トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

忍びについて

2006-04-17 21:07:07 | 読書/日本史

 忍者が日本史に初めて登場するのは7世紀初めの頃らしい。古い記録では「細人」と書いて「シヌビ」と読ませる言葉が見えるが、これが忍者を留めたものとしては最も古い。
 「細人」とはもちろん痩せた人の意味ではなく、狭いところでも入っていける人、細いところでも通れる人ということなので、後の隠密、現代のスパイに当たる。彼らを大いに活用したのが聖徳太子だった。彼は今風に言えば情報工作員をフルに使い、政敵との抗争に勝ち抜いた情報政治の元祖なのだ。

  聖徳太子が忍者を活用した訳は、当時宮廷では蘇我、物部両氏が絶対な権力を持っており、特に前者の勢力は天皇家を凌駕するほど強大なものだった。推古女帝 の摂政としての太子の立場は微妙であり、敵の物部氏ばかりでなく妻の実家である蘇我氏の動きも、「細人」を使って油断なく調べていた。面白いことにこの 「細人」たちのほとんどが皆物部姓を名乗っている。樋口清之 氏は主流派の蘇我氏に抵抗する意味を込めて物部姓を名乗ったのだろうと推測している。要するに忍者は権力者に利用されるままに働くが、決して永久にご奉公などしない連中で、任務が終わればおのおの自由な立場に戻る、いわばアウトローな存在だった。

 後年「細人」が定住した伊賀の国は歴代無主といって律令制後も国主がおらず、「伊賀守」が存在しない忍者たちの自治国家だった。忍者を使った日本史上の英雄に源義経も いる。彼の配下の伊勢平九郎は伊賀出身の忍者だった。さらに南北朝時代の楠木正成も忍者の系統ではなかったか、と樋口氏は考察する。彼の家と忍者の百地三 太夫(一人の固有名詞ではなく、世襲名)家との間に歴代婚姻関係があるが、忍者は忍者以外の家とは絶対通婚しないものなのだ。
 楠木正成といえば 後醍醐天皇に忠誠を誓い、終生天皇家に尽くした忠臣として知られるが、彼の子の正儀などははっきり北朝に組していた。実際には楠木家の主流は北朝につき、 一部が南朝に残ったのが正成以降の真相であり、楠木氏一族全てが南朝の大忠臣だったのではない。だが、忍者の家柄なら北朝、南朝に仕えても不思議はないの だ。

 戦国時代になると忍者の需要は爆発的に増加し、武田、上杉、北条ら群雄は競って忍者を多数雇い入れている。徳川家康も伊賀の服部半蔵のお陰で明智光秀の謀反の際、無事に故国に帰還できたのだ。以降、半蔵は幕府御用忍者として重宝される。
 権力者と忍者は極めて密接に結びついていたが、江戸時代で太平の世となると彼らの存在は稀薄となっていった。御庭番の名で江戸城警備の警察官になったり、隠密として諸藩の実態調査を行うようになる。

 忍者たちは表芸というものを持っていた。表芸とは世を忍ぶ仮の姿であり、大道芸人、香具師、猿廻しなど皆忍者の仮の姿だった。日本の芸術史上の巨人である観阿弥、世阿弥、松尾芭蕉もやはり忍者だったようだ。
  観阿弥は能を大成させた偉大な芸術家であり、北山文化の指導者でもあったが、一方将軍義光の情報担当も行っていた。彼は猿楽師として諸国を自由に通行でき る特権を利用し、諸大名の動きを調べたり将軍の意思を彼らに伝えたりもしている。息子の世阿弥も将軍の元で同じような任務についていたのは間違いない。
 芭蕉も彼の家は父の代までは柘植(つげ)の出身で歴代連歌で聞こえた名家だったが、連歌師も実は情報屋として第一級の存在である。芭蕉は旅行記を多く残しているが、行っているのはほとんど外様大名の領国で、生活費も何処から出ているのかよく分からない。

 忍者といえば子供の頃見たアニメ『サスケ』を思い出すが、彼らは戦争ばかりでなく文化芸術にも才能を発揮したようだ。今の日本には、このような忍びの者が大いに必要とされていると思う。

■参考:『はだかの日本史』樋口清之 著、主婦の友社

よろしかったら、クリックお願いします。



最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
灰と隣り合わせの冒険者 (Mars)
2006-04-17 23:59:27
こんばんは、mugiさん。



戦や商売、スポーツに限らず、正しい情報こそ、勝利の秘訣ですね。また、恋愛に限らず、希望的観測や願望的な現実視こそ重要でしょう。私のような愚鈍な見方でなく、時に人情味を廃するmugiさんの姿勢こそ、見習うべきでしょうね。



私が少し気になりましたのは、

>任務が終わればおのおの自由な立場に戻る

という記述です。果たして、緊張の連続をしいる、非現実の世界を経験して、自由な世界に戻ることは可能なのでしょうか?これは私は経験したことがないので分かりませんが、戦争などの特殊な経験をした者が元の生活になかなか馴染めないと聞きます。戦争でなくても、悲惨な犯罪でもそうですが。実際のところ、どうなんでしょうね?



某ゲームでは、忍者は主君の命を冷酷に実行する殺人マシーンだそうです。そして、魔法は使えないですが、防御力も高く、一撃必殺(クリティカル)も あります(クリティカルが決まると、首を刎ねられ、死亡します)。ハイ○ンダーではないですが、やはり、西洋人から見る日本人は、同じ日本人から見るよりも奇異かもしれません。

(侍は攻撃魔法も使えますが、盾が装備できません。しかし、最強の武器(?)妖刀ムラサマブレード(村正の誤植にあらず!)詳細は、こちらhttp://check-it.org/dic/wizardry/contents/6m.htmlを。)



これから、私は少し迷宮に潜ります。

(今回のコメントは、削除されても結構です。)

返信する
帰還兵 (mugi)
2006-04-18 21:23:18
こんばんは、Marsさん。



>時に人情味を廃するmugiさんの姿勢こそ、見習うべきでしょうね。

またしても、買い被り過ぎですよ(笑)。燈台もと暗しは凡人の常。



樋口氏の言う「おのおの自由な立場に戻る」とは、忍者は終身雇用ではないので一定雇用期間が過ぎれば、また雇い主を変えるか表芸で食べていく生活に戻ったのでしょう。

第一次、第二次、ベトナム戦争の帰還兵は精神を病む者が少なくなかったと聞いてますが、極度に緊張を強いられる生活は体験した者でなければ、想像がつきにくいと思います。



>やはり、西洋人から見る日本人は、同じ日本人から見るよりも奇異かもしれません。

異教徒の異人種を対等の人間として見ないからだと思います。それは中華思想の中国、朝鮮人も変わりません。



それにしてもゲームの世界では、最強の武器が妖刀ムラサマブレードとなってるのですか。Mifuneというモンスターもいました。
返信する