【企業深層研究】HIS(下)
エイチ・アイ・エス(HIS)の創業者、澤田秀雄は“コロナ増資”資金を捻出するために、自分の名前を冠した上場企業を売却した。
モンゴル・ハーン銀行を子会社に持つジャスダック上場の澤田ホールディングスは21年12月14日、臨時株主総会を開き、新体制への移行を決めた。社名を22年1月1日付でHSホールディングス(HD)に変更した。
筆頭株主だった会長の澤田秀雄と社長の上原悦人ら全役員が退任し、新社長には投資会社メタキャピタル(東京・港区)が送り込んだ日本興業銀行(現・みずほ銀行)出身の原田泰成が就任した。
澤田は99年、協立証券(現・エイチ・エス証券)を買収し、金融証券事業に参入。03年、国際入札によってモンゴルのハーン銀行をわずか8億円で買収した。ハーン銀行は首都ウランバートルから遊牧民が暮らす地方まで、モンゴル全土に店舗網を広げ、個人・中小企業などのリテール分野ではモンゴル最大の銀行といわれ、澤田HDの連結売上高の85%、営業利益の90%を稼ぎ出している(21年3月期)。
勢いに乗り、12年、ロシアのソリッド銀行を持ち分法適用会社に。17年、キルギスのキルギスコメルツ銀行を子会社にした。
今回、澤田HDを買収したメタキャピタルは、元ソニー会長の出井伸之が取締役会議長、元財務省理財局次長の小手川大助らが取締役に名を連ねる投資ファンドだ。メタ社は20年2月20日、澤田HDに対しTOB(株式公開買い付け)を実施。208億円を投じ、50.1%を取得して子会社にする計画だった。
澤田と資産管理会社が持ち株会社を全て売り渡せば123億円が手に入る。これがHISの増資を引き受ける原資になるはずだった。だが、TOBは21年7月16日に不成立となるまで343日に及ぶ異例の長期戦となった。モンゴル中央銀行が支配株主の異動について事前の承認を与えない状況が続いたためだ。
ところが事態は急展開する。TOB不成立後、モンゴル中央銀行から事前承認が得られた。メタ社は澤田ら3者との相対取引で株式を取得した。
その結果、21年11月1日付で筆頭株主が異動した。メタ社(名義はウプシロン投資事業)が32.01%を保有する筆頭株主となった。一方、澤田の保有比率は26.81%から12.58%に低下し、第3位の株主に後退した。臨時総会を経て経営陣が入れ替わる素地が出来上がったわけだ。
HSHDの新たなオーナーは社外取締役に就いた服部純市。投資会社メタ社に個人で260億円を拠出している。これが澤田HD買収の“軍資金”となった。
服部純市は世界的時計ブランド・セイコーホールディングスの本家の御曹司。将来のセイコーグループの総帥と目されていた。
ところが、06年11月、グループの製造部門を担うセイコーインスツル(SII)の臨時取締役会で会長の服部純市が解任された。本家の御曹司を追放するクーデターとして話題になった。その彼がHSHDのオーナーとして株式市場のひのき舞台に返り咲いた。
■コロナ増資の資金を捻出
HISはコロナ禍で、主力の海外旅行が壊滅的な打撃を受けた。資金難に陥り、“コロナ増資”に走る。20年10月の第三者割当増資は香港のファンドが引き受け、新株予約権を澤田会長兼社長が引き受ける形で222億円を調達した。
さらに21年11月から年末にかけ3回にわけて第三者割当増資を行い、アジア系投資ファンドが資金を出し、新株予約権は澤田に割り当て、最大215億円を調達した。
21年10月期の連結決算は売上高が20年10月期比72%減の1185億円、最終損益は500億円の赤字(20年10月期は250億円の赤字)だった。最終赤字は2期連続で赤字幅は過去最大だ。新型コロナによる渡航制限や水際対策が強化されたため海外旅行の取り扱いが大幅に減った。不正受給は売上高で20億円、最終損益は3億9500万円のマイナスに作用した。
オミクロン株の第6波が襲い、海外旅行の回復のメドは立たない。子会社2社によるGoToトラベルの給付金不正受給事件が追い打ちをかける。
HISは1月18日、「子会社の役員選びにHISがより積極的に関与する」などとする6項目の再発防止策をまとめ観光庁に提出した。
澤田秀雄は断崖絶壁に立たされた。=敬称略
(有森隆/経済ジャーナリスト)
出処: → ここ
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