
私が考える本果妙法華本尊は無量寿命決定王如来です。日光輪王寺の常行堂本尊がそう。
御真言は法華肝心真言。親鸞聖人が比叡山延暦寺西塔で堂僧だったころ、常行堂にあった宝冠の阿弥陀は無量寿命決定王如来だったと云われています。法華経を台密から見た場合、四重秘釈中、秘々中深秘の本尊は此の御本尊なんですね。浅略釈で阿弥陀如来と考える場合も在ります。
御真言は法華肝心真言。親鸞聖人が比叡山延暦寺西塔で堂僧だったころ、常行堂にあった宝冠の阿弥陀は無量寿命決定王如来だったと云われています。法華経を台密から見た場合、四重秘釈中、秘々中深秘の本尊は此の御本尊なんですね。浅略釈で阿弥陀如来と考える場合も在ります。
此れは摩訶止観の常行三昧、常坐三昧で天台大師が本尊に阿弥陀如来を選択しているから。また阿弥陀如来の阿弥陀を円融三諦に配した教義にも根拠があると思います。台密からも阿弥陀の阿を阿字に見立てていますから、天台顕密の本尊とする考えが成立するんですね。
法然上人、日蓮聖人は専一化した教義になっているんで、良い側面もあれば、悪く出ている側面も在るんです。
法然上人は三昧発得の師ですが、成仏の理論からは逸脱していますし。天台顕密を学んだ證空上人も結局、成仏理論と法然義を融合出来ませんでした。要は、法然上人が円観を切り捨て、阿弥陀の信心のみに特化した教義が駄目なんですね。親鸞聖人にしても正定聚の安心を説きますが、万人が獲られるものでもないし、成仏の理論も法然上人同様、阿弥陀まかせなんですね。
摩多羅神は仏法の護法神なんですね。東密伝承では聖天・荼枳尼・弁才天の三神合一神が摩多羅神であると伝えています。法華陀羅尼品には法華行者を守護するため其々の神が陀羅尼を説いています。護法の神々が仏法護持の行者を守護すると云う信仰は、当然と見做されていたようです。
何故、常行堂の護法神として祀られたかですが、常行三昧の止観行が、命懸けの行だからだと思いますね。