トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

スヌーピーに見るアメリカ

2015-03-31 21:10:15 | 漫画

 その可愛らしさで、スヌーピーは日本でも人気のあるアメリカの漫画キャラクターであり、子供の頃にスヌーピーグッズを持っていた人も多いだろう。私も中学・高校時代にはスヌーピーの絵柄のハンカチや布製のバックを持って、通学したのものだった。スヌーピーが登場する『ピーナッツ』シリーズの第34巻「おうちが火事だ!!スヌーピー」(原題:Your House On Fire!! SNOOPY) はその頃買ったし、今でも私の本棚に収まっている。
 当時は原作を見てもつまらなかったし、いま読み返しても特に楽しめる漫画ではない。それでもこの作品に描かれているアメリカ社会は興味深い。巻末にはCopyrigh 1965,1966 とあるので、「おうちが火事だ!!」はその少し前に描かれたのだろうか。

 愛くるしい犬の印象が強すぎて、『ピーナッツ』シリーズの主人公をスヌーピーと思っている日本人もいるだろうが、主人公はその飼い主の少年チャーリー・ブラウンなのだ。私も原作の漫画を見て、はじめてチャーリー・ブラウンが主人公なのを知った。そしてチャーリー・ブラウンや周囲の子供たちの会話が全く子供らしくない。
 それもそのはずで、『ピーナッツ』は元から大人向きに描かれた漫画だったのだ。「おうちが火事だ」を翻訳した谷川俊太郎がはじめに作者チャールズ・M・シュルツのこんな言葉を紹介している。
子供って皆独り善がりで、動物的なものじゃないのかな。そして子供は大人の戯画じゃないのかな?

 アメコミと云うと、私にはスーパーマン超人ハルクのような筋肉型ヒーローのイメージが強く、日本の劇画に比べあまりにも単純で敬遠していた。しかし、チャーリー・ブラウンはこれらの主人公とは対照的なアンチヒーロー。元から大人向けの漫画だし、キャラクターの子供たちは大人の戯画なのだ。だから筋肉を異様に誇張するヒーローは必要ない。「何をやってもダメな少年」で構わないのだ。
「何をやってもダメな少年」と形容されるチャーリー・ブラウンだが、野球チームのキャプテンでもある。その辺は流石アメリカだし、漫画には野球ネタがよく出てくる。押しが弱くお人好しで、女の子から馬鹿にされることもしばしばのチャーリー・ブラウン。

 競争社会で自己主張の強さを尊ぶアメリカだが、“勝ち組”はアメリカ社会でもごく一部だし、チャーリー・ブラウンのようなタイプがむしろ多いのかもしれない。未成年の頃にはチャーリー・ブラウンの不甲斐なさに苛立ち、彼の親友ライナスを好ましく思ったが、もしかすると前者は平均アメリカ人の戯画かもしれない。昔のアメリカの新聞漫画『ブロンディ』の夫も“ダメ亭主”の設定だった。
 一方、『ピーナッツ』に登場する女の子は総じて勝気。特にルーシーはガミガミ屋、毒舌を吐いてはチャーリー・ブラウンをイジメ、弟ライナスを殴ることもある。一転して憧れのシュローダーにはデレデレ、彼との結婚を夢見ては語り、シュローダーにますます疎まれる。

『ピーナッツ』はアニメ化もされており、NHKで米国版アニメを放送していたこともある。そして邦題にはスヌーピーの名が付いていた。チャーリー・ブラウンの妹サリーはお転婆だが、学校嫌いと言ってはばからず、授業で学ぶ内容に疑問を感じている。確かアニメ版だったと思うが、サリーは学校に行く理由を兄にこう訊ねていた。
私はお嫁さんになりたいのよ。お嫁さんになりたいだけのに、どうして学校に行かなくちゃならないの?」

 つまり、女の子の夢は“お嫁さん”が絶対であり、ガミガミ屋で一見女権主義者に見えるルーシーも全く同じなのだ。アメリカも女の子は結婚したら家庭に入るのが当たり前、結婚してようやく一人前の女性として認められる社会だったということ。『ピーナッツ』連載開始は1950年10月、戦前の漫画ではない。

「おうちが火事だ」にも印象的なシーンがある。母の日に野球をしていたチャーリー・ブラウンのチームメンバーが、それに気付き呵責を覚える。そしてメンバーは母への想いを口にする。
「ママにベッドで朝ご飯をあげるために、家にいるべきだわ」
「うちのママは何時も優しいのよ」
「お店に行く度にお土産を買ってきてくれる」
「夜寝る時には何時も歌を歌ってくれるわ」

