかりよくなってきたので「これはもう大丈夫だ」と喜んでいたら夢を見て、胸騒ぎがするのでその人に電話をしてみたら実は危機的状況であったとか。「なんでわかったんですか」と聞かれても、「なんでだかわからない。」とおっしゃっていて、私はもうこの人は「魔術師」の部類に入っているんじゃないかと思った。お亡くなりになったのはたいへん残念だ。

 夫の従兄で今小学校の校長をやっている人がいるが、この人は心理カウンセラーの資格を持っている。なんでも昔、学級経営で悩んで心理学を学ぶ必要性を痛感したので、五年くらいかけて勉強したのだとか。その時のことをいろいろ話してくれたが、憶えているのはお互いをカウンセリングするという講座でのことだ。
 数人のグループに分かれて部屋に入り座ったがいつまでたっても講師も誰も何も言わない。この従兄はそういう遠慮が大嫌いだ。自分は忙しい時間を割いて、お金も使ってわざわざ東京に来ているのだから一分だって無駄にしたくない。イライラして貧乏ゆすりをしながら「ちょっと、早く始めましょうよ!」と怒鳴った。すると講師の先生がこちらを見て「なるほど、あなたは早く始めたいんですね。」おっしゃったそうだ。従兄は切れて、「あたりまえでしょ!みんな忙しいんですよ!」と青筋を立てんばかりの剣幕で言うと講師の先生はにっこり笑って「忙しいのですか?」とおっしゃった。「そのとき、すでにカウンセリングは始まっていたのに、僕はそれに気がつかなかったんです。『オウム返し』というのです。カウンセリングの基本的な話法で相手の言葉をそのまま繰り返す。その会話が続いていくうちに僕は他の人に比べて自分がいかにイライラしていたか、なんでも仕切って自分主導に持っていこうとしていたか、『自分が、自分が』という目立ちたがり屋の醜いところをもっていたかということに気がつかざるを得なかった。最後の方ではもうわんわん泣いてしまったよ。あんなに泣いたのはおふくろが死んだとき以来で、恥ずかしかった。」
 
 この人が教育委員会にいたときに頼まれて箱庭療法をやったことがあるそうだ。箱庭療法ったって、「やったことがない」と断っているのに、問題行動の多い子で、いろんなところに相談に行ってもどうにもできなくて他に策がないから是非頼むと無理やりのように連れて来られたらしいのだ。それは落ち着きのない男の子で、その子のために授業が成立しなくて周囲はほとほと困っているという。今なら学習障害だと見当がつくけど、その頃はそんな知識もなかった。ともかく従兄は何週間も一緒に遊び、コミュニケーションを取ろうとしたけど、どうもうまくいかない。それで思い切って箱庭を作らせてみたそうだ。箱庭は自分の手作りでパーツもおもちゃ屋でいろいろ買ってきたものだ。そうしたらその子は夢中になって、ものすごく静かになったから一か月くらいやってみた。車に興味を示すのでいろんなミニカーを家から持ってくるとすごく喜んで遊んでいる。「大きくなったらトラックの運転手になる」というのだ。それを母親に知らせると驚いて、「夫はトラックの運転手ですが、子供にはそんな職業について欲しくないといつも言っています。」と言う。お父さんは子供にしっかり勉強して、大学に入っていい職業について欲しいと思っているので、子供が勉強できないのにいらだち、「こいつはダメだ、ダメだ。」といつもひどく当たるのだそうだ。従兄は、よくわからないけどもその子が落ち着いて勉強できないのはそのせいかなあと思って、お母さんからお父さんに「この子はお父さんが大好きです。お父さんを尊敬しているのです。この子とよく遊んでやってください。」と伝えてもらった。それを聞いたお父さんは驚き、休みの日に遊んだり、トラックに乗せたりするようになって、男の子は学校でも落着きが見られるようになったのだそうだ。
 「いやあ、これはまぐれというか、よくわからないんだよ。よくわからないけど箱庭をやっているうちに問題が解決しちゃったという感じで、ほんとに不思議だった。」と言うので、それを聞いたとき私は「そんな非科学的なことがあるものか」と思ったが、河合隼雄氏の本を読んでいたらまったくおんなじようなことを河合氏が言っていたので驚いた。箱庭療法って不思議だなあ。

太田光・中沢新一「憲法九条を世界遺産に」

2007-11-09 23:31:18 | 本の感想
 昨夜変な夢を見た。人と会うために町のホテルに行かなくてはならないのだけど、私のいるところからはそこには絶対行きつけないようになっている。困っていたら、お隣の奥さんが通りかかり、「私はね、いつもこの道を行くのよ」と路地をすいすいと抜けて行ったので、私もあわててついて行く。そこはどこか大きな旅館の裏庭みたいなところで細い石畳の小道が築山を抜けて向こうの石段までつづいている。「これは住居不法侵入になるんじゃないかなあ」とおどおどしながら突っ切ると、出たところはなんと、私が行くはずだったホテルのまん前の大通りであった。そこで待っていた奥さんは「ここと、あともう一つ抜け道があるんだけどね、その他からは絶対うちの方からここへは来られないのよ。じゃ、帰りは間違えないでね」と言うと、自分の用事を済ませにスタスタと行ってしまった。なんだ、人んちを経由しないと目的地にたどり着けないようになっていたのか。私がいつも迷っていたのはそれでなのか・・・。なんだかおかしいような感心したような妙な心持で、それから向かいの瀟<洒なホテルに入って、ラウンジでとびきりおいしいケーキをたらふく食ったのだった。

