
節分なので豆まきをした。
大豆を焙烙鍋(*)で炒って撒いたのはもうかなり昔のことで最近はこの袋入りでお茶を濁している。
畳敷きの和室といえども撒いた大豆を拾い集めて口にするなど非衛生的で・・・
ということではない。
拾い集めるのがメンドクサイからというのが一番の理由

付き合ってくれたのは末娘だけ。
あとの二人は外出中。
私もすぐに出勤するのでサッサと撒いてサッサと拾い集めた。
はたしてこれでわが家の鬼が出て行ったかどうかは疑問だが、○×殿に角が生えないようにセッセと働くしかないだろう。
末娘の言うのには「大学の仲間は誰も福茶を知らないって!?」
そういえば、他の娘達もそんなことを言っていたような・・・
福茶の習慣はもう珍しい存在なのだろうか?
もっとも、この袋入りの炒り大豆ではあの香ばしさは望むべくもないのだが・・・
*:ホウロク鍋
本来は素焼きのフライパンのような形の土鍋でほうじ茶を作ったり、銀杏を焼いたりする鍋のこと。
わが家には囲炉裏に掛けられるツル付でフライパンのように平べったい鉄鍋があった。
節分の大豆もこれで炒ったのだが、その他では自家製の落花生やゴマなどもこのホウロク鍋の出番だった。
しかし、ギンナンは焼いたことが無い。
ギンナンは強すぎるといって食べる習慣がなかったのだ。
はたしてなにが強すぎるのか未だに疑問ではあるのだが・・・