未熟者武道記

空手徒然。
二つの戈を止める武を核とし、諸諸と調和して溶け込んで。(いけたらいいな)

軽んじる愚、埋没する愚

2016-03-04 19:50:27 | 雑感
今週の少年部は大会をより見応えあるものにすべく『構え』の再考から始まり受け技の練習をしました。単なる体の叩き合いに陥らないようルールを尊重しつつもルールに埋没しない『空手』を見せて欲しいので。

組手≠空手。
ルールでしか動けない者はスポーツマンであり武道家と呼ぶに値しません。

昔私が父の転勤で香川県に越した時、同じ社宅に越してきた同級生がいました。直ぐに仲良くなり少林寺を習っていて茶帯だという事、以前通っていた学校では負け知らずだったという事(本人談)で一目置いていたのですが、事件は突然起こりました。
隣のクラスだったので下校時に教室まで行くと 泣 か さ れ て いるではありませんか( ´༎ຶㅂ༎ຶ`)相手は私が仲裁に入ると逃亡(苦笑)武道してない奴に何負けとんねんと苦笑いしながら聞くと衝撃の言葉が返って来ました。


あいつズルいわ!だって顔殴ってきて目に入ったし!


これには何とも驚いて「いや…殴るやろ普通……」としか言えませんでしたが私の中の強い奴ランキングで彼は一気に最下層へ(笑)総本山へ通っていたのに宗道臣が草葉の陰で泣いておられるのではないかと。

私はあの光景を戒めにしていてたまに子供達には笑い話として話します。確かに技は色々知っていたのですが、約束組手の中での動き。じゃあこれは?と意表を突いた持ち方等をすると「習ってない」とか「知らん」が返ってくる訳です。

これがルールに埋没する事の愚。
組手というのは手段と目的が掏り替わってしまった典型例ですが、ルールの中で空手の動きを如何に出すかを私は教えたいのであります。それが真の意味での身体の使い方だとも思っています。派手な殴り合いを見るだけならキックボクシング観戦の方が有益ですからね。

発展するには原理的なものを常常忘れてはいけないのです。




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