 そこで今日は「憲法九条を世界遺産に」(集英社新書)
 「そこで」って何が「そこで」なのかよくわからないが、ともかく私はこの本を読んでもあまり感心しなかった。「たわごと」だと思った。なぜ「たわごと」かって、内田樹/小田嶋隆/平川克美/町山智浩「9条どうでしょう」(毎日新聞社)で映画評論家の町山智浩氏が書いている「改憲したら僕と一緒に兵隊になろう」を読むとわかる。
 まず、「平和憲法を持ちながら自衛隊という軍備を持っていることは矛盾している。この『ねじれ』を正す必要がある。」という主張。その欺瞞があるために憲法は威信を失っていると改憲派は言うが、実は平和憲法と軍備の両方を持っている国は日本だけではない。「平和憲法があるのは世界中で日本だけだ」と護憲派は誇り、改憲派は憤るが、そんなことはない。「平和」や「不戦」を憲法に謳った国は世界中に百二十カ国以上ある。
 たとえば、「国際紛争解決の手段としての戦争放棄」を謳った憲法は1931年のスペイン憲法や1935年のフィリピン憲法のほうが日本よりも古くて、それが日本国憲法の下敷きだとも言われている。
 日本と同じく第二次大戦の敗戦国ドイツも「ドイツ基本法」第26条1項で「諸国民の平和的共存を阻害するおそれがあり、その意図でなされた行為、特に侵略戦争の遂行を準備する行為は違憲である」という文面で戦争を禁じている。
 イタリア共和国憲法では第11条で「他国民の自由を妨害する手段として、または国際紛争を解決する方法としての戦争を否認する」とある。
 お隣の韓国の大韓民国憲法でも第5条で「国策の手段としての戦争を放棄」している。その他、永世中立国のオーストラリアやら、インドやパキスタンや、とにかく平和憲法国家は今や珍しくも何ともない、むしろ常識だ。
 そして、平和憲法を持つ国のほとんどが自衛のための軍隊を持っているが、ねじれや矛盾が日本のように問題になっているという話は聞いたことがない。

 これじゃ、「世界遺産」って絶対無理無理。
 で、町山氏はこう続ける
 ところが、歴史を見れば、侵略戦争はいつも「自衛」の名前で行われてきた。あのナチスドイツの軍隊さえ「国防軍」という名で「生存権の確保」を口実に諸外国を侵略したように。そこで日本国憲法は9条2項ですべての戦力の保有を否定してしまった。そこまでやったのは世界中でも日本国憲法だけだ。
 従って9条2項こそは日本国憲法のアイデンティティーである。憲法前文の「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」「恒久の平和を念願し」「全世界の国民が・・・・平和のうちに生存する権利を有することを確認」し、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目標を達成することを誓う」を条文化したものだともいえる。だから9条2項の変更は、自民党などが試案を出している日本国憲法の前文の書き換えとセットになっている。
 改正は9条だけだと思っている人も多いと思うがそれだけでは終わらない。なぜなら、日本国憲法には改正への歯止めがないからだ。

 そのあと町山氏は、「そもそも憲法というものは国際情勢や時代に合わせてホイホイ書き換えるべきではない『硬い』ものなのだ。」アメリカ合衆国憲法だって「修正条項」で書き加えられてはいるがそれは「憲法がうまく機能するように補強する条項」であるし、「日本国憲法の前文にあたる、アメリカ憲法の基本理念であるアメリカ独立宣言は、独立宣言であるからして未来永劫、決して書き換えられない。」日本国憲法は占領軍の押し付けであるという人がいるが、アメリカの憲法だってそもそもその成立当初は一部の市民権を持つ土地持ちの白人成人男性のためのものだった。だけど国民がその「自由」「平等」の理念をすばらしいと思い、それを実現するための努力が続けられてきたことがアメリカの歴史を形成してきたのだ、と言っている。
 私の引用がまずくてよくわからないという人は、軍事おたくで自衛隊に体験入隊もしたことがある町山氏が、なぜ憲法改正に反対するのか、「9条どうでしょう」をじかに読んでみてください。
 
 太田光がなぜこのような「たわごと」を言うかといえば、多分「是か非か」「AかBか」みたいな二項対立的な議論から逃れるためには思いっきりアクロバティックなことを言わなくてはならないと思ったからなんだろう。えーと、そういう二項対立的な議論を嫌う内田樹氏が確かそういうのを「縄抜けの術」と言っていたような気がする。たぶん「ためらいの倫理学」(角川文庫)で。

