碧田直の いいじゃないか。

演劇ユニット、ミルクディッパー主宰の碧田直が、日々を過ごして、あれこれ思ったことを、自由気ままに綴ります。

無題そのじゅうなな

2016-05-05 15:45:07 | 日々
何となくの体調不良を自覚してから、もう半年が過ぎた。
体調不良といっても、特にこれといった病の兆候はないが、胃腸があまり優れなくて下痢をしやすくなるなど、何となく気分が晴れない状態で五ヶ月ほどと、それから帯状疱疹、さらに風邪と、この一ヶ月で二つの病気を経験したことになる。

これくらい体調が悪い時期が長引けば、体重の二キロや三キロは落ちていてもいいものだが、これがまるで落ちない。食べているからだ、と妻には言われるが、これでもずいぶん食べなくなった。
高校生の頃の食欲は、いま振り返っても並外れていて、我が家は四人家族で一日七合以上の米を食べ、そのうち四合半を俺が一人で食べていた。一合で茶碗二杯分と考えて九杯になる。一食あたり三杯だ。それで体重は六十キロなかった。若さ恐るべしである。

ごく小さな頃から大食漢だったわけではない。小学生のときは、むしろ少食だった。やせっぽちで、同じくらいの体重でクラスを分けて相撲をとると、たいていチビの連中と同じ組に入れられた。
そんな俺が大食漢になったのは、小学四年の一大決心が関係している。
プロレスラーになりたいと思ったのだ。
小三の終わりに転校してきたiくん。彼が無類のプロレス好きで、近所だったこともあってすぐに意気投合した俺たちは、プロレスを観た翌日、ああでもないこうでもないと話しながら、昨日観たプロレス技を掛け合って遊んだ。
彼は肥満児で、やせっぽちの俺の技などまるで効かず、逆に彼の技は骨身にしみるほど効いた。特に卍固めは大変だった。あの技を成立させるには、技を掛けられてる側が両足を踏ん張って、掛ける側を支えないといけない。プロレスは対立ではなく協調で成り立っているのだと、彼とのプロレスごっこで学んだ。いまにして思えば、俺はプロレスラーになりたかったのではなく、彼にちゃんと技を掛けたかったのかもしれない。

そんなわけでプロレスが好きになり、プロレスラーがとにかく食べると知ってから真似して食べ、気づけば俺はいっぱしの大食漢になっていた。そのきっかけを作ったiくんは、高校生になって痩せて引き締まった体になり、バイクにまたがって次第に俺から離れていき、二十歳になる前に事故で死んだ。

いま、俺は歳相応に食べなくなりつつあるが、それでも同世代よりはかなり食べる。もうプロレスラーになる気はまるでないが、いつか彼に会ったときに、ちゃんと技を掛けられるよう、早く病気を撃退して、しっかり食べていようと思うのである。
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