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◆ 反戦の視点・その86(つづき)◆

2009年08月23日 | 練馬の里から
オバマ米大統領のプラハ演説をどう読むか─私たちが選択すべき道についてのつづき

●「オバマジョリテイ」?
 ところで8月6日の「平和宣言」で秋葉忠利広島市長はこうのべた。

《今年4月には米国のオバマ大統領がプラハで、「核兵器を使った唯一の国として」、「核兵器のない世界」実現のために努力する「道義的責任」があることを明言しました。核兵器の廃絶は、被爆者のみならず世界の大多数の市民並びに国々の声であり、その声にオバマ大統領が耳を傾けたことは、「廃絶されることにしか意味のない核兵器」の位置付けを確固たるものにしました。
 それに応(こた)えて私たちには、オバマ大統領を支持し、核兵器廃絶のために活動する責任があります。この点を強調するため、世界の多数派である私たち自身を「オバマジョリティー」と呼び、力を合せて2020年までに核兵器の廃絶を実現しようと世界に呼び掛けます。その思いは、世界的評価が益々(ますます)高まる日本国憲法に凝縮されています。
 最後に、英語で世界に呼び掛けます。
We have the power.(私たちには力があります。) We have the responsibility.(私たちには責任があります。)And we are the Obamajority.(そして、私たちはオバマジョリティーです。)Together, we can abolish nuclear weapons. Yes, we can.(力を合せれば核兵器は廃絶できます。絶対にできます。)》

 新聞記者として長く原爆報道に携わり、広島市長を務めた平岡敬氏は、厳しくこう指摘している。
 「なんと言ったかね、あれは、THE UNITED STATES HAS A MORAL RESPONSIBILITY TO ACT.行動に対する道義的責任っていう。ですから結局彼は認めていない。やっぱり僕は、謝らせなきゃいかんと思うんです。で、今、広島はですね、オバマに来てくれてなこと言ってますね。来て何するんですか。ああいう、その広島のね、甘ったっるさってのを僕は嫌いなんですよ」(8月6日の中国放送)
 平和宣言について広島市立大学広島平和研究所の浅井基文所長はこう語っている。
 「オバマっていうのはですね、核廃絶論と核抑止論の間の真ん中に立っててですね、ちょうど振り子の中心にいる、やじろべえみたいなもんで、どっちに行くかなあという状況だと思うんですよ。一番今求められていることは、核廃絶論の私たちの主張とか政策とか、そういうことを主体的に強める努力をするということであって、オバマ頼みっていうのはですね、むしろそういう努力に水を差す、私たちの主体的努力をも安易な楽観論でですね、弱めてしまうことすら懸念されるわけです」(出典、上に同じ)。

●対テロ戦略の一環としてのオバマ流「核廃絶論」
 私たちはプラハ演説中の次の部分を、《今、続けている侵略戦争の正当化》として凝視し、声を挙げねばならない。 
 「米国が攻撃を受けたとき、(中略)、何千もの人々が米国の国土で殺害されたとき、NATOはそれに呼応しました。アフガニスタンにおけるNATOの任務は、大西洋の両側の人々の安全にとって不可欠なものです。私たちは、ニューヨークからロンドンまで各地を攻撃してきた、まさにそのアルカイダ・テロリストを標的とし、アフガニスタン国民が自らの将来に責任を負えるよう支援しています。私たちは、自由主義諸国が、共通の安全保障のために提携できることを実証しています。」(Ⅰ、19節)
 オバマ大統領は米軍を増派して、アフガニスタンとパキスタンで戦火を拡大し、民間人を殺し続けている。その米軍に「呼応」しているのが、NATO軍で編成するISAF(国際治安支援部隊)である。米軍が拡大中の戦闘はブッシュ前政権以来の対テロ戦略の発動に他ならず、ブッシュ前大統領のイラク戦争に強く反対してホワイトハウスの主になったオバマ大統領は、イラクからの撤兵を遅らせる一方で、アフガニスタンを「主戦場」にしつつある。(本シリーズ「反戦の視点・その85 激化し拡大する「オバマの戦争」に正面から対決しよう!」を参照してほしい。)
 「アフガニスタンにおけるNATOの任務」とはタリバーンの掃討作戦のことである。ブッシュ前大統領はブレア前英首相とともに、2001年10月、当時アフガニスタンを実効支配していたタリバーンがアルカイダをかくまっているとして、同国に先制空爆を始めた。それによりタリバーンは一時期支配力を失ったがすぐに復活し、米国政府の傀儡(カイライ)であるカルザイ政権を攻撃している。米軍やISAFが「アフガニスタン国民が自らの将来に責任を負えるよう支援」しているとは、戦後米歴代政権が使い古したレトリックで、拡大する侵略戦争の実相を隠すイチジクの葉にすぎない。ベトナム侵略戦争の際も米国政府はベトナムへの軍事介入の根拠を「南ベトナム国民の自立を支援するため」と繰り返し主張したのだった。
 ちなみに、本年1月20日の大統領就任演説でオバマ氏はこう語っている。
 「我々の国家は、暴力と憎悪の広範なネットワークを相手に戦争を行っている。」
 「我々は、責任ある形で、イラクをイラク国民に委ね、苦労しながらもアフガニスタンに平和を築き始めるだろう。古くからの友やかつての敵とともに、核の脅威を減らし、地球温暖化を食い止めるためたゆまず努力するだろう。」
 「今この瞬間にもはるかかなたの砂漠や遠くの山々をパトロールしている勇敢な米国人たちに、心からの感謝をもって思いをはせる。」