 宮台真司×宮崎哲弥「M2:ナショナリズムの作法」(インフォバーン)に太田光とM2との特別対談が載っている。
太田 僕はもっと「日本人の方がすごい」って言っちゃっていいと思うんです。安倍さんなんかも「日本に誇りを持とう」って言うけど、俺は誇りを持つ部分ってそこじゃないと思う。要するに「アメリカと同じようにすごいんだ」じゃダメで。
宮崎 確かに、安倍さんが誇らしさを感じている国のコアとは一体何なのか。もう一つよくわかんないね。
太田 わからない。「国際的にバカにされないように」ってよく言うけど、そうじゃなくて、最初はバカにされるかもしれないけど、“これが日本人なんだ”っていうのをもっと打ち出しちゃっていいんじゃないかと。欧米に合わせていくんじゃなくて。
宮崎 そうですね。ただ、国際政治に各国の文化的アイデンティティや独自の価値観を剥き出しのかたちで持ち込むことは、一般的にあまり歓迎されないんです。国際政治社会は、アイデンティティや価値観を各国の利害の一つとして主張することは許されているけど、それを普遍的な価値として他に押し付けることはできない、という建前で動いていますから。もし、あらゆる国が独自の価値観を主張しはじめたら収拾がつきません。だから、アメリカもヨーロッパも、参加国のどこもが認めるルールを設定し、そこの上でゲームをやる。そのルール設定そのものに、実は西洋的な価値が忍ばせてあるのですが、なかなか気づかれないように隠されている。
 商業捕鯨解禁をめぐる国際会議などでは、そういうところが露骨に出ていて面白いですよ。
(中略)
宮崎 じゃあ、日本はこのままアメリカの属国のままでいいのかな?アメリカはもはや日本は無理して憲法を変えなくてもいいと考えているようです。政治的なコストが高すぎるし、下手に自主防衛路線に火を付けると日本がアメリカに刃向かってくる危険性も否定できないという判断に立ってね。軍事的な協力なら、現行憲法下でもかなりのことが可能であることを小泉政権が証明してみせた。では、このまま憲法でいいじゃないか。元々、日本の牙を抜くためにアメリカが制定させた憲法だったわけだ・・・・。
 これがまことにアメリカらしい、実にリアルな現状認識です。
太田 それこそ、俺なんかはそういう話を「太田総理」でやるわけですよね。“僕は平和主義者だ”と言いつつ、石破茂さんやなんかと話していくわけですけど、自分がファシストみたいなことを言っているときがある(笑)ちょっと過激に言うと、俺は日本が世界を征服しちゃえばいい、と思うこともあるんですよ。「日本の価値観で全部決まり」っていうふうに、世界に押し付けちゃえよ、って。(中略)俺は「九条を守ろう」というのがそれほど大事かっていうと、実はそうじゃなくて、日本人が言いたいことを言える世界にしたい、という気持ちが強いかもしれない。だから「俺たちのルールに従え」と。そこまでいくなら戦争もしようじゃないかっていう気持ちなんです。だから、憲法九条を守るためなら戦争してもいいや、っていうヘンな考え方かも(笑)。
(下線は私)ほら、やっぱり「たわごと」だー。その後、遅れて来たらしい宮台氏が加わって議論は急に難しくなってる。
太田 「憲法九条を世界遺産に」って言ってるほど、憲法に縛られるもんじゃないとは思ってます。
宮台 太田さんの感受性は正しい。憲法は国民の総意でしょ。ルソーの言う一般意志です。一般意志とは「皆が思うこと」じゃなく「皆が思うことだと皆が思うもの」。象徴操作によって生まれるもので基本的にインチキです。吉田茂的な保守本流はインテリだから、それをよく知っています。インチキだろうと本物であるようなフリをすることが国益になるから、本物のフリをした。具体的には、平和憲法をくれた後、アメリカは1948年から「再軍備しろ」と言い出す。吉田はすかさず「憲法上できません」と拒絶した。でもアメリカが怒っちゃいけないから「核の傘に入れてくれるなら基地をレンタルできます」と取り引きし、安保条約ができた。これが敢えてする「軽武装・依存」の選択で、「平和護憲」じゃなく「取り引き護憲」です。でも、国民のオツムじゃ理解が難しいから、「平和護憲=非武装中立」なる“あり得ない立場”があり得ると信じ込む社会党を育て、アメリカが無体な要求をする場合には「平和護憲」運動を熱狂させる、という戦略をとりました。結局「平和護憲」は「核の傘」に守られるがゆえの、吉田演出のママゴトだったわけですね。
その「ネタ」が今「ベタ」になってしまったというのが宮台氏がいつも言っていることですね。
宮台 憲法改正で、反撃能力=対地攻撃能力が許容され、「重武装・中立」への道が開かれたとします。実際に政治家や官僚の能力が高くないと国益を失います。具体的には、アジア周辺国の感情の手当をする能力が必要だし、中立を保つべくアメリカ相手に切るカードを絶えず手元に用意する能力も必要です。
 かつて土井たか子と論争した際、僕が「今の護憲は健忘症のバカが掲げる旗だ」と言ったら、彼女が「いいことをおっしゃった。だったら宮台さんの言うように憲法を変えても、日本人は健忘症のバカなので、やがてバカの旗になる。だったらバカの旗になった時に人畜無害な方が良いんです。」と答えました。僕はこう返しました。「僕も実はそう思います。でも憲法が議論になった際に本筋を通す訓練をしないと、僕らは永遠にバカのままです」と。
宮崎 そのことについては、「すばる」(2007年1月号)で哲学者の内田樹氏と作家の矢作俊彦氏が大論争をしています。内田さんが「憲法はいい加減な方がいい」という立場を表明したら、矢作さんが激怒して、「このあいまいさを排除しないと、もう一回戦前と同じことが起こる」ということです」「たとえばノモンハン事件ね。あれだってそうなんです。関東軍には交戦規定がない。法務官がいない。軍隊を法的に組織として統制するものがない」「自衛隊もちゃんと法律の中でがんじがらめにして、仕事はさせる、仕事じゃないことはさせない。そういうふうにしろと、ぼくは言ってるの」と責め立てた。
 私には矢作さんの気持ちがよくわかります。ズルズルベッタリではこの国はまた同じ過ちを繰り返すと思う。
宮台 衆目の予想に反し(笑)僕は内田樹の意見に近い。憲法は国民の覚え書です。覚え書を読んで思い出すべき記憶がない限り機能しません。ゆえに本体は覚え書ではなく記憶の方です。でも僕らに記憶力がないのなら覚え書を厳密に書いても「そんなんだったかなあ」で終わり(笑)。ただ覚え書を厳密に書こうとすることは訓練になります。筋の通った議論をした記録を残すことは後代の人々のリソースになります。それで世の中がよくなるか否かよりも、後代に賢い人が増えるか否かを問題にしています。気の長い話ですよ。

 その「すばる」の対談、私も読んだ。
矢作 (前略)朝鮮半島で戦争が起きたら、その総司令部はGHQの時代と同じ、日本にあるわけですよ。それで同じ場所には陸自の司令部もあっていろんなことが共有されている。
 でも日本で議論されている米軍再編はそういう肝心の部分がぜんぜん俎上にのぼらないじゃない。いかに米軍を圏外に出して地元負担を減らすかという話でしょう。戦争とは何かを何ひとつ学ばずに反戦、反戦と言っている。たとえば敵基地攻撃能力。攻撃する能力を持とうと言っている人間も、持つべきでないと言っている人間も、その後に何が起こるか、起こったらどうするかということを何ひとつ考えていない。敵地を叩けば本当に国内では戦争の被害者が少なく済むのか、実は拡大するんじゃないかというそんな観点では話をしないでしょ。それ以前、たとえば周辺事態法なんてザルだもの。だいたいROE(交戦規程)がないんだよ、この国の軍隊には。どこがどうなったら、鉄砲の弾撃っていいかなんて規程も、曖昧模糊なんだから。今の自衛隊関連法では、少なくとも、二、三人こっちの兵士が死なないと戦争が始められない。つまり戦場は確実に日本国内になるということです。平和憲法というのは国内で戦争を始めること、戦争を国内に引き寄せることなのね。ぼくはそれも仕方ないと思うが、覚悟もないままそうなったら、とんでもないことになる。実は戦前からこの国には仕事としての戦争を理解する人が、ごく一部の軍人以外、いなかったんじゃないかって最近思うんですよ。その軍人たちは、決して主流じゃないから、つまりその点では戦前も戦後も大して違わないんじゃないかと思う。旧日本軍の戦死者って、七割以上が病死餓死なんですよ。こんなマネジメントのなってない軍隊って他にないでしょう?

