2013年6月20日
英の文豪モームの長編『人間の絆』は、一人の青年の成長と遍歴の物語である。作家は、登場人物にこんな言葉を吐かせている。「そこそこの収入がなければ、
人生の半分の可能性とは縁が切れる」(行方昭夫訳)。貧乏は人に屈辱をなめさせ、いわば翼をもぎ取ってしまう、と▼その言葉を日本の子どもたちにも重ねて
みたい。子ども時代の貧困が可能性を狭めてしまうのは、各種の調査で明らかだ。この国では今、18歳未満の7人に1人が「貧困」とされる水準で生活をして
いる▼とりわけ1人親の世帯は5割強が貧困状態とされる。学ぶ希望を奪われる子は少なくない。そして親から子への貧困の連鎖となる。悲しい鎖を断ち切るべ
く、一つの法律がきのう成立した▼「子どもの貧困対策法」と呼び名は堅いが、親を亡くすなどして実際に苦労をした学生たちの熱意が実った。集会を開き、デ
モで訴え、国会で意見を述べた。子どもの将来が生まれ育った環境に左右されない。そんな理念が法にこもる▼具体策はこれからになる。政府が大綱を作って定
めるが、ここは造った仏にしっかり魂を入れてほしい。銀の匙(さじ)をくわえた世継ぎの多い政界である。想像力を欠かぬよう願いたい▼ものの本によれば、
「貧」という字は「貝」を「分」ける意味だという。貝は古代、貴重な財産とされた。そこからの想像だが、富をうまい具合に分配して、貧をなくしていく政治
がほしい。可能性への切符を買う貝を、どの子の手にも握らせたい。