トーキング・マイノリティ

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エリザベス:ゴールデン・エイジ 07/英=仏 シェカール・カプール監督

2008-02-19 21:21:07 | 映画
 1998年製作映画『エリザベス』の、同じ監督・主演による続編。女王の座に就くまでの若い頃を描いた前作から、統治して久しい1585年からこの作品は幕が開ける。エリザベス1世がイギリスばかりか、世界史上最も優れた君主の一人であることは、英国嫌いの私でも認める。男の王様でも一代でこれだけの偉業を達成した人物はあまりいない。

 映画の冒頭、当時の欧州一の大国スペインに対抗したのは、プロテスタントの国イギリスだけだったというクレジットが出る。細かいことを言えばオランダも独立戦争を戦っていたが、独立国家イギリスとは様相が異なる。映画には触れられなかったが、イギリスは新教徒のオランダを支援していた。
  ただ、このクレジットを見てふと私は思った。もし、イギリス国王が男なら、当時の超大国スペインにあれ程まで対抗したのだろうか。16世紀後半のイギリス は大英帝国どころか、まだ貧しい欧州の3等国家に過ぎなかったのだ。一緒に映画を見た友人に、鑑賞後この疑問をぶつけてみた。友人いわく「いざとなれば女 の方が度胸が据わっているのかもしれない、男の王様ならスペインにご機嫌伺いに行ったかも。何処かの国の首相みたいに」。

 エリザベスは生涯独身で処女王と謳われるも(現代英国人にも生涯処女だったと信じている者一部あり)、実際は複数の愛人がいたのは英国史に詳しくない人でも知っている。前作ではレスター伯ロバート・ダドリーが恋人として登場したが、今回はウォルター・ローリー卿。 優雅で洗練された貴族が集う宮廷人ばかり見ていたエリザベスも、新世界から戻ったばかりの冒険家に心引かれるのも無理もない。並外れた自制心を持つエリザ ベスも生身の女だ。しかし、内憂外患状態にある国の女王としては、自分の分身のような侍女ベスを近づけるより他ない。女王と違い自由な立場にあるベスもま た、ローリーに惹かれていく…

 真義は不明だが、ローリーにまつわる話がある。エリザベスがかなり派手なドレスを着けるが、スカートの部 分の前の方が全部開くというもの。それを次々開いていくと中が見え、ローリーの前に立ちそれを見せびらかしたという。当然ローリーは大いに弱ったのだが、 性に開放的な現代の男性でも、こんなことをされたら面食らう。19歳も年長の年増女ならやりかねないイタズラだ。アメリカ史研究の第一人者、故中屋健一教 授によれば、女王の愛人たちは全てタバコの名前になって残っているそうだ。ローリーも刻みタバコの名に使われたとか。

 とうに適齢期を過 ぎても、女王であるエリザベスの元には縁組があふれるほどだった。この映画にも求婚者が宮廷に引けも切らず押し寄せ、彼女の美貌と賢明さを讃える。己の結 婚をも外交手段に使っていたのだから、大したものだ。求婚を断る際の台詞、「私は既に国家と結婚しておりますので…」は世界史上の名文句。
 冷徹なエリザベスも、信頼していたベスがローリーと極秘結婚、妊娠したのを知った時の荒れよう。侍女を平手打ちし、あばずれ、雌犬と罵り怒り狂う。自分が望んでも出来ないことがやれる女の嫉妬丸出しだが、君主の孤独は特に女には辛いものがある。

 来るべきスペインとの戦いを心痛するエリザベスが描かれているのもよい。現代なら無敵艦隊の 実体は分かっているが、あの時代、戦力の差はあまりに大きいと誰もが思っていたはずだ。占星術師の助言がまた面白い。「嵐を前にして、人の対応は様々あり ます。恐怖ですくむ者、隠れる者、逃げる者、鷲のように翼を広げ、風に乗る者…」。エリザベスは一番最後の嵐を逆に活用し、黄金時代を迎え入れた者だっ た。

 この映画の山場は何といっても、アルマダの海戦だ ろう。私もこれがスクリーンで再現されるので、映画館に行ったのだ。しかし、この有名な海戦シーンは期待外れだった。描かれる時間も短く、期待した派手な 戦闘場面も殆どない。白兵戦で斬り込む型の戦でなかったこともあるが、カレー沖の海戦での火船攻撃ももっと時間をかければ、迫力も違ってきたはずだ。実質 的な指揮官キャプテン・ドレークはせいぜいワンシーンくらいしか登場せず、もっぱらローリーばかり映されていたのも面白くない。

「敵を制し、愛を制し、国を制した女王の物語」「敵は、外にも中にも―そして私の心にも」…以上はチラシにあったコピー。エリザベス役のケイト・ブランシェットがはまり役。豪華な衣装も実に見ごたえがあり、アメリカ人監督ならあのような演出はまず不可能だろう。監督のシェーカル・カプールはインド人だが、インド人も史劇を撮らせると見事な作品を作る。私は彼の以前の作品「女盗賊プーラン-Bandit Queen」を見ているが、プーランの夫となる盗賊とローリーがキャラクター的に似ていたのはおかしかった。