 これらの台詞から比較的恵まれた中産階級の家庭だろうが、共働きが当たり前の現代アメリカの家庭ではどうなっているのだろう?50~60年代と異なり、片親家庭さえ珍しくないご時世なのだ。私が見た『ピーナッツ』はごく一部で、連載後半となればストーリーは違っているだろうが、少なくとも60年代までの女性像はこうだったのだ。
 漫画は時代を反映する作品でもある。『ピーナッツ』はアメリカの“古き良き時代”を描いた漫画なのだ。今のアメリカで女の子が、私はお嫁さんになりたいだけ…とは言い難いのかもしれない。

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4 コメント

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「四月は君の嘘」 (madi)
2015-08-07 02:27:06
2013年の講談社漫画賞少年部門受賞作品です。音楽をこころざす少年少女とそのまわりのひとびとの15歳の1年間を描いています。アニメ化され、ハイライトシーンはyou tubeでもみることができます。この作品のヒロインはここぞというところでピーナツからの引用をやります。「いちご同盟」のオマージュ的作品です。mugiさんなら主人公の母親や指導者のほうに感情移入されるかもしれません。
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Re:「四月は君の嘘」 (mugi)
2015-08-07 21:35:53
>madiさん、

 劇画を含め漫画は本当にご無沙汰しており、「四月は君の嘘」はもとより「いちご同盟」も初耳です。日本の漫画にもピーナツが引用されていましたか。
「四月~」は未見なので何とも言えませんが、仰る通り私の年代ならば主人公の母親や指導者のほうに感情移入するかもしれません。
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あらすじと「ピーナツ」へのオマージュ (madi)
2015-08-10 00:26:45
「四月は君の嘘」は全体としては三田誠弘「いちご同盟」のオマージュになっています。「いちご同盟」は中学校の国語教科書に採用されています。映画化されて岡本綾の出世作になりました。

 よみかえすとピーナッツの影響はかなりあります。 おとながあまりでないところ、「四月は君の嘘」のヒロインのヒーローに対する暴虐さ(ギャグタッチなのでいくらヒーローがけがしても次のこまではなおっていますが)はルーシーとチャーリー・ブラウンからかもしれません。

 かつて指導者であった母から厳しい指導を受け、正確無比な演奏で数々のピアノコンクールで優勝し、「ヒューマンメトロノーム」とも揶揄された神童有馬公生は、母の死をきっかけに、ピアノの音が聞こえなくなり、コンクールからも遠ざかってしまう。

 それから3年後の4月。14歳になった公生は幼なじみの澤部椿を通じ、満開の桜の下で同い年のヴァイオリニスト・宮園かをりと知り合う。ヴァイオリンコンクールでかをりの圧倒的かつ個性的な演奏を聞き、母の死以来、モノトーンに見えていた公生の世界がカラフルに色付き始める。

かをりは、好意を寄せる渡亮太との仲を椿に取り持ってもらい、渡と椿の幼なじみのである公生とも行動を共にするようになる。公生はかをりに好意を抱くようになるが、親友である渡に気を遣って想いを伝えない。椿は公生のかをりへの恋心に気付き、また自身に芽生えた公生への恋心にも気付き苦悩する。かをりは、公生のことを友人Aと呼び、ぞんざいに扱いつつも、自分の伴奏を命じるなど、公生を再び音楽の世界に連れ戻そうとする。た、かつて公生の演奏に衝撃を受けピアニストを目指すようになったライバルの相座武士や井川絵見にも背中を押され、公生は再び音楽の道に戻っていく。

これで半分くらいです。

ピーナツからの引用

気が滅入っている時はほおづえをつくといい 腕は役に立つのが嬉しいんだ


ぼくがいつもそばにいて助けてあげられるとは限らないんだよ 

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Re:あらすじと「ピーナツ」へのオマージュ (mugi)
2015-08-10 21:20:25
>madiさん、

「四月は君の嘘」のあらすじの紹介、有難うございました。wikiにも「四月は君の嘘」が載っていました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E6%9C%88%E3%81%AF%E5%90%9B%E3%81%AE%E5%98%98

 中学生のピアニストとヴァイオリニストが互いの才能に共鳴し合い、成長する姿を描いた漫画というのも面白いですね。尤も最近の漫画は多彩だし、拙ブログの「この記事を見た人はこんな記事も見ています」には、「夢の雫、黄金の鳥籠」の感想を書いたブログ記事があったのは驚きました。スレイマン大帝の皇后になったヒュッレムを主人公にした漫画まであった‼

 それにしても、madiさんの読書量には改めて感心させられます。文学、ノンフィクションばかりか漫画…ジャンルが豊富でスゴイ。
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