 うーん、すごい剣幕です。で、「9条どうでしょう」を読んでいたく共鳴したという高橋源一郎氏が、こう発言する。
高橋 以前の僕のアイデアは、こうです。今、二十三万人いる自衛隊をそのまま国連に国連軍として進呈する。国連本部も広島に持ってくればいい。
矢作 日本は常任理事国でも何でもないよ。
高橋 だからもちろんバーターで常任理事国にしてもらう。これだけ国連にお金を出している国はないんだから。
矢作 でも国連で日本は今もただの敗戦国ですよ。金持ってるだけの。元々機能しないもの、広島へ来たら牡蠣食いすぎてますます動かない。

 うん、うん、確かに牡蠣はまずいかもしれない。私もつい先日あたって腹下した。
 そんなこんなで最後まで議論は平行線だ。
内田 たしかにおっしゃる通りおかしいんですけど、日本のシステムというのはもともと法律で縛って、原理原則で詰めるという質のものではないでしょう。日本の政策決定要因って、最後はいつだって人情じゃないですか。
矢作 あなたは間違っているよ。自衛隊に限らず日本人は法的にがんじがらめにしない限り危険ですよ。それなのに重武装した役人を統べる法律がザルなんだから。

 私は、ときどきアクロバティックな表現をしてしまうけど、ほんとはそういうことには価値を認めない人間だ。だけど、内田樹氏が「疲れすぎて眠れぬ夜のために」(角川文庫)で書いていたこんな文章を読むと深く納得してしまう。
 みんなが忘れているのは、戦後の奇跡的復興の事業をまず担ったのは、漱石が日本の未来を託したあの「坊ちゃん」や「三四郎」の世代だということです。この人たちは日清日露戦争と二つの世界大戦を生き延び、大恐慌と辛亥革命とロシア革命を経験し、ほとんど江戸時代と地続きの幼年時代からスタートして高度成長の時代まで生きたのです。
 そういう波瀾万丈の世代ですから彼らは根っからのリアリストです。あまりに多くの幻滅ゆえに、簡単には幻想を信じることのないその世代があえて確信犯的に有り金を賭けて日本に根づかせようとした「幻想」、それが、「戦後民主主義」だとぼくは思っています。
(中略)
 それは、さまざまな政治的幻想の脆さと陰惨さを経験した人たちが、その「トラウマ」から癒えようとして必死に作り出したものです。だからそこには現実的な経験の裏打ちがあります。貧困や、苦痛や、人間の尊厳の崩壊や、生き死にの極限を生き抜き、さまざまな価値観や体制の崩壊という経験をしてきた人たちですから、人間について基本的なことがおそらく、私たちよりはずっとよく分かっているのです。
 人間がどれくらいプレッシャーに弱いか、どれくらい付和雷同するか、どれくらい思考停止するか、どれくらい未来予測を誤るか、そういうことを経験的に熟知しているのです。
 戦後日本の基本のルールを制定したのは、その世代の人たちです。
(中略)
 「戦後民主主義」というのは、すごく甘い幻想のように言われますけど、人間の真の暗部を見てきた人たちが造型したものです。ただの「きれいごと」だとは思いません。誰にも言えないような凄惨な経験をくぐり抜けてきた人たちが、その「償い」のような気持で、後に続く世代だけは、そういう思いをさせまいとして作り上げた「夢」なんだと思います。

 最近ときどき感じるのだけど、ものごとがうまくいくかいかないかは、同じ条件でも、あとはそれを主張する人間の熱意次第だってことがよくある。どっちに転がるか五分五分かあるいは不利なときでも、なんとかうまくいくようにとありとあらゆる手を尽くすことで逆転成功してしまうのだ。戦後民主主義が、憲法に守られてこれだけうまくいったっていうのも、きっと先の戦争で亡くなった人たちや戦禍をくぐり抜けて生き延びてきた人たちが、ものすごくそれを望んで頑張ったからだと思う。そのことを考えると、やっぱり古くなったからってむやみに憲法を変えていいとは思えないのだ。
(つづく)

斎藤美奈子「男性誌探訪」

2007-11-07 21:58:47 | 本の感想
 今、図書館で借りて読んでいる本は、斎藤美奈子さんがAERA誌上で連載したコラム(2000年)をまとめた本「男性誌探訪」だ。この本が出た時に新聞の書評に載ったので読もうと思ってメモしていていたのにそのままになっていた。それが図書館の普段は行かない000番台の棚の前にたまたま行ったら目に入ったのだ。ヤッタ!みつけた!私は斎藤美奈子さんの評論が大好きだ。「こんなこと書いちゃって大丈夫なの?」とちょっと心配になるほど斬新な分析と小気味のよい毒舌、それにあのわかりやすい文章。「買って損した」気分になる本は一冊もない。
 この本も実にわかりやすくおもしろい。女性誌がすでに確立された伝統のある様式を持っており、いわば開発の進んだ雑誌界の「先進国」であるのに対して、男性誌はまだまだ探索の余地のある「秘境」なんだと。そこでそれを最初におおまかに3タイプにわけてある。
(A)名実一致型
 最初から男性読者に対象をしぼり、結果的にも男性読者が大部分をしめていると思われる雑誌
 例/メンズファッション誌、紳士用エロ雑誌など。
(B)やもめサークル型
 とりたてて「男性用」の看板を出しているわけではないが、取り扱い領域の人口がたまたま男性に偏っていたために、結果的に男性読者が大部分をしめてしまったと思われる雑誌。
 例/釣り雑誌、鉄道マニア雑誌など。
(C)女性読者排除型
 同じくとりたてて「男性用」の看板を出しているわけではないが、女性に嫌われそうな匂いをふりまくことで、実質的に女性読者をしめだしていると思われる雑誌。
 例/ある種の月刊誌、週刊誌など。


なーるほど、週刊ナントカと名のつくもろもろの週刊誌を読むとなんだかイヤーな気持ちになるのはわざと女性に嫌われそうな匂いを振りまいていたのかー。その代表が「週刊ポスト」
 
一冊の中に同居する知的パパとエロオヤジ
 「週刊ポスト」は七つの顔を持つ雑誌である。
 ①飛行機会社の機内誌リストから外されるヘアヌード掲載誌。②「過激な性表現」が新聞社の広告コードに抵触し、表現を変えさせられるエッチ掲載誌。ここだけ見れば、「ポスト」はほとんど妄想が肥大したエロオヤジ雑誌である。
 だが、「ポスト」の実態はそれだけではない。③週刊誌らしく政治経済ネタに目配りするのはもちろん、④大相撲の八百長や首相の金脈をスッパ抜くような社会派であり、⑤週刊誌界きってのマイホームパパであり、同時に⑥ホワイトカラーの大卒サラリーマンを意識したインテリ雑誌だったりもするのである。