 オバマ大統領が「核兵器のない世界」を語るのは、「管理が不十分な核物質」がアルカイダの手に渡り、それで米国が攻撃されることを避けたいからである。パキスタンの「イスラム過激派」を無人武装偵察機で越境攻撃するのは、パキスタンが保有する核がアルカイダの手に落ちることを警戒しているからである。つまり彼の「核廃絶論」は米国を防衛するための対テロ戦略の一環であり、そこから一歩も出るものではない。彼の主張は徹頭徹尾、米国一国中心主義に基づいている。
 湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争などで戦費が爆発的に増大し、国家財政が破綻した「アメリカ帝国」はすでに一極構造の極たりえない。世界の多極化が進み、「ユニラテラリズム」(単独行動主義)など過去の夢のまた夢である。だからオバマ大統領は、ひたすら同盟諸国との連携を推進する協調主義を押し出さざるを得ない。だが、その外交戦略がめざすところは、「世界の安全保障」やら「共通の安全保障」などではない。NATO諸国を含む「自由主義(同盟)諸国」に米国防衛の責任を負わせることなのだ。
 一方で「全世界的な不拡散体制が持ちこたえられなくなる時期が来る可能性がある」とNPT体制崩壊の危機を説き、他方で「米印原子力協定」の調印によって同体制を骨抜きにして恥じることがないのは、米国だけが生き残ることにしか関心がないからである。いや、オバマ大統領の念頭にあるのは、米国とイスラエルだけが生き残ることと言うべきだろう。

●核廃絶に向けて私たちが進むべき道
 だから私たちに問われているのは、言うまでもなく、「オバマジョリティ」(オバマ大統領を支持する多数派)に加わるか加わらないかではない。核廃絶の道筋は別のところにある。以下の記事を注意深く読んで欲しい。

《広島市の平和記念公園。原爆投下から52年を迎えた1997年8月6日午前9時前。原爆死没者慰霊式・平和祈念式が終わると、来賓として出席していた橋本龍太郎首相が広島市長の平岡敬に語りかけてきた。
 「市長さん、気持ちは分かるが、そんなことできっこない。あなたは米国の怖さを知らないんだ」。平岡は「何が怖いんですか」と問い返したが、それ以上の言葉はなかった。
 平岡はこの日読み上げた平和宣言で、日本政府に「『核の傘』に頼らない安全保障体制構築への努力」を呼び掛けた。平和宣言が「核の傘」脱却を求めたのは初めてだった。橋本は式典後の会見で「日米安保を基盤とした安全保障の仕組みは必要」と述べ、被爆地の願いを即座に拒絶した。
 「これでは思考停止じゃないか。米国ににらまれると、日本の首相は務まらないということなのか…」と12年前のエピソードを回想する平岡。市長在任中の8年間で政府の圧力を感じたのはこの時だけではなかった。
 95年11月、核使用の違法性を審理していたオランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)で、平岡は長崎の伊藤一長市長とともに「国際法違反は明らか」と陳述した。
 陳述のためハーグへ向かう数日前、平岡は外相の河野洋平から突然の電話を受けた。「市長さん、政府の方針をご存じですか」と切り出し、「国際法違反」の訴えを取り下げるよう求める河野。平岡は「そうは行きません。これは基本的な問題なので」と押し返した。
 「日本の究極的な安全保障を米国の核に依存しておきながら、その存在自体が『違法』だと言うのは、どう考えても矛盾じゃないか」。平岡の陳述直前まで外務事務次官だった斉藤邦彦は、政府が核使用を違法と主張できなかった理由を、米国の核の傘に求めた。》
(2009年6月8日付『共同通信』)

