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伸ちゃんのブログ

ひたちなか市にある、お寺の住職のブログ
毎朝の境内の一コマと坊主の一言を毎日更新中

勝利をめざして

2008年06月30日 | Weblog
雨は上がっていますが、風が強いです。
昼間は少し晴れるようですね。

昨日はよく降りましたね。夜また雨脚が強くなりましたもんね。
境内の“なつつばき”がまだ花を開く途中で強い雨に振り落とされ
散っていました。植物でもなかなか思ったとおりにはいきませんね。
成長の過程では、それぞれの試練が待ち受けているのは当たり前なんですね。
障害を乗り越えるとは、自分自身を乗り越えることです。

己にうち克って、つねに落ち着いている人の勝利をやぶることは、
神もガンダルーヴァも、悪魔も、梵天もできない。   『法句経』
(ガンダルーヴァ:インド神話の聖獣)

人生の荒波をこえられるように、落ち着いて己に克つ精神。今一番自分に必要なものです。
佛教でいう勝利とは他と競争して得るものでなく、己に打ち克つことで得られるものを言うんですね。
勝利をめざして今日もがんばりましょう!(自分に向って言ってます)



失われないもの

2008年06月29日 | Weblog
朝からあめです。一日降り続くようですね。

昨日は土曜日でしたが、小学校の授業参観でした。私は午後からの三女の参観にいきました。
親子体験学習で紙飛行機作りを一緒にやるというもので、はがきの大きさの紙に切れ込みを入れ、
割りばしを胴体に、ガムテープをおもりにして作りました。
一緒にやってみると、娘の方が要領がいいところがあり、感心させられました。

親と子はいつか逆転していくもんですよね。まだ先でしょうが、知識や体力は追い越されていきます。
追い越されずに済みそうなのは、人徳です。長年積み重ねてきたものは、失われることはありません。
ただこれも努力次第です。「自分さえよければ」という人には、何も残りはしません。

愚か者は名誉・財産を得ても、それは彼のいっさいの道徳を破壊し、
頭(智慧)までも切り落としてしまう     『法句経』

人格ができていない人が名誉・財産を得ようとしても、自分の道徳を失い
結局すべての人格をも失ってしまうということです。
世間を騒がせた人にもそういう人はいましたよね。

人として一番大切なものは、目に見えたり、形ある物ではないんですね。
親と子で一緒に徳を積み上げていけるようであれば、それが最高なんですね。
(そうなりたいっ)

最高の利益は健康

2008年06月28日 | Weblog
快晴の朝です。天気予報は当たってないようです。
このままいけば日中は暑くなりそうです。

今週に入ってから右肩を回すと違和感がでてきました。
大したことはないのですが、診てもらいましたら「五十肩」の初期
ということです。放っておくといきなり強い痛みがでてくるそうで、
マッサージとテーピングをしてもらい、家ではなるべく肩を回すように
言われてきました。安静は逆効果だそうです。一種の老化ともいわれるそうです。
いままで水泳を欠かしてませんでしたが、半年以上お休みしてましたので、また
行こうかなとおもいます。体を動かすことは、いくつになっても必要ですね。

最高の利益は健康である。最高の財産は充実感である。
最高の親類は信頼できる人である。最高の幸福は涅槃である。
                           『法句経』
まず、心身ともに健康なのが最高の利益ですよね。それを保てるかどうか、
あとは自己責任です。こころを清らかにして涅槃(悟り)をめざす。
なすべきことははっきり分かっているんですが、あとは実行あるのみ!

自分で体を管理し、心を清らかにする。人生の最後の最後までこれしかないです。
一日一日これを実践していけばいいんですね。
今日も皆さん頑張っていきましょう!


“自分をととのえる”

2008年06月27日 | Weblog
雨上がりの朝、雲のあいまからほんのちょっと青空
が見えます。昼間は晴れるようですね。

あっという間にまた週末です。充実しているせいか、ただ単に時間に追われているだけなのか…。
ただいま、いろんな締切を抱えているので余計そうなのかもしれません。
でも、坊主がこんな生活でいいのかっ?とも思います。
瞑想で一日が終わるという生活はくるのでしょうか?そんな一日を送れるように少しずつ準備をしていきたいです。

まず自分を正しくととのえ、ついで他人を教えなさい
そのようにする賢明な人は、煩(わずら)わされて悩むことがない。
あなたが他人を教えるとおりに、自分でも行いなさい。
自分をよくととのえた人こそ、他人をととのえる。
自分を制することはとても難しい。      『法句経』

他人の過失ばかりを問い詰めたり、批判するより、まず自分の責任をきちんと果たす。
自分をよく観なさいということです。
とてもズシリと重いお釈迦様のお言葉です(私にとって)。
自分をととのえることは、佛教の目標です。普段のおこないから気をつけないといけません。
親として、社会人として、きちんと責任をもって自分の役割をすればいいんです。
まず、“自分をととのえる”! 皆さん今日もがんばっていきましょう!