 微笑ましい家族サービス情報と悩ましいヘアヌード写真、知的な書籍情報を妄想全開のエッチ記事とが共存しているのが、ひとまず「ポスト」の特徴なのだ。支離滅裂というよりも、これは本音と建前、表と裏、オンとオフが呉越同舟した状態と考えるべきだろう。

おお、なんとわかりやすい!それにしても、こういう複雑なスタンスの雑誌がよく読めますなあ、みなさん。
 最近ちょっとカチンとくる広告を出していたのは「プレジデント」だった。
 「プレジデント」2007年バックナンバー
 「学歴格差」に「給料格差」「金持ち家族・貧乏家族」金金金ですよ。おまけに昨年創刊されたらしい「プレジデントファミリー」では「お金に困らない子の育て方」。格差不安をあおって、「うちの子だけは勝ち組に」という親の欲に付け込んだなりふりかまわない商売根性。そら、「ゆとり教育」なんてお上がいくら掛声かけてもだれが支持しますかって。「男性誌探訪」では・・・
 
 力、力、力で押す。私ごときにいわれたかないだろうけど、こういうノリって懐かしいかも。今日よりも明日がよくなると信じればこそみなぎる力。頑張れば必ず報われると思えばこそのパワー。「24時間戦えますか」だったころの前のめりな雰囲気を思い出す。いまの会社って、こういう風じゃないじゃないですか。世の中デフレスパイラルとかいってんのに。
 ああそうか。みんながイケイケだったころ、「プレジデント」は戦国時代だったのか。それでいま、やっと近代に突入したってことなのか。

ふふふ、で、今は現代の入りかけってとこですか?ストレス多いねえ。会社だけでもストレスだらけだろうに、子供の将来まで「イケイケどんどん」のノリでハッパをかけられちゃ、たまったもんじゃありません。
 
二倍二倍の前のめり人生の裏にひそむ人生哀歌。勃起薬が売れるわけだわ。


 もう、どれもこれもおもしろい分析で全部引用したくなっちゃうんだけど、これなんかもすごく思い当たる。「週刊新潮」
 
 「週刊新潮」のグラビアは一種独特だ。同じ出版社系列の週刊誌「週刊ポスト」「週刊現代」がヘアヌードなんかにまだ商品価値があると思いこんでいるのに対し、「週刊新潮」が考える「絵になる女=女の商品価値」は別のところにある。

どう独特なのかは中略
 
 こういう視線のあり方を俗に「小姑根性」という。「週刊新潮」がどちらかといえば高年齢の男性に支持されているのは、こういう小姑根性的執拗さ、底意地の悪さゆえだろう。小姑根性がいちばん発達しているのは、ほんとは「男の老人」じゃないかという気が私はするのである。晩年の谷崎潤一郎とか川端康成とかを思い出せばわかるでしょ。

 おお、そうだったのか。あの朝日新聞の記者がどうしたこうしたという針小棒大のイヤミな記事は、ニュース性というより小姑根性から書かずにはいられなかったのだな。私は、一体いつから新聞記者がタレント並に騒がれるようになったのかと首をかしげていた。例の『ヒゲの殿下発言批判の朝日論説委員は「とうふ屋」になる』なんて記事には「それがどうした!」と非常に不愉快になった。こういう底意地の悪い詮索にさらされるんだから論説委員もたいへんだと同情してしまいます。ただ、バルセロナで豆腐を作ろうが作るまいが別にかまわないけど「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」みたいのだけは絶対やめた方がいいと思うな。あれは不味いです。

 読んで気持ちが悪いのは「週刊ポスト」も「週刊新潮」も「週刊文春」も大差はないが、最近間違えて買ってしまって、とびきり気持ち悪かったのは「週刊SPA!」だ。何に間違えてしまったかは秘密だけど。気持ち悪いのもそのはず、分析の見出しは、
二〇代サラリーマンの自虐と憂鬱
仕事はダメ 女は怖い
 その昔流行った古い言葉を私は思い出してしまったよ。まず「三無主義」。無気力・無関心・無感動。無責任を加えて四無主義。無作法を加えて五無主義ともいった。何を語っても何をやらせても、ドヨ~ンとしてんの。あと「3D」。「だって・でも・どうせ」が口癖の人たちのこと。不満の多いOLあたりを揶揄する言葉だったが、これもいまや若い男性の専売特許になったのか。だめ押しで、もうひとつつけ加えれば「でも・しか」ね。「でもしか教師」なんていうつかい方をする。「これでもまーいっか」「これしかやることねーし」な感じ。
 自信もなければ覇気もなく、かといて開き直れるわけでもない。不安がいっぱいの彼らの心情は、第一特集のタイトルにも如実にあらわれている。

 日本経済はもうダメだしー、どうせオイラは偏差値低い大学しか出てねーし、就職してもいいことねーし・・・・・・。若者系の雑誌に不可欠な「女の子問題」関連の特集も同様である。
<「入籍拒否オンナ」の超つれない本音>
<女たちの「H猛特訓」迷走白書>
<勃発!「浮気ウォーズ2001」>
<男30歳/このまま結婚できなかったらど~なる>
<「モテる/モテない男」の残酷的最新基準>