本稿の筆者は本シリーズ「反戦の視点・その83、核実験を批判する資格について」でこうのべた。その引用をもって結語とする。
 《(核クラブの)米英仏ロ中とインド、パキスタン、イスラエルの計8カ国が保有する核弾頭は2万3千3百発以上、うち使用可能な弾頭は約8千4百発だが(出典:スウェーデンのストックホルム国際平和研究所〔SIPRI〕の2009年版年鑑)、核が拡散する世界で、核廃絶の大義を主張できるのは、核兵器を保有しないか、他国の「核の傘」に依存しない国だ。日本は今は核武装していない。しかし韓国とともに米国の「核の傘」で守ってもらうことを、冷戦期も、冷戦後も、軍事的安全保障の根幹としてきた。自国は米国の核に依存していながら、近隣諸国の核武装は許せないというのは、いかにも身勝手な理屈である。/歴史に「if」(もしも…であったら)はないというが、仮に戦後日本が日本国憲法をそのまま実現して他国に少しも脅威を与えない平和な国であったなら、隣国の「ミサイル」の発射や地下核実験でいきり立って「戦争も辞さぬ」というような発言が(麻生)首相の口から飛び出すことはなかったにちがいない。「唯一の被爆国」神話はともあれ、この国はヒロシマ・ナガサキを経験した国として、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に核開発をやめるよう説得できる道義性を保ち得たはずである。/東北アジアの軍事的緊張をなくす方法はある。周辺諸国の軍備状況に一切かまわず、日本が一方的に武装を解除し、日米安保条約を破棄して米軍を撤退させることである。自衛隊を非武装の実現に向けてどんどん縮小し、沖縄からも「本土」からも米軍に出て行ってもらう。そうすれば、日本の前科を忘れない近隣諸国は、世界に向けて誓約した日本国憲法の前文と9条が空手形ではないことを確信して安心し、善隣友好を発展させるにちがいない。》

  (2009・8・12記)
    
【追記】
 8月9日、田上富久長崎市長が読み上げた平和宣言のうち、オバマ大統領のプラハ演説に触れた部分を紹介し、8・6ヒロシマと8・9ナガサキの中間、今年の8月8日に米軍が核抑止力の再生のために何をしたかを伝える記事を引用する。特にコメントは加えない。

 ■長崎平和宣言から
 ◎今年4月、チェコのプラハで、アメリカのバラク・オバマ大統領が「核兵器のない世界」を目指すと明言しました。ロシアと戦略兵器削減条約(START)の交渉を再開し、空も、海も、地下も、宇宙空間でも、核実験をすべて禁止する「包括的核実験禁止条約」(CTBT)の批准を進め、核兵器に必要な高濃縮ウランやプルトニウムの生産を禁止する条約の締結に努めるなど、具体的な道筋を示したのです。「核兵器を使用した唯一の核保有国として行動する道義的な責任がある」という強い決意に、被爆地でも感動がひろがりました。
◎長崎市民は、オバマ大統領に、被爆地・長崎の訪問を求める署名活動に取り組んでいます。歴史をつくる主役は、私たちひとりひとりです。指導者や政府だけに任せておいてはいけません。
 世界のみなさん、今こそ、それぞれの場所で、それぞれの暮らしの中で、プラハ演説への支持を表明する取り組みを始め、「核兵器のない世界」への道を共に歩んでいこうではありませんか。