“怠ることなく”

2008年06月26日 | Weblog
細かい雨が時々降ってます。風も多少ある肌寒い朝です。
梅雨寒という感じです。

今、毎年夏に発行している寺の時報の作成をやってます。
昨年まで編集、校正を印刷会社に頼んでましたが、今年はマイクロソフトのパブリッシャーというソフトを購入し、
自分でつくってます。印刷だけ業者にお願いするのですが、記事を書いたり、写真をはりつけたり、
表を入れたりと、慣れない作業で多少お疲れです。締切はもうじきなんで多少あせってます。
今まで時報に関しては住職に任せていましたので、記事を書くことはあっても、トータルでの作業はやってませんでした。
「とうとう自分にまわってきたか」、という感じです。
しかし、年一度とはいえ記録を残すということはとても大切なことです。
昔はもっと作業が大変だったでしょうから、今まで続けてきた住職には頭がさがります。
ちなみに今年で42号になるんです。41年間よく続けられたな~と感心します。

仏道修行も続けていくことに意味があります。あきらめないことが一番大切なんですね。

『もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい』       大パリニッバーナ経


お釈迦様の最後の言葉です。無常を身をもって知るまで“怠ることなく”修行を続けていくのです。
何事も続けていくことが一番効果を発揮します。あきらめずに、くじけることなく続ける。“怠ることなく”精進していく。
大切なことですね。今回も自分にいいきかせてます。

幸せになりたい

2008年06月25日 | Weblog
うす曇りでちょっと涼しい朝ですね。今日は雨は降らないようです。

昨日は朝から近所で起きた強盗事件の影響で地元小・中学校は一日
振り回され、校庭や体育館にも行けず教室にこもっていたそうです。
しかも、昨日は暑かったので子供たちも大変だったようです。(せっかくのプール日和)
急きょ、一斉下校となり、私も途中まで迎えに行きました。
県内の荒川沖の事件や秋葉原のこともありましたので、地域に関係なく事件は起こりえるのは、
もう誰でも認識しているところまで来ています。怖いですね。

みずからが幸せになろうと思って、そのために幸せを求めている他人に暴力でもって害するならば、
その人は幸せを得られない。             『法句経』

誰もが不幸になりたいなんて思いません。幸せになりたいです。
「私のために、あなたは犠牲になって」というのは結局幸せにはなりません。
かえって不幸になります。悪因悪果は法則です。
道徳から外れては社会では幸せに生きてはいけません。
その道徳を教えているのが佛教です。正しい生き方をするのは難しいかもしれません。
しかし、失敗しても、過ちをおかしても、それ以上に善をおこない社会で暮らしていく。
その努力をしていくのが、私たちの課題なんですよね。
それを伝えているのが佛教なんです。


仮の宿り

2008年06月24日 | Weblog
くもり空でまだ涼しいですが、昼間は暑くなるようですね。

昨日も静岡あたりではひどい雨が降ったようですね。九州もひどかったですもんね。
ここ茨城はそういう点で災害が少ないところですね。
気候も極端なものはないですし、地元の方からも「住んではいいところだ」とよく聞きます。
生まれ育ったところはやはりいい所です。誰においても自分の故郷は思い入れがありますから、特別な場所ですよね。
ですから故郷で何かあるととても動揺してしまいます。

『浮世は仮の宿り』という文はなぜか私の心に妙にむかしから引っかかっています。多分高校の古文(苦手な教科)で教わったと思いますが、「どうせこの世は仮の宿り」という言葉はいろんなつらい時に、ふと心にうかびあがり、自分を助けてくれました。
よ~く調べてみると新古今集で西行法師と遊女の有名なやり取りから出た言葉がのちに観阿弥の謡曲・江口につかわれたものなんだそうで、仏教の思想を取り入れたものだったんですね。知りませんでしたが、嫌いな古文でこの言葉だけはなぜかずーと記憶にあったんですね。不思議。

