2月11日は「建国記念の日」ということで、
その起源を訪ねて宮崎を旅してみましょう。
|宮崎高千穂の旅
訪れるのは神宿る国、高千穂。神話の故郷です。
この画像は、高千穂峡です。
マイナスイオンがいっぱいのパワースポットです。
一度は、ボートに乗って峡を下から上へと眺めてみましょう。
きっと世界観は変わります。ぐっと迫ってくるものがありますよ。
|高千穂神社
神代の時代、オオクニヌシ(大国主)から国譲りを受けたアマテラス(天照大神)は、
孫であるニニギノミコト(瓊瓊杵尊)へ葦原中国を治めるよう命を下します。
降りたところがこの高千穂と言われています。
『古事記』では、この降臨の地については、
「竺紫の日向の高千穂の久士布流多気(くしふるだけ)に天降りまさしめき」と記述されています。
高千穂神社には立派な「夫婦杉」があります。
この杉の周りを手をつないで3回まわると、縁のある人と絶対に分かれられないそうです。
3回といっても結構な半径がありますからまわりごたえありますよ。
初めて手をつなぐ間柄でしたら結構な時間の長さを感じるでしょう。
ありがたいような、怖いような。
勇気を出して好きな人と一緒に回ってみましょうね。
天孫降臨の舞台となった地です。 もちろんパワーはありますよ。
|神武天皇の東征
ニニギノミコトから3代あとに後の皇祖となる神武天皇がつづきます。
名前は、神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)といいます。
国は未だに西辺にあり、全土を王化していない、ということで、
神武天皇は東征を決意します。
東の美しい土地を目指して、日向から宇佐、筑紫を経由して瀬戸内海に入り、大和を目指しました。
途中、戦いや紆余曲折もあり熊野へ迂回、再度ヤタガラスの先導で大和を目指し、
東を治めていた饒速日命と戦いとなりますが、磐余彦を天神の子孫と認めて
橿原宮で即位し、ここに初代天皇、「神武天皇」が誕生しました。
|建国記念日(紀元節)
この即位した年が、紀元前660年(辛酉の歳の正月)でした。
そこから数えて、2016年は、皇紀2676年となるのですね。
これは、紀元節として明治6年に、祝日としましたが、
終戦後の昭和23年にGHQによって廃止されました。
しかし、サンフランシスコ条約の締結後、
もう一度復活させようという運動が自民党から出されましたが、
なかなか通らず、9回目にしてやっと社会党も折れ、
「建国記念の日」だったいいいよ、と記念日の間に「の」をいれたのです。
|建国記念の日
確かに「の」を入れると、特定の日を指す、という意味ではなくて、
日本が建国されたことじたいを国民みんなでお祝いする日、という意味に変化しますが。
まあ、起源として不確かな2月11日を簡単に認めるわけにはいかなかったのでしょうね。
名称は決まりましたが、日付をいつにするか?
審議会に付託されましたが、結局2月11日が妥当だろうということになったそうです。
「建国記念の日」のいわれはよいとして、高千穂の最強スポットを忘れてました。
それがこちらです。
|天の岩戸神社
「天の岩戸」の話はよく知られてますよね。
そうです、ここはアマテラス(天照大神)をお祀りしています。
西本宮から岩戸川を500mほど遡った所に天安河原(あまのやすかわら)があります。
日本神話に登場する岩戸隠れの際に八百万の神々が集まって相談した場所であると伝えられています。
戦後、誰が始めたかわかりませんが、
「願いを込めて小石を積むと願いが叶う」として多数の石積みがみられます。
人の強い「念」がここに溜まっていて、わたしは長い時間居られませんでした。
また、洞窟から吹く風が、この世とあの世の狭間にできる、クロスポイントのようです。
それがこちら、
深い岩戸川の渓谷を本宮から降りていく道は、木々でわずかに光が遮られ、
水の流れのマイナスイオンと相まって、体感温度はゾクゾクものです。
何度も行くところではありません。 一生に一回の大きな願いのときだけにしてくださいね。
願わなければ何度行っても平気なところですよ。
|高千穂鉄道 廃線を楽しむ
昔は、高千穂鉄道が通っていましたが、今は廃線になっています。
しかし、地元の方の尽力で一部観光用に復活してます。
列車というより、軽自動車を改造したレール用車ですから、これはアイデアですね。
レールの上を走るのに、普通免許が要るんですよ。
面白いですね。 「高千穂あまてらす鉄道」の皆さん、がんばってください。
さて、高千穂からは、延岡・日向方面へ抜けるか、阿蘇方面へ戻るか、
さらに楽しい旅は続きますよ。 是非いらしてみてください。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。