ネコオヤジのゆらりゆらゆら生活

これから数ヶ月のテーマは「ゆらりゆらゆら生活」です。私が興味を持っているもののまわりをゆらりゆらゆらして書いてみます。

「ルソーの見た夢、ルソーに見る夢」で体験した個人的センチメンタルジャーニー

2006-10-08 23:52:55 | アート
 世田谷美術美術館の「ルソーの見た夢、ルソーに見る夢」を見てきた。
 極めて個人的感慨であるが、大変楽しく自分の感性と語り合い、大いに触発された。ルソーは、そもそも昔から大好きで、この展覧会の内容もよく知らずに、ポスターになっているこの有名な絵やルソーの作品が見られるというだけで行くことに決めたのだったが、単なるルソーの回顧展でない内容で、大いに満足した。ルソーの作品のみならず、ルソーの初期の仲間たちの作品と、ルソーに影響を受けた日本人の作品を一緒に展示するという、ユニークな切り口の展示会であった。

 まず、ここ2年くらいでやたら作る方のアートに目覚めちゃって、ここにも何十枚ものせたイラストを描き始めたり、最近は似顔絵にはまったり、α7デジタルを買ってからはデジタル一眼で花を撮るのに凝ったり、会社勤めをやりながら表現の世界にも足を突っ込んでいるんだけど、そういう自分を元祖世界的日曜画家のルソーに勝手に重ねちゃって、今までにない眼でルソーを見ている自分に気付いた。単なる仕事の合間の余暇という位置づけにしたくない、仕事もこっちも両方、自己表現という意味では同じだ、というスタンスで行こうと思っている私には、ルソーが偉大なベンチマークである。その彼の作品が間近に見られて、まずは大ハッピーだった。
 自分の画風という点ですごく触発されたのが、ルソーや彼の初期の仲間たち(素朴派ということを初めて知った)の作品である。こんなに遠近感なく感性を遊ばせるだけというような世界でもマジで取り組めばここまでの世界に到達できるんだ、ということを見せられ、そういう絵を描いてみたいと普段からぼんやり考えていた私に明確な指針が与えられた感じがする。大変大きな刺激を受けて、多分これから絵を堰を切ったように描くと思う。
 もう一つとっても楽しかったのは、私が今までいつくしんでやまなかった何人かの画家の作品が、ルソーに影響された画家という一つのまとまりで展示されていたこと。今までは私の中でバラバラで存在していた画家たちが、ルソーという一点で集合した。松本竣介、岡鹿之助、横尾忠則、藤田嗣冶。思い出してみれば、彼らの作品と共にいろんな思い出を作ってきた。一緒に展覧会に行った女性、画集をプレゼントした女性、その画家が挿絵を描いたという理由で読んだ小説、などなど、いろいろ思い出は尽きない。私にとって忘れられない画家たちの作品がルソーという共通項で一同に会し、それを見る私の心はまさにセンチメンタルジャーニーという感じだった。
 ポストカードは言うまでもなく、図版とか、クリアファイルとか、ルソーの絵が描かれた缶に入ったクッキー(!)まで買っちゃって、展覧会の売店でこんなに買い物をしたのは初めてだったけど、これって要するに、ルソーは間違いなく私のアイドルなんだなと納得したのだった。
 

上野蓬莱屋のとんかつの愉悦

2006-10-08 21:20:13 | グルメ&スポット
 発作的にアメ横に行きたくなり、あの独特のラビリンスを体感したあとで、上野でおいしいものが食べたくなった時に行く店の最右翼の一つであるとんかつの超名店の蓬莱屋さんに直行した。でも、行くのは1年ぶりぐらいだったが。
 18時前に入店しても、待ってる人がいた。私の前にひれかつ定食が置かれるまで30分以上はかかったろう。
 生ビール飲んでひれかつ食べたら4千円近く取られる店に並ぶ人が絶えない現実、これがこの店を雄弁に語ってる。
 学生時代から、とんかつの食べ歩きの年季が入っている私だが、やっぱりここは格別においしいと改めて思い知らされた。
 肉自体の味と心地よい弾力、衣の感触と香ばしい風味、そしてご飯のおいしさ。食べていてうれしくて浮き浮きしてくる味である。とんかつ食べてて浮き浮きしてくる店というのは、私には他にないみたい。
 これでは、他の店の2-3倍取られても、私はまた行くね。
 ひれかつでは、やはり大好きなのが横浜の勝烈庵で、ここもまたまことに捨てがたく、とくにあのソースとカツのアンサンブルが絶妙だが、味の品格というのかなあ、味のクラスが一つ蓬莱屋の方が上のような気がする。
 
 驚いたのは、接客の女子店員さんに若い中国人の女の子が何人もいたこと。明るくてはきはきして気持ちいいんだけど、声が大きすぎる。狭い店に甲高い声が響き渡って、耳栓がほしくなった。味と関係ないから、別にいいけどね。

 蓬莱屋さんを出て、これもまたお約束のコースでうさぎやのどら焼きを買いに行ったら、残念ながらお休みで買えず、がっくりした。

 私が評価する味って結局何なのかと自問してみると、やっぱり味のメリハリとコクだと思う。くどい味というのではないんだねこれが。むしろ、決してくどくはない味付けの中でメリハリとコクをどう出すかなんだと思う。味が立っているとでも言うのかなあ。私が格別おいしいと思う店はみんなこうだもんね。

 最近雑誌などで紹介される「おいしい店」に行くと、こういう味とは思えないことが多い。スマートで軽妙なんだけど、スカスカの味で心に素通りする。こういう店がほんとに多いと思う。特に港区方面とか都心に多い。味に背骨がないとでもいうのかなあ。若い人にはこういう味が珍重されるんだろうか?単に味のセンスがないだけのような気がするんだが。一方で、やたらくどい味というのも結構あるけど、味がくどいのと味にコクがあるのとは決して同じじゃないからね。

 比較するために、明日は勝烈庵に行ってみようかなあ。