ギャー!これ、ほとんど2ちゃんねるの独身男性板でっせ。
それで独特の臭気があったのだな。くわばら、くわばら。

 私は普段はあまり雑誌を買わない。今はたまに文芸誌を気まぐれに買うだけだ。でもずっと以前は12月になると「主婦の友」か「すてきな奥さん」を買っていた。12月号にはふろくとして家計簿がついているからだ。家計簿だけじゃない。カレンダーだとか園芸手帳だとか「奥様便利帳 家事の裏ワザBOOK」なんてのもついていたりしてお得なのだ。
 ところが、あれは1999年の12月だった。書店でいつものように家計簿付きの「主婦の友」を買って帰って来て、何気なく記事を読んでびっくりした。
「失業、転職、借金、病気・・・・・・(お金の苦労物語)」
「低金利、ボーナス減に『勝つ』知恵で 一円でもふやす!貯める!得する!」
「おかずなしでもOK 食費減にも役立つ あつあつ簡単スープ 具だくさん汁 100円 50円 30円」
 な、なんじゃー、これは!一年ぶりに買った雑誌はお金と節約の話ばかりだった。ためしに一年前の「主婦の友」を引っ張り出して読んでみたが、「クリスマスのお部屋のコーディネート」だの「大掃除お助けテク」だの「お正月の生け花」だの、要するに普通の主婦雑誌だ。この変化は何で?と納得いかなかったのでもう一度書店に行き、今度は「すてきな奥さん」を買ってきた。なんと同じだった。瓜二つの「お金の苦労物語」。いったい、私が一年間ぼーっとしていた間に、世間では何が起こっていたのか?ものすごく不安になった。
 友人が来たときにその2冊の雑誌を見せ、これ、どう思う?と聞いてみた。「夫の失業」「借金地獄」「無理なローン」「ストレスからないしょの高額商品購入」いろんな崖っぷち家族が写真入りで家計の収支を全公開している記事だ。「ふーん、よくある話じゃないの。この家は、あと1年して子供が保育園に入ったら奥さんパートに出てなんとかぎりぎりセーフ。この家はちょっときついね。年収400万切っているのに3800万の家建てて正気かね。しかもゆとり返済。ご主人自営業だし。今でも普通じゃないくらい節約してるのに、これ以上逆さまにしてもお金は出てこない。そのうち行き詰って家売るね。で、この人はもうダメね。早いとこ自己破産しなきゃ。」そ、そんな当たり前みたいに・・・。世は不況の真っただ中だった。
 これは師走だからそういう世知辛い記事が出たのかと思っていたら、「反響が大きかったので第二弾、第三弾をやります。」といってその後もずーっと、その類の貧乏特集をやりだした。なんてこった。私はそれ以後主婦の雑誌を買うのをやめてしまった。家計簿もつけなくなった。その代わり「週刊エコノミスト」だの「日経ビジネス」だの「日経マネー」だの「サンキュ!」だのを時々買うようになった。世の中がどう変わってしまったのか知っとかなきゃいけないと思ったからだ。無理をして日経新聞を購読し始めたのもその頃からだった。ともかく経済に明るくならないとこれからは生きていけないのだと不安に駆られたからだった。それから8年。
 私はちっとも賢くなってはいないし、失敗ばかりだった。日経新聞もこの間やめてしまった。今日、「主婦の友」「すてきな奥さん」を見ると、ガツガツした緊迫感がなくなって、もとのポワンとした雰囲気がもどっているようなのでちょっと安心した。

サンテグジュペリ「星の王子さま」

2007-11-05 22:23:17 | 本の感想
 最近「王子」が流行っているらしいがあんまり感心しない。だいたいなんであの人たちが王子なのかわからない。そこいらへんを普通に歩いていそうな草食動物系の顔立ちだし。(監禁王子は別にしても)
 しばらく前、書店をぶらついていたらサンテグジュペリの「星の王子さま」がずらりと並べてあって驚いた。みんな翻訳者が違うのだ。「星の王子さま」はずいぶん昔に読んだきり忘れてしまっているので、ためしに一冊手に取ってパラパラっとめくってみた。出てきたのは、バラのところだった。「花」と書いてあるだけだけど、私の記憶ではバラだったと思うんだけど。
 王子さまは「ぼく」に「棘はなんの役に立つの」と問いかけている。
小島俊明訳「星の王子さま」(中公文庫)

「棘は、何の役にも立ちゃあしない。花の悪意そのものさ」
「ええ!」
 しばらく言葉を失っていましたが、王子さまは悔しそうに、こう言い放ちました。
「信じられないよ!花はか弱いんだ。初心なんだ。できるだけ安心していたいんだ。刺があれば、怖いものになれると思っているんだ」 
ほら、バラですよ。バラはか弱くって初心(うぶ)なのだ。
もともと王子さまの惑星の上には、花びらが一重の、場所もとらないし、邪魔にもならない、とてもすっきりした花が、幾つも咲いていました。この花たちは、ある朝草のあいだから姿を見せたかと思うと、夕方には消えてしまうのでした。ところがある日、王子さまのその花が、どこからともなく運ばれてきた種から芽を出したのです。それで王子さまは、ほかの芽とは全然違うその芽をすぐそばで見張ることにしました。それがバオバブの新種かもしれなかったからです。
なんて田舎なんだろう!バオバブとバラの苗の区別もつかんのかい!

その芽は低木に成長し、おもいっきり勿体をつけてからひとつの花をつける。
その花はおしゃれで、気位が高かった。
 彼女は、あまりに念入りなお化粧疲れからか、欠伸をしながら言いました。
「ああ、やっと目が覚めたわ・・・・ごめんなさいね。・・・・まだ髪がすっかり乱れていて・・・・」
 王子さまは、そのとき、うっとり見とれてしまいました。
「きれいだね!」
「でしょう?」と花は静かに答えました。「それに、あたくし、太陽と同時に生れたのよ」
 王子さまは、彼女があまり謙虚でないことを見てとりました。とはいっても、実に心を奪われるほどの美しさでした!
やっぱりバラだ。バラはうぬぼれ屋なのだ。だけど若くて栄養の行き届いた幸福そうなバラの花が朝露をまとって咲いているところを見たことがある?一度見たらもうバラの魅力からは逃れられないのですよ。
こうして王子さまは、早くもやや気難しい彼女の虚栄心に苦しめられるようになったのでした。たとえばある日、花は自分の持っている四つの棘の話をしながら、王子さまに言ったのです。
「虎たちが、爪で引っ搔きにくるかもしれないわよ!」
「ぼくの星には、虎なんかいないよ」と王子さまは反論しました。「それに、虎は草なんか食べやしないよ」
こいつ、バカだ!
バラが「虎が来る」と言ったら出てくるのだ。
棘を見せたのは『これがあるからだいじょうぶ。あなたを守ってあげるわ。』と言っているのだ。おい!
「あたくしは、草じゃないのよ」と花は静かに答えました。
「ごめんね・・・」
「虎なんてちっとも怖くないけど、風が気に入らないのよ。ついたて、お持ちじゃなくて?」
《風が嫌いだなんて・・・・・・植物なのに、困ったな。この花はずいぶん気難し屋だ》と王子様は思いました。
あたりまえだ!バラは気難しいのだ。
「夕方になったら、ガラスの覆いをかけてくださらない?あなたのとこって、とっても寒いのね。星の位置がよくないのよ。あたくしの故郷のあちらはね・・・・・・」
 しかし、彼女は途中で口をつぐんでしまいました。彼女は種の形で飛んできたのでした。ほかの世界のことは、何ひとつ知る由もなかったのです。
バラが寒いと言ったら寒いのだ。覆いがいると言ったらいるのだ。言う通りにしないと一夜にして枯れてしまったり、虫に喰われてしまったりするのだ。なんですぐ言うとおりにしない!
だから王子さまは恋心を抱いていたのに、早くも彼女を信じられなくなったのです。なんでもない言葉をまじめにとって、とてもみじめになったのでした。
「花になんか耳を貸さなければよかったんだ」とある日、王子さまはぼくに打ち明けました。「花の言うことなんか絶対に聞いちゃいけない。眺めて香をかぐだけでいいんだ。ぼくの花は星をいい香で包んでいたけど、その香を楽しむことができなかった。ぼくをひどく苛立たせた虎の爪の話だって、いじらしいと思うこともできたのに・・・・・・・」
それは違うぞ!
「あのとき、ぼくは何も理解できなかったんだよ!彼女の言葉じゃなく振る舞いで、その心を分かってあげればよかったのに。彼女はぼくをいい香で包み、ぼくを照らしてくれていた。けっして彼女から逃げ出すべきではなかたんだ。かわいそうな企みのかげに隠れていた、彼女の優しさを見ぬくべきだったんだ。花って本当に矛盾しているんだから!けれどもぼくは幼すぎて、その矛盾を好きになれなかったんだ」
そうだ!その通りだ!おまえはアホだ!
「さようなら」と王子さまは繰り返しました。
 花は咳をしました。けれども、風邪をひいていたからではありません。
「あたくし、馬鹿でしたわ」と、ついに口をききました。「ごめんなさいね。お幸せになってね」

