それでも永山則夫が好きだ(スピンオフ)

「ねっとわあく死刑廃止」や、無期懲役囚で「とらえなおし」で知られる飯田博久さんや、小松川事件の李珍宇のことを書いたり色々

『沈黙の声』第29号(88年6月25日発行)「死刑廃止運動の現状にむけて」(その1)

2017-01-23 19:00:18 | 会報『沈黙の声』(その2)

永山則夫支援者だった武田和夫さんが永山さんから追放された後、武田和夫さんが「風人社」という死刑廃止団体を立ち上げた。その時、発行していた会報『沈黙の声』を冊子にしたもの…の第二弾。

『沈黙の声』の第29号の記事を、以下に載せます。(その1)(その2)の2つに分けます


『沈黙の声』第29号(88年6月25日発行)

「死刑廃止運動の現状にむけて」 (その1)

 ″東大の死と再生”が今さらながら、一部のマスコミをにぎわし、「あそこはまだ《生》きていたとでもいうのかい?」といぶかっている今日この頃である。国家権力の暴力装置=機動隊によるバリケード解除と常駐体制によって″正常化″した大学秩序が、いかにその後何年、営々と続いていようとも、今もってそこに69年1月20日朝の安田講堂前のガレキの山をしかみとめない者がいることを、忘れぬがよい。

その〝秩序〟の上に成り立った「大学アカデミズム」を批判するのは屍を笞打つ様にたやすい事だ。二度目は茶番だと誰かが言った。かつての全共闘運動が提起したのは、高度に「専門」化し硬直した大学アカデミズムを、現実の社会的実践のなかで問い直し、生き生きとした具体性、全体性をとりもどした「学」を創出することであった。

このたびの教養学部人事に端を発した「コップの中の嵐」で提起されたのは、ニューサイエンス」という″新たな専門”で上塗りをしようというものだ。〝専門的教養人〟としての自己の存立基盤が何ら問い直されないところでの。問題提起″は、「学」を問うているにしてはスキャンダラスな個人攻撃にしかならず、どこまで行っても「コップの中の泥試合」の趣きしかない。 この茶番劇の〝役者〟たちは、さきの東大五月祭で「大学が腐っているとしたら、大学生はどうしたらいいのでしょうか」という子犬たちを前にオダをあげ、朝日転向ジャーナルがそれを忠実に報道している。

さてその同じ五月祭で、死刑廃止の訴えが、約五〇〇名の熱心な聴衆をあつめて行なわれた。講演は免田栄氏。そして死刑廃止の会の菊池さよ子氏の報告があり、いはば昨年11月15日の「死刑NO!東京宣言」集会の続篇、といったものであるが、死刑廃止があちこちで、関心の高まりをみせつつあるという一つの証にほかならなかった。「死刑廃止」は着実に、運動として、各地に広がっている。四国では、愛媛県規模での市民運動のネットワークの中に、死刑廃止の声が浸透し、「ひとのわ21 7・17松山集会」は死刑廃止、監獄法改悪、国家機密法をテーマとしてもたれるという。

九州では、東アジア反日武装戦線の獄中戦士との交通権を要求する共同訴訟とともに、一般刑事死刑囚と共に生き、闘う運動体が自立した力強い活動を展開している。名古屋では、名古屋拘置所の死刑囚処遇をめぐって多様な人々のたたかいが展開されつつある。そして沖縄で、北海道で、死刑廃止は着実な歩みをすすめている。また、「死刑を考える会」が地域、職場で組織され始めている。 この様な今の死刑廃止運動の大きな特質は、第一に、死刑囚の仲間とともに死刑攻撃と闘うなかで、形づくられていることである。

次に、死刑制度廃止という「個別課題」にとどまらず、国家機密法や監獄四法等の司法反動との闘い、更には反原発等の課題を巾広く共有するなかで、闘いはじめられていることである。いまの「殺人社会」そのものを「存置」し増幅させようとする権力支配、それへの根底的な批判をもった、命を守り人を生かす闘いの一環として、それは闘われはじめているのだ。死刑判決、執行、という具体的な死刑攻撃に対して、死刑囚とともに反撃し、死刑囚とともに生き闘かっていく、という事は、79年以降今に至るまでの死刑廃止の闘いの推進力であった。

それは、死刑囚を疎外したままでの「人道主義」を主体とする、運動内部の傾向を批判しつつ、現在の日本国家権力による死刑存置・強化の策動そのものと対決し、対峙しつづけてきたのである。 死刑囚とともに闘うことを忌避し、死刑囚を疎外する死刑反対運動は、市民の死刑囚への偏見に対する迎合と、「反権力色」の排除、―根底でしっかり結びついたこの二つの要素によって、特徴づけられる。

「運動の巾広さ」をえるにはこの二つが必要だと、それは主張しつづけてきた。しかしそのような「巾広さ」によって得られるのは、歯切れが悪く、確信がなく弱々しい運動であり、多様な変革運動と《巾広く》結びつくこともできない。そして権力の攻撃が強まれば強まるほど、分裂と日和見をくり返し解体させられていくものとなるだろう。 

最高裁における死刑判決は、今年前半ですでに五件六名と、昨年一年間の死刑判決の総数に達しており、具体的な死刑強化は更にはげしいものとなっている。このような状況の中で、死刑囚との共闘を忌避し、権力を批判する全ゆる闘いとの結びつきを回避して、そうしなければ結集しない人々を個別「死刑制度反対」のワク内で巾広くあつめる運動に死刑廃止運動が収束していくならば、それは権力の願ってもない事態であるだろう。 

さる6月11日の「よびかけ人総会」で発足した「死刑執行停止連絡会議」は、その様な傾向を多分にもった運動である。死刑囚が一緒では人が集まらない、というのが一部世話人の根づよい観念としてあり、獄中死刑囚へのアピール要請、総会でのその代読は、しつような抵抗をうけた。その世話人の独断専行で混乱した総会の様相は、「死刑囚とともに、権力の死刑攻撃との緊張関係の中で死刑廃止を闘ってきた部分と、そういった状況にかかわらずに制度一般への反対を唱えてきただけの部分との差がはっきりあらわれたものであった」といわれている。 

われわれは、いまの死刑廃止運動の広がりを、この死刑執行停止請願署名と国会上呈の動きに〝収束〟させてしまうのでなく、それらを媒介として更に広汎な闘いのネットワークを組織していくのでなければならないだろう。具体的な闘いの積み重ねが、「数」にも反映され、執行停止の力となっていくのであって「数」の幻想を追い求めるのであってはならない。そしてこの「連絡会議」は、各地、各領域の闘争者から真剣につき上げられ、鍛えられねばならないと思う。

(その2)に続く



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