ですから、今は寺に住んではいますが、終の棲家(ついのすみか)とは思はないようにしています。
岩手で生まれ東京で学生生活をし、強烈な修行の場があり、今は茨城。いつも自分は流れていくもので、場所に執着しないようにしています。
いろんなところで災害があります。自分の故郷じゃないから関係ないや、という感覚にはなりません。「仮の宿り」という感覚が逆にどこにおいても同じように大切な場所なんだと思わせてくれるのかもしれません。
学校の勉強って大切ですね~。嫌いな教科でも自分に引っかかるものがちょっとでもあれば、それが人生に影響しちゃうんですから。
嫌いな古文でしたが、先生の顔はいまだによく覚えてるんですよね。
ほんと不思議。

今なすべきこと

2008年06月23日 | Weblog
雨上がりの朝です。昨晩は結構降りましたね。
今日は曇りのようですね。

今週で6月もほぼ終わりなんですね。一年の半分が終了してしまいます。
歳をとるにつれ一年が早く感じるといいますが、本当ですね。
これから8月まではお盆の準備に追われ、お彼岸、秋のチャリティーコンサート、
11月の住職交代式、12月の冬至の縁日…という感じで、一気に流れちゃうんですよ。
しかも、一つひとつが予定通りうまくいくとは限らないので、気をつけて取り組まないといけません。
また、急にいろんな出来事がこの間に入っちゃうのは常です。本当に何があるかわからないのが人生。
その場その場で落ち着いて対処できるように、気力と体力を維持しておくのが一番大事かもしれません。

なすべきことを、なおざりにし、なすべからざることをなす。
遊びたわむれ放逸[ほういつ]な(今の瞬間に気がつかない)者には、
煩悩が増大する。                 『法句経』

今、この瞬間なすべきことをだけを、きちんとやればいい、過去を振り返ったり先のことを心配せず、
そのときそのときになすべきことを、ただやるだけ。
今なすべきことに意識をむけることが大切なんですね。
ちょっと先のことまで考えすぎてしまいましたが、“今なすべきこと”だけに集中し、気力・体力でただやるだけ!!
頑張ります!

雨に思う

2008年06月22日 | Weblog
やっぱり雨ですね。空梅雨ぎみでしたので農作物のためには
いいんでしょうね。

昨晩BS1チャンネルでアフリカ・ザンビアの様子をまとめた番組が放映されていました。
干ばつと洪水、エイズにより両親を失い祖母と暮らす子ども達が貧困と食糧難にひんしている画面が続いていました。
日本の国益に直接関係しない国々はなかなか番組として取り上げられることはないので私達も知る機会がないのでしょうが、
同じ地球で暮らしていて、「こんなに格差があっていいのか」と思わず感じてしまいます。

朝からふる雨ですが、適度な雨は生き物を育て、過度な雨は生き物を苦しめてしまうんですね。いろいろ考えてしまいます。
“生きとし生けるものが幸せでありますように”と願うばかりです。

“普通”に感謝

2008年06月21日 | Weblog
今は雨は降ってませんが、今日明日は梅雨そのものみたいですね。

木曜日は下校児童の見守りをしていましたが、昨晩はPTAで行っている週末夜間パトロール
で、夜11時から地元小学校をパトロールしてきました。(今週はたまたま重なりました)
昨晩は5名のお父さん方と校舎・体育館周辺・校庭を懐中電灯片手にまわりました。
一昨年の四月に二週連続で窓ガラスを割られるという出来事があり、その時から続いています。
その後も周辺の学校では被害がありましたが、私達の小学校では何事もなく済んでいます。

11時に学校へいくのは夜寝るのがはやい私にはつらいものがありますが、何せ私がPTA会長の時から
始めたのでそうもいっていられません。しかし、普段話をする機会のないお父さん方と知り合え、
いろんな話ができるのがこのパトロールのいいところです。
誰でも週末まえの金曜日の夜中ににわざわざ学校にいくのは大変ですが、「普段学校行事にいけないので…。」と言ってパトロールをしてくれる有志のお父さんには本当に頭が下がります。
誰もが寝静まろうとしている夜に学校を守るのは、すべて昼間学校に居る子ども達のためです。
しかしこの活動は昼間学校にいる児童の目には触れることはありません。影で支えている、地道な活動です。

とくべつ何かの見返りがあるわけではありません。ただ子ども達が普通に学校生活が出来ればそれでいいのです。
今のところ願いどおりになっています。昼間の学校を夜のお父さん達のパトロールがささえてます。

普通に生活できるということは、陰ながら支えてくれる、目には触れることのない多くの人がいるからなんですね。
普通に過ごせることにあらためて感謝の気持ちを思い出させてもらいました。