「そうよ、あなたが好きよ」と彼女は言いました。
「ちっとも気づかなかったわね。あたくしがいけないんだわ。そんなこと、もうどうでもいいけど。あなたはあたくし同様に、お馬鹿さんだったのよ。お幸せになってね・・・・・・そのガラスの覆いなんか、放っといてちょうだい。もうそんなもの要りません」
「だけど、風が・・・・・・」
風が体にさわるから覆いをかけてくれと言ってたと思うの?
バカな男だなあ。
「だけど、獣が・・・・・・」
「蝶々と知り合いになりたかったら、毛虫の二、三匹は我慢しなくちゃいけないわ。蝶々って本当にきれいよ。蝶々じゃなかったら、誰があたくしのところに来てくれるのかしら?あなたは遠いところにいらっしゃるのでしょう?大きな獣だってちっとも怖くないわ。刺を持っているんですもの」
 そういって、無邪気にも花は四つの棘を見せました。
おい!こんな花を置いて出ていくのか、おまえは?

 王子さまはある場所で薔薇園を見つけてびっくりする。そこにはあの花にそっくりの花たちがたくさん咲き乱れていたからだ。やっとわかったんかい!
 そして王子さまは、たいへん惨めな気持ちになったのです。王子さまの花は、この宇宙でその種の唯一の花だと語っていたのでした。それなのに、たった一つの庭に、まったくよく似た薔薇の花が五千本もあるなんて!
《もし、あの花がこのさまを見たら、さぞ傷つくだろうな》と王子さまは思いやりました。《彼女はきっと大きな咳ばらいをして、笑いものになるのを避けるために、死んだふりをするだろうな。そして、ぼくは、彼女の介抱をしなくちゃならないだろう。だって、もしそうしなかったら、ぼくにも恥ずかしい思いをさせるために、本当に死んでしまうだろうから・・・・・・》」
絶対に知らせるな!ほんとに死んでしまうぞ。バラは死にやすいんだ。おまえなんかにはわからない理由であっけなく死んでしまうんだ。
 それから、王子さまはさらにこう思いました。《この世で唯一の花を持っているおかげで、ぼくは豊かだと思っていたのに、普通の薔薇の花を一本持っていただけなんだ!あの花と膝までの高さの三つの火山(そのうちの一つは、永久に休火山かもしれない)、これじゃあ、ぼくは立派な王子になんかなれっこない・・・・・・》それから草の上に突っ伏して、涙を流しました。
ああ、これがあの有名な「星の王子さま」なの?これは私が今までに見た中で一番アホな男だ。アホの王子なんかい!世の中にはな、もうこの世のものとは思えないほど美しい色彩の花びらや、ビロードのような官能的な光沢の花びらを持つ薔薇がいるぞ。だけど、それはおまえには関係ないだろが!どんなに見劣りがしていても「虎が出てきたら、この刺でやっつけてやりますわ」なんておまえに言ってくれるバラが他にいるか?わからんのかい!おまえなんか地の果てまで行ってしまえ!

 と、私は本屋で立ち読みしながら腹を立て、ぷんぷん怒りながら家に帰ったのであった。

阿部謹也「ハーメルンの笛吹き男」

2007-11-04 22:38:10 | 本の感想
 昨年、歴史学者の阿部謹也氏が亡くなり、新聞に追悼記事が載ったのがきっかけで著書を何冊か買って読んだ。私はそれまでお名前だけしか知らなかったのだった。最初に読んだのは「ハーメルンの笛吹き男」(ちくま文庫)
 これは阿部氏が西ドイツに留学中の1971年のこと、ゲッチンゲン市の州立文書館でたまたま見つけた一つの古文書に「鼠捕り男」という言葉が書いてあるのが目にとまったことが発端となっている。他の自伝的な著書を読むとよくわかるのだが、中世ヨーロッパの古文書というのは、ちっとやそっとで読めるものではないらしい。まる一日かかっても数行、よく読めて一枚などという日々の連続で、とんでもなく難しいものらしい。そんな中でふと興味を引かれて読んだその文書は、私も知っている「ハーメルンの笛吹き男」伝説成立の背景となったある歴史的な出来事を考察していた。阿部氏は本来の研究と並行してそのてその伝説を追いかけはじめ、そして、それがその後の阿部氏のユニークな中世ドイツ研究に発展していく。
 