■8月9日付『朝日新聞』の記事「米軍 核軍縮とズレ」から
 オバマ大統領が「核なき世界」をめざすと表明した米国だが、現場の米軍は、むしろ核抑止力をてこ入れする動きを見せている。8月7日にはミサイルや爆撃機による世界全域への核攻撃を統合する新軍団が発足した。一方、核戦略の司令塔となる戦略軍は、新たな時代の下での核抑止のあり方を探る異例のシンポジウムを開いた。オバマ政権の誕生で核軍縮路線が勢いづく中で、抑止力維持を理由に新たな核兵器開発をめざす「抵抗勢力」の思惑もちらつく。
 幅7㍍もある巨大な星条旗が掲げられた。迷彩服に身を包んだ軍人たちが壇上に真剣なまなざしを向ける。式典会場わきの滑走路には、強い日差しが照り返す中、B52戦略爆撃機が駐機され、核搭載ができるというミサイルや爆弾が並んでいた──。
 米南部ルイジアナ州のバークスデール空軍基地で8月7日(日本時間8日)、米空軍の「グローバル戦略攻撃軍団」の発足式典が行われた。
 オバマ大統領は今年4月、プラハ演説で「核兵器のない世界」をめざすと掲げた。だが、7日の式典で空軍幹部らが強調したのは、プラハ演説の別の側面だった。「大統領は『核兵器が存在する限り、安全で効果的な核抑止力を維持する』と明言した。これこそ、我々にとって基本線となる任務だ」。新軍団司令官のクロッツ中将は、軍人ら約千人を前に力説した。
 米空軍が新軍団を創設するのは28年ぶりのことだ。これまで別々の指揮系統下にあった地上発射型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)と、B52、B2といった戦略爆撃機による核攻撃を一括して指揮する拠点として設けられた。
 ドンリー空軍長官は式典で、「我々の核攻撃態勢の再生にとって画期的な出来事になる。今日は歴史的な日だ」とあいさつ。冷戦終結とともに存在感が薄れた核抑止力の「再生」を誓った。

◆ 反戦の視点・その86 ◆

2009年08月23日 | 練馬の里から
 オバマ米大統領のプラハ演説をどう読むか─私たちが選択すべき道について
                                 井上澄夫

 2009年4月5日、バラク・オバマ米大統領がチェコ共和国の首都プラハでチェコ国民を前に演説した。この演説(以下「プラハ演説」とする)について日本での報道は次の部分を大きく取り上げた。

 「核保有国として、核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任があります。従って本日、私は、米国が核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意であることを、信念を持って明言いたします。」

 しかしこの部分を取り出すだけで演説の評価をすることが妥当だろうか。やはり演説全体の構成をまず把握し、それを踏まえて判断すべきだろう。
 そこで、駐日米国大使館の日本語仮訳に基づいて、プラハ演説がどのような論理構成を持っているのかを明らかにする。なお演説の正文は英文で、ホワイトハウスのホームページで読むことができる。またここで使用する仮訳は駐日大使館のホームページに出ている。
 「プラハ演説」をどうとらえるべきかについては、様々な考えがあるだろうが、何よりまず、演説の全文を読んだ上で意見を開陳してほしい。一部だけを取り上げたマスメディアの報道で判断するのは不毛な結果しか生まない、と筆者は訴えたい。

※ ホワイトハウスのHP 
    http://www.whitehouse.gov/the_press_office/Remarks-By-President-Barack-Obama-In-Prague-As-Delivered/
 ※ 駐日大使館のHP http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-20090405-77.html

 駐日米国大使館の日本語仮訳では、演説の本文は49のパラグラフ(節)に分かれている。それらは長短いろいろだが、演説に見出しはない。そこで、以下、引用にあたっては、初めから順に各節に番号を振ることにする。また論述の都合上、便宜的に見出しをつける。

●プラハ演説の核拡散にかかわる部分
 
 オバマ大統領の演説を核問題に絞り込むと、次の部分が重要な位置を占めている。(丸カッコ内は該当する節)

? NATO(北大西洋条約機構)強化の訴え、米国によるチェコ防衛の確約
(17、18、19、20節)
 ? 「核攻撃の危険性の高まり」と核不拡散体制の限界到来の可能性
                              (21、22,23節)
 ? 「米国が行動する道義的責任」と「核兵器のない世界を追求する決意」
                                (26,27節)

 ? 「米国の国家安保戦略における核の役割の縮小」と「核兵器が存在する限り」米国   が同盟国を防衛するために核保有を維持する表明  (28節)
 ? ロシアとの新たな戦略兵器削減条約交渉と包括的核実験禁止条約批准の推進、核分   裂性物質生産を禁止する新条約締結の努力      (29,30、31節)

