トーキング・マイノリティ

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日本人とブランド その①

2008-04-17 21:24:42 | 読書/ノンフィクション
 日本人のブランド熱愛はほとんど重病に近いものがある。中高年や若いご婦人ばかりか、最近では中学生くらいの小娘まで喜々として海外ブランド品を身につけ、街を闊歩する様は異様にも感じられる。この日本人の強烈なブランド志向を多角的な視点で描いた本が、『ブランドビジネス』(三田村蕗子著、平凡社新書)。この本から海外ブランドのメディア戦略や日本人の資質も浮かび上がってくる。

 私の高校時代の古典の教科書に、「唐のものは」という『徒然草』の一章が載っていた。吉田兼好は唐のもの、つまり中国渡来品を非常にありがたがる風潮を批判している。時代は下り、江戸っ子たちも人気歌舞伎役者や有名人、美女の誉れ高い女性を広告に起用した着物や帯、化粧品、煎餅にまで群がっていたそうだ。「誰もが知る有名人のネームバリューに日本人が弱いのは、今も昔も同じようだ」と三田村氏も指摘する。明治時代になり、これまでの唐物から一転して欧米ブランドに嗜好が変化したに過ぎない。戦前まで華族や大地主、資本家に限られていた欧米ブランドが、庶民の手に届くようになるのは戦後、高度成長時代に入ってからである。

 ブランドに関心が薄い方でも、ルイ・ヴィトンの名くらいはご存知だろう。ブランドは様々あるが、日本市場ではルイ・ヴィトンは一人勝ちの状態となっており、もはや“お化けブランド”と化している。公式発表では2003年のヴィトンの売り上げは1日当たり約4億1千万円、年間を通じ1,500億円。ヴィトンの日本での売り上げは世界の三分の一を占め、この20年間、日本で売れたヴィトン製品は1兆円以上と言う。並行輸入品や日本人が海外で購入したヴィトン製品の売上を加算した「日本人マーケット」が、全体に占める割合は6~7割とも見られる。この数値に誇張があるとしても、街にヴィトンのバックを持つ女性が氾濫するのも頷ける。

 いかに日本人がブランド好きでも、日本市場でこれだけ成功を収めているのは唯一ヴィトンだけである。2位のエルメスの売上はヴィトンの半分以下に過ぎず、差は開くばかり。このブランドは靴や服、時計なども扱っているが、売上の大半はバックが支え、バックだけでこれだけの売上を上げる企業は日本はもちろん、世界中にも例がない。1日でヴィトンのバックが4億円も売れる国、ニッポン。まるでジョークのようだが、仙台のような地方都市でもブランド品出店ラッシュが相次ぎ、この傾向は暫らく衰えそうもない。

 ヴィトンも十年前までは、シャネルやグッチのような他の名立たるブランドと売上は同程度だったそうだ。それを変えたのは小売業の鉄則を守ったことと巧みで大々的なマーケティング戦略だった。売っているモノこそ違うが、方向性はセブン・イレブンと同じだと著書は言う。高級品を扱う店はともすれば少ない買い物しかしない個人客を見下しがちだが、表面上個人客を大事にし、言葉以外に行動で示す。そしてアフターケアも強化する。「丈夫だからこそ、より積極的に修理を受け付ける」と、より長く使ってもらうサービスも提供。こうして固定ファンを育成した。長持ちさせるよりも買換え需要を煽った方が売上に繋がる、新品を買わせる方が数字に直結するといい、すぐ壊れたり弱る製品を送り続けた日本のメーカーとは対極の考え、と三田村氏は指摘する。

 マーケティング戦略も興味深い。日本とフランスのファッション誌を比較研究、論文にした人物がおり、対象をヴィトンに絞った。フランスのモード誌がヴィトン単独の特集は組まず、他のブランドも紹介する総合的な取り組みをするのに対し、日本の場合はヴィトンを単独特集で強調する傾向が見られたという。フランスのモード記事は大衆化を暗示的に防いでおり、購買層を選別するようだ。対照的に「やっぱりナンバーワン!好きです、ヴィトン」「モノグラムに失敗はない、どんな服にも合う」などの特集が氾濫するのが日本。こうしてヴィトンの購買を読者に迫り、記事を使い「今すぐ買わなければ…」と購買意欲を駆り立てる構成。

 ルイ・ヴィトンジャパンの秦郷次郎社長はヴィトンがこれほど売れる背景を、インタビューでこう語っている。
ヴィトンは自分自身の生活が充実し、皆と同じレベルで豊かであると感じるために必要な商品なんだと、私は捉えています。ヴィトンは今や持てば上流階級というのではなく、持たないと豊かなマジョリティ層から外れてしまうという、一種の強迫観念を持つ商品になっているんじゃないですか。それがないと自分が取り残されてしまうという強迫観念に近いものが、消費者にはあるような気がする…

 秦社長がインタビューの短い間に“強迫観念”の言葉を2度も使ったのは実に意味深だ。メディア戦略で強迫観念を徹底的に植え付けたのがヴィトンであり、これに見事に応えたのがヴィトンファン。顧客を“消費者”と呼んでいたのも、実にシビアな観点だ。
その②に続く

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