3月4日午後、北海道の北東の地の果て知床半島の東側・・・羅臼・・・羅臼国後展望台(海抜198m)からです。
道路標識。
知床峠を越えて国道334号線を北に向かうとオホーツク海側のウトロ(約30km)、国道335号線で知床半島の付け根の標津まで約50km、知床半島の東岸に沿って北に向かえば相泊で県道87号線の終点(約25km)。
《蛇足》>羅臼・・・ラウシ(アイヌ語で低いところ)。1901年植別村、1930年羅臼村、1961年羅臼町。2004年中標津町と飛び石合併で東知床市にという案は町民の反対で流れた。
森繁久彌が戸川幸夫原作の映画「地の涯てに生きるもの」の撮影で長期ロケを羅臼で行ったのは1960年。
次回はそのとき森繁久彌が作った「知床旅情」についてです。
羅臼港、道の駅、役場、郵便局のある中心街が見えます。港の中にも流氷が入っています。
羅臼の町から少し北に羅臼灯台が。
展望台から知床峠方面を見る。
羅臼の町から少し北に羅臼灯台が。
展望台から知床峠方面を見る。
道路標識。
知床峠を越えて国道334号線を北に向かうとオホーツク海側のウトロ(約30km)、国道335号線で知床半島の付け根の標津まで約50km、知床半島の東岸に沿って北に向かえば相泊で県道87号線の終点(約25km)。
《蛇足》>羅臼・・・ラウシ(アイヌ語で低いところ)。1901年植別村、1930年羅臼村、1961年羅臼町。2004年中標津町と飛び石合併で東知床市にという案は町民の反対で流れた。
森繁久彌が戸川幸夫原作の映画「地の涯てに生きるもの」の撮影で長期ロケを羅臼で行ったのは1960年。
次回はそのとき森繁久彌が作った「知床旅情」についてです。
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