キャンディーズのスーちゃんが亡くなりました
闘病されているという報道も無かったので突然の訃報で驚いてます
乳がん それも10年以上前の発症からの戦いは長く辛い日々であったことでしょう
幼馴染も同じ病気で亡くなっています
40代になれば必ず年に一度は検査(マンモは痛いけど)して行きましょうよ
早く発見されれば治癒すると聞いています
でも遅くなればなるほど危険 すぐそばにリンパ腺があるのですから全身へ廻るのも早いとか
私は11月の予定です
あれからもう1ケ月半を過ぎた関東東北の地震と福島の原発事故
今回ほど私たちが自衛隊の力に頼みにした事は過去あったのかと思います
台風などの災害が起こる度に自衛隊特に陸上部隊の派遣をニュースでもよく見ましたが
今回すべての部隊の装備や機動性に目を見張りました(私はですが)
政治的な発言ではいろいろな事が言われていますが、対外的な国際活動は別にして
国内の災害ではもう自衛隊の力なくしては対応が難しいと感じます
神戸の震災の時すぐそばの伊丹に基地があっても県からの依頼がなければ
行動できなかった教訓がその後に生かされています
今日の毎日新聞(我が家の購読紙)では、今回の自衛隊の動きが書かれていました
それも両面での特別紙面です
よい事尽くめではないかというご意見もあるでしょうが、TVでは知らなかった当時の動きがわかります
今日の特集以外に 警察や消防や地元の活動も今後掲載されて、それが今後の反省や教訓になれば
次にいつかやってくるであろう自然災害の対策になると思うのですが
今回は2回とも予約が帰国に重なって
延びて延びて3度目の正直が3月末。
その間3月に婦人科で超音波の検査も。
マンモの検査後10日ほどして
州にある拠点の施設から精密検査の手紙が来ました。
疑いの殆どは乳癌ではないとは書いてあります。
ネットでも調べて
検査で見つかった初期の場合は5年生存8割
他のサイトでは95%と書いてあって
大丈夫、大丈夫と言い聞かせました。
でも弟は5年生存8割といわれながらあっという間でした。
おりしも満開の庭の桜を見て涙が溢れるのでした。
弟が桜を見てからと言っていたのも深く身につまされました。
当日再びマンモグラフィを疑いのある片方に受けました。
しばらくして部屋に呼ばれ
レントゲン写真をモニターで拡大しながらの
説明を聞いて
生検の必要も無く、ほっとして目がウルウル。
数日後ドクター2人のサイン入りの2通の手紙が来まして
1通は私の保管用
もう1通は貴方のかかり付けの婦人科へ提出してくださいと。
又2年後です。
絶対大丈夫と呪文のように唱えて。
良かったです。大丈夫ですよ!という一言で心が軽くなりますよね
安心するために検診を受けなくては
検査の結果が出るまではドキドキしますよね。
私も随分まえから乳がんの定期検診は受けていました。
小さなのう胞があり、それがCTに映って
「疑いあり」になってしまうのです。
昨年からはやっと無罪放免、
今年は通常の定期検診でCTを受けましたが
「異常なし」でした。
ずっと精密検査を受け続けていましたが、
卒業(今のところ)できてホッとしています。
あちこちに爆弾を抱えているので、要注意な人生です。
私も桜を見ると何故か涙がこぼれます。
今年は東山や嵐山にも出向き、堪能できました。
京都に行くといつものささんやおっとりさんを
しみじみ思い出すのです。
またお会いしたいですね。
心配が一つでも”大丈夫”と言われたら嬉しいですね
良かったです
桜ももう葉桜ですがなぜか肌寒い
心配事はつきませんね
そちらの生活に体がすっかり慣れられましたか?