 ? 核不拡散条約(NPT)の強化と「原子力の平和利用」
                          (32,33,34,35節)
 ? 北朝鮮のロケット発射実験と「規則を破る国」が報いを受ける国際的制度
                             (36,37,38節)
 ? 「イランの脅威」に備えるチェコ・ポーランドへのミサイル防衛システム配備
  (39,40節)
 ? 「テロリストの核兵器入手」こそ「最も差し迫った、最大の脅威」
  (41,42,43節)

●〈核兵器が存在する限り〉、核は手放さない
 米国の核による同盟諸国の防衛については、?と?で約束されていて、米国政府は同様の約束を日本と韓国に対しても行なっている。?(28節)ではこう語っている。
 「しかしもちろん、核兵器が存在する限り、わが国は、いかなる敵であろうとこれを抑止し、チェコ共和国を含む同盟諸国に対する防衛を保証するために、安全かつ効果的な兵器を維持します。しかし、私たちは、兵器の保有量を削減する努力を始めます。」
この発言で明らかなのは、〈核兵器が存在する限り〉、同盟諸国と米国自身を防衛するために必要な核兵器は手放さないという強固な意志である。彼は「私たちは、兵器の保有量を削減する努力を始めます」と言う。だがそれは、米国はロシアとともにこの地球を何度でも壊滅させるに十分な核を保有しているのだから、核によって世界を脅し続けるために必要最小限の水準まで保有する核を削減することなどいつでもできるということに過ぎない。ならばロシアとともに、どんどん削減すればいいが、その「削減」の前提は「核の均衡」であるから、ロシアとの戦略兵器削減交渉によって、世界が「核の脅威」から解放されることはない。それに英、仏、中の核はどうなるのか、イスラエル、インド、パキスタンの核は……。

●チェコへのMDシステム配備の強要
ところで、誰もが奇異の感を抱くのは、?だろう。チェコとポーランドへのミサイル防衛(MD)システム配備が「イランの脅威」に備えるものだという主張である。

 「イランの核開発・弾道ミサイル開発活動は、米国だけでなく、イランの近隣諸国および米国の同盟国にも真の脅威を及ぼします。チェコ共和国とポーランドは勇敢にも、こうしたミサイルに対する防衛システムの配備に同意してくれました。イランからの脅威が続く限り、私たちは、費用対効果の高い、実績のあるミサイル防衛システムの導入を続けていきます。」

 チェコとポーランドへの配備がNATOの拡大に反発するロシアを封じ込めるためであることは世界周知の常識であるが、ロシアとの新たな戦略兵器削減条約(START)の交渉への影響を恐れて、標的をイランにすり変えたのである。それにもう一つ、MDシステムの配備にチェコの人びとが強く反対しているため、チェコがNATOの一員であることを強調して配備容認を迫ったのである。次の文言がそれを如実に物語っている。これはチェコの人びとへの恫喝である。
 「私たちは、新しい脅威がどこで発生しようとも、それに対処するための危機管理計画を備えておくために、NATO加盟国として協力しなければなりません。」

●演説の核心─アルカイダの核入手こそ「最も差し迫った、最大の脅威」─

さて、ここが肝心だが、?にはオバマ大統領の核拡散にかかわる危機意識が表われている。彼は次のように語る。
 「世界規模の核戦争の脅威が少なくなる一方で、核攻撃の危険性は高まっています。核兵器を保有する国家が増えています。核実験が続けられています。闇市場では核の機密と核物質が大量に取引されています。核爆弾の製造技術が拡散しています。テロリストは、核爆弾を購入、製造、あるいは盗む決意を固めています。こうした危険を封じ込めるための私たちの努力は、全世界的な不拡散体制を軸としていますが、規則を破る人々や国家が増えるに従い、この軸が持ちこたえられなくなる時期が来る可能性があります。」
 「規則を破る国家」がすでに核保有国であるインド、パキスタン、イスラエルであり、核実験を2度行なった朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)であることは周知のことだが、この演説では北朝鮮だけが取り上げられている(?)。NPTにもCTBT(包括的核実験禁止条約)にも加盟していない世界で6番目の核保有国・インドに原子力発電所用の核燃料や技術を提供する「米印原子力協定」の調印(2007年)は、典型的なダブル・スタンダードであるにとどまらず、米国政府が自らNPTを突き崩すものだが、オバマ大統領はむろんそれには触れない。「イスラエル支持」を宣言しているから、イスラエルの核保有にも触れない。
 彼の関心がむしろ「規則を破る人々」に集中していることは、?に明らかである。