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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
まずはエッチネタから…… (のらくろ)
2008-02-20 01:03:09
>エリザベスがかなり派手なドレスを着けるが、スカートの部分の前の方が全部開くというもの。それを次々開いていくと中が見え、ローリーの前に立ちそれを見せびらかしたという。当然ローリーは大いに弱ったのだが、性に開放的な現代の男性でも、こんなことをされたら面食らう。19歳も年長の年増女ならやりかねないイタズラだ。

こちらのブログのお客様は先刻ご承知と思いますが、一応注釈をしますと、今風にいえばパンティー、ちょっと前ならズロース、当時と言うか当時より少し時代が下った時期にドロワーズと言っていた「女性用股間隠蔽下着」は着用しないのが当時の「標準」。つまりエリザベスはローリーを焦らしつつ、最終的にナマ股間を見せ付けたと言うことです。

「女性用股間隠蔽下着」については、江戸期に来日した欧米人が日本女性の下半身が「腰巻」だけで、その種の下着を着用していなかったのを「未開民族」と嘲ったとのエピソードがありますが、なに、自分たちの同民族女性の股間隠蔽下着着用に対しては猛烈な迫害を加えた。これはアメリカの話ですが、19世紀半ばにアメリア・ジェンクス・ブルーマーがのちのブルーマの語源となるような女性用股間隠蔽下着を着用する女性解放運動を開始したところ、男側(政府側ではない)から強硬な迫害が加えられ、一部地域ではブルーマー着用女性を狙ったレイプが多発したとか。

いわゆる洋装女性のノーパンについては、ネットでみる限り日本の絶滅振りが徹底しているようです。スケベ系HPなので多少の割引は必要かと思いますが、こちらの体験談集(数十の羅列なので読むのは大変!)のKarenさんの体験談は「なかなか」です(どのKarenさんかは読んでのお楽しみ)↓
ttp://www.l-s-g.com/embarrassing_moment_in_s.htm

>エリザベスがかなり派手なドレスを着けるが、スカートの部分の前の方が全部開くというもの。それを次々開いていくと中が見え、ローリーの前に立ちそれを見せびらかしたという。

↑のようなのはまあ男側が面食らってもそうした女側の神経もわからんではないが、これはいただけない。↓
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1093655.html

こちらに来られる方でもこんな「痛いニュース」をご存知の方が何人いるのか、性別逆転なら全国を駆け巡る大ニュースで教師は当然逮捕、収監のはず。生徒の母親やPTAは一体何を寝ぼけているのだ。
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アルマダ海戦 ほか (madi)
2008-02-20 07:09:43
青池保子のスペイン側からアルマダ海戦を描いたマンガもありますが、これも逃げては海難ばかりでどうもいさましい戦いはあまりなかったようです。

大国(大陸)対新興国(島国)の海戦ということで対比すると日清戦争のほうがまだ勇ましい海戦といえそうです。

司馬遼太郎「街道をゆく」朝日新聞社の24巻が南蛮のはなしでスペインポルトガル中心になっていますが、フェリペ二世の凡庸さについてやスペイン経済の凋落についてふれています。
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夢に、夢見る○○ (Mars)
2008-02-20 21:35:52
こんばんは、mugiさん。

最近は、映画をほとんど見てないです(汗)。今週末にも、久々に行ってみたいものです。
(その他にも、お勧めがございましたら、ご紹介、願います)

おばば様に、お○べでも迫られても、、、。特に、相手が、権力者であれば、むげにあしらう事もできず、大変でしょうね。

軍艦で、無敵艦隊を作るのであれば、戦艦よりも、巡洋戦艦・巡洋艦で作るのがよろしいかと。
というのも、巡洋戦艦・巡洋艦であれば、格下の駆逐艦には負けないでしょうし、砲撃力に劣る戦艦であれば、三十六計の至極(走為上)を実行すればよいのです。
ま、実際のところ、孫子の最上となす、戦わずして勝つことこそ重要でしょうね。
(我が国の場合、戦わずして負けることこそ、重要と思っている者も少なくないでしょう)

>いざとなれば女の方が度胸が据わっているのかもしれない、男の王様ならスペインにご機嫌伺いに行ったかも。
>何処かの国の首相みたいに
仰る通り、多数の男の場合、物事を論理的に考えてしまい、逆に、自分の論理以上のものには、足踏みしてしまうものかもしれません。
誰が仰っていたか忘れましたが、「失敗してショックを受けるよりも、失敗を恐れて挑戦せず、時を逃してショックを受ける事が多い」のは、男性の方が多数かもしれませんね。
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女性用股間隠蔽下着 (mugi)
2008-02-20 23:10:40
>のらくろさん