 夜、ベッドの中でこの本の初めあたり、「笛吹き男」伝説の背景にどんな事件があったのかという諸説を読んでいるとき、私は「あれ?」と思った。このことを私は知っている。いや、誰かに教えてもらった。誰にだっただろう。読みすすめながら中世ドイツの社会構造の部分に来たとき、誰かの声が聞こえてきた。「皆さんが都市というとき想像するものと、中世ヨーロッパの都市とはまるで違います。ローマ帝国の時代から夷狄(バーバリアン)の侵略や隣国との争いに晒されつづけてきたヨーロッパの都市は、身を守るために石造りの強固な城壁で囲まれています。都市を一歩出るとそこには荘園が広がり、農民はほとんどが貴族である荘園領主のものであるか、教会の所有する農奴でありました。都市にも、諸侯や教会に税をおさめているところがありましたが、自治体制をとっているところもありそれを自由都市といいます。・・・」だったかな。当時の身分制度、職人たちの徒弟制、理不尽な税の数々(結婚するにも、子供を産むにも、死人を埋葬するにも、窓をつくるにも税金がかけられてたとか)、教会と王の権力争い、ユニークな王たちのエピソード(バルバロッサとか)。よどみのないその声が、「ハーメルンの笛吹き男」伝説の背景となった出来事をひとつひとつ紹介してくれている。誰だったか?
 
 私は一晩かかってやっと思い出した。それは高校のときの世界史の先生の声だ。そう、あのとき先生は一時間かけて、この阿部謹也著「ハーメルンの笛吹き男」を解説してくださった。そして、「中世植民運動」が出てくればそれについて説明し、「子供十字軍」が出てくれば十字軍の歴史を解説し、飢饉、洪水、ペストの流行、魔女裁判に戦争・・・中世の恐るべき社会と世情とをまるで見てきたかのごとく生き生きと語ってくださった。もちろん「笛吹き男」の正体についても。
 当時私たちのクラスには、授業中茶々を入れる生徒が多かったので、「で、結局のところどの説が正しいの?」と訊ねた子がいた。先生は「うーん、歴史はね、これが正しいなんて断言できるものじゃないよ。阿部さんは研究の結果このように考えたということでしかない。」とおっしゃった。「なんだ、偉い人がこれだけ研究してもわからないことがあるの?」とその子が言うと、「そりゃあ、そうです。歴史的な事件で、真相がよくわからないことはたくさんある。むしろわかっていることの方が少ないくらいです。みなさんが大きくなったら解明してください。」とにっこり笑われたのであった。私は、9.11直後にブッシュ大統領が「十字軍」という言葉を使った演説を聞いて驚愕した。十字軍の遠征といえば、多くの血みどろの虐殺と略奪を引き起こした憂うべき事件で、最後の方では子供や女性たちも何かに浮かされたように遠征に加わり、悲惨な末路をたどったのだと世界史の時間に習ったからだ。実のところ、キリスト教の歴史の中の恥ずべき汚点であるとさえ私は考えていたのだが、アメリカでは、十字軍は賞賛すべき栄光の軍隊とでも思われているのだろうか。
 
 歴史はどういった立場から見るかでずいぶん解釈が変わってくるし、時代時代で評価が変わってしまったりもする。だからこそ、つとめて精密な資料を集め、当時の歴史背景を忠実に再現しなくてはならないのだと歴史の先生はおっしゃった。そして、阿部謹也氏もそのようなことを書いていらっしゃった。(どこにだったかは忘れた)つまるところ、歴史を学ぶ意義は、歴史の解釈というものが時代の眼に左右されるものだということをきちんと認識して、それでもなおかつできるだけ中立の立場で真実を追及しようとした先人たちの足跡を学ぶことにあるのだと思う。
 そんなことを考えていた折も折だったが、世界史の履修漏れが次々と発覚し始め、私はなんだか情けなくなってしまった。

 阿部謹也対談集「歴史を読む」(人文書院)の中に、先日なくなった若桑みどりさんとの対談があって、それがおもしろかった。若桑さんが「美術における死」というテーマで東大で講義したとき、まったく学生の反応がなかった。同じ講義を私大(偏差値があんまり高くないとこ)ですると大受けに受けた。この違いはなんだろうって。中世からルネサンスにかけての美術には死をテーマにした作品が多い。美女と骸骨とか、死の舞踏とか、ウジ虫にたかられた死体とか、トランジといって死体が腐っていく様を描いたような絵だとか、そういう死を見据えた作品(『死のメタモルフォーズ』)を100枚くらいスライドにしてみせたのだけど、東大では全然受けなかったそうだ。
 一体どうしてだろうと思って、あれにも書きましたけれども、たまたまその後で、私と同じくらいの世代の友人である東大の先生に会ったんで、その話をしたんです。東大の学生に「死」の話をしたら、シーンとしているというか、はね返しているというか、あざ笑っているというのか・・・・・・。自分は死なない。死んだやつはばかだ。利口なエリートは死なない。まして東大に入るような者はね。1982年に東大の教養学部の1、2年生にいるようなぼくらは人生の成功者であると。彼らの価値観では、死と病は敗北なんです。それは頭が悪いのと同じぐらいにマイナーな事件なんですね。ですから、彼らは病も死も自分に関係がないと思っているんです。
 私はそれは感じてはいたんです。ですけど、東大で教えている先生にきいてみたんです。東大で受けなかった。S大学へ行って受けた。どうしてだと。そしたら、「それは君、決まってるよ」って。彼らは幼稚園からあらゆる難関を突破して、ひたすらに勉強をして、いま東大教養学部に入ったばかりなんだ。まるで極楽にいるような気持ちなんだから、死ぬなんていうことがあってはならない。死ぬなんていうことは彼らの考慮の外にあるんだ。もう一つ大事なことは、彼らは子供のときから死について考える暇なんかなかったんですね。ものすごく勉強して。

 ふーん。私は大学の時、一般教養の美術史の講義を取り、マニエリスムについてレポートを書いたので若桑みどりさんの著書は何冊か読んでいる。あれを生で聴いておもしろいと思わない人なんかとはあまり口をききたくはないが、そういう人が今、日本の官僚や実業界の第一線で活躍してるんだろうなあ。

追記 読み返してみたらもっと面白い部分もあった。「自分がペストに感染したとわかったらだれに会いに行くか(うつすために)?」とか阿部さんの言う中世の世界観(ミクロコスモスとマクロコスモス)で、現代はほとんどのものが人間に統御されてしまったけども、「死」と「性」だけはいまでも統御されていない、だからこそ隠ぺいされているのだとか・・・。