 「私たちは、テロリストが決して核兵器を入手することがないようにしなければなりません。これは、世界の安全保障に対する、最も差し迫った、かつ最大の脅威です。/アルカイダは、核爆弾の入手を目指す、そしてためらうことなくそれを使う、と言っています。そして、管理が不十分な核物質(後注1参照、引用者)が世界各地に存在することが分かっています。/本日、私は、世界中の脆弱(ぜいじゃく)な核物質(後注2参照、同)を4年以内に保護管理することを目的とした、新たな国際活動を発表します。私たちは、新しい基準を設定し、ロシアとの協力を拡大し、こうした機微物質(後注3参照、同)を管理するための新たなパートナーシップの構築に努めます。/また私たちは、闇市場を解体し、物質の輸送を発見してこれを阻止し、金融手段を使ってこの危険な取引を停止させる活動を拡充しなければなりません。」
 ※ 注1 管理が不十分な核物質 unsecured nuclear material 旧ソ連崩壊の際、同国内 外に流出したとされる核物質など/注2 世界中の脆弱な核物質 all vulnerabl nuclear  material すべての管理不十分な核物質 注3 機微物質 sensitive materials 注1に同じ

 実にまさにこの部分こそ、この演説で彼が言いたいことである。アルカイダの主たる攻撃目標は米国である。何のことはない。オバマ大統領は「世界の安全保障」を大義として掲げながら、実は「米国の安全保障」に世界は協力せよと要求しているのである。大統領が誰であろうが、米国政府にとっての最大の関心事は、米国の安全保障である。それについては、あとでもう一度触れる。

●原爆投下責任を認めず謝罪もしない「核のない世界」の追求
 さて?だが、演説では「核攻撃の危険性の高まり」を強調する?と、核によって同盟諸国を防衛することと同時に、核兵器保有量の削減の努力、包括的核実験禁止条約の批准の推進などを語る?の間にはさまれている。
 「核保有国として、核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任があります。米国だけではこの活動で成功を収めることはできませんが、その先頭に立つことはできます。/従って本日、私は、米国が核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意であることを、信念を持って明言いたします。私は甘い考えは持っていません。この目標は、すぐに達成されるものではありません。おそらく私の生きているうちには達成されないでしょう。」
 「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任があります。」は英文ではこうである。
  as the only nuclear power to have used a nuclear weapon, the United States has a moral responsibility to act.
 この部分は、確かに米国が核兵器を使用した唯一の核保有国であることを認めている。しかし、それは客観的な歴史の事実であり、トルーマン以降の歴代米大統領の誰もが認めるところだろう。「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として」の部分で、オバマ大統領が広島・長崎への原爆投下についての米国の責任を認めたと解釈することはできない。ましてここには謝罪の意味はいささかも含まれていない。
 前後の文脈に照らせば、「核兵器のない世界」をめざす彼の決意は、そのような世界が訪れるまでは、つまり「核兵器が存在する限り、わが国は、いかなる敵であろうとこれを抑止し、同盟諸国に対する防衛を保証するために、安全かつ効果的な兵器を維持する」という表明(?)との関係で読むべきである。しかも彼は、「核兵器のない世界」は「おそらく私の生きているうちには達成されない」と明言しているのだ。
 彼の「米国だけではこの活動で成功を収めることはできません」という言い訳を受け入れるわけにはいかない。この論理は「核クラブ」(米・ロ・英・仏・中、国連安保理常任理事国)の米国以外のどの国も使える。私たちは、NPTに基づいて「合法的」に核を保有している「核クラブ」に、NPT第6条が規定する「全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約についての誠実な交渉」の即時履行を迫らねばならない。
米国に「道義的責任」があるというなら、オバマ大統領がなすべきは、何よりまず「核クラブ」がこぞって大胆に核軍縮を進めるための協議を速やかに開始することだ。(つづく