「女性用股間隠蔽下着」「ナマ股間」とは、実に巧い表現ですね。
十字軍時代、欧州では貞操帯が大流行しましたが、これは19世紀のオーストラリアでも使用されたそうです。流刑地で女が少ないという事情もあるにせよ、中世の遺物は現代でも密かに使われてますね。女性作家の塩野七生氏は、この貞操帯を中東のハレムに例えていました。妻妾への性的管理が目的で、集団ならハレムになり、個人なら貞操帯になるというもの。実際のところ、この貞操帯はあまり効果がなかったのですが、貞操帯に反対した欧州男の例はあまり聞いたことがないような。写真を見ただけで拷問道具に近いですね。

私の小学時代、女児体操下着をブルマーと呼んでました。長ズボンだとトレパン。今はブルマーとは言わないでしょうね。

映画「七年目の浮気」でのM.モンローのパンチラ・シーンはあまりにも有名です。あれでディマジオと離婚に至りましたが、現代なら考えられないでしょう。

教え子にワイセツ行為に及ぶ不届きな男教師のニュースは河北の紙面を飾りますが、こんな女教師もいたとは最低です。
河北と違い読売はまだニュースとして載せましたが、名前もなしとはまた教師は恵まれてますね。辞表を受理されたなら、退職金ももらえるのだから、腹立たしい限りです。
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七つの海、七つの空 (mugi)
2008-02-20 23:12:31
>madiさん

青池保子の漫画とは「七つの海、七つの空」ですね。スペインが白兵戦を望んだのに対し、イギリスは撃っては逃げるという戦法でした。白兵戦ならイギリスは勝てませんでしたが。

司馬遼の「街道をゆく」24巻は未読ですが、スペインの繁栄は本当に短かったですね。それに対しイギリス、オランダは長く栄えたのは好対照です。
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パワハラ (mugi)
2008-02-20 23:13:58
>こんばんは、Marsさん。

鑑賞予定なのが「ラスト コーション」「レンブラントの夜景」他・・・特に来月は見たい映画が何本もあります。
仰るとおり、おばば様でも権力者だったり上司なら、ノーと言い辛いので大変ですね。これもまたセクハラ、パワハラの一種。

エリザベスより後世の女帝マリア・テレジアも、戦に乗り気でない重臣たちを引きずり、オーストリア継承戦争を開戦しています。しかも、相手は最強と言われたフリードリッヒ大王。重臣たちは勝ち目はないと政治的解決を図ろうとしますが、女帝は聞き入れません。鬼平の台詞ではありませんが、「女という生き物に男の理は通じない」のかもしれません。

戦わずして負けるのこそ、最悪でしょうね。“大人の態度”どころか、腑抜けの姿勢であり、一度譲歩すれば、相手はますます付け入るのが国際社会。毅然よりも傲然と振舞った方がむしろ得なのに。
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行きました (スポンジ頭)
2008-02-24 18:46:54
こんにちは。

私も本日この映画を見たのですが、君主としての威厳、一人の女としての感情の揺れと孤独を表現したケイト・ブランシェットは素晴らしいですね。スペイン大使に宣戦布告(?)の言葉を浴びせる場面、日本の女優で同程度の迫力を出せる人は誰でしょうか。

>>君主の孤独は特に女には辛いものがある。
実際エリザベスは愛人を何人か持っていましたが、男の君主程おおっぴらにできないでしょうから、重圧は大変なものでしょうね。特に映画ではベスに自分を置いてきぼりにされたようなものですし。

この映画で残念なのは、エリザベスが鎧姿で地上軍に檄を飛ばす場面が人数の関係でしょぼすぎるのと、メアリー・スチュワートが計画失敗を知らされて取り乱す場面が高貴に見えないところです。女王は前の方がよかった。でも、フェリペ二世の俳優が目で狂信的なイメージを出していたのが良かったのです。スペイン人がこの映画を見たらどんな感想を持つのか聞いてみたいです。
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ケイト・ブランシェット (mugi)
2008-02-24 21:09:36
>こんばんは、スポンジ頭さん。

昨年末、『あるスキャンダルの覚書』のDVDを見たのですが、この時のケイト・ブランシェットはエリザベスとは全く正反対の役どころでした。女王から15歳の教え子と関係を持ってしまう愚かな教師まで演じられるケイトは女優として見事です。日本の女優だとあの迫力は望み薄ですが、インドやシナならいそうな気がしますね。

愛人はいても、彼らに口ばしをはさませなかったのはすごい。晩年の愛人エセックス伯など、本当に首を刎ねているから、世界史の女王としても異色です。

仰るとおり、あの檄を飛ばすシーン、CGでもいいから大人数にすればよかったと思いましたよ。いくらエリザベスが主役といえ、メアリーは老けていて美しくなかったですね。
スペインの教科書では無敵艦隊をどう描かれているのか、私も関心があります。映画では聖職者たちが敗因を「神の思し召し」と結論付けてましたが、聖戦を煽ったのは彼らなのに。
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