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エリザベスとメアリー・ステュアート

2008-02-20 21:49:40 | 読書/欧米史
 16世紀のイングランド女王エリザベス1世と、スコットランド女王メアリー・ステュアートほど対照的な女王もいないが、現代に至っても男性と女性の見る目が全く違う世界史上の著名人でもある。つまり、同性から高く評価される前者に対し、後者は異性から人気がある。学者や作家、漫画家でも女ならエリザベスを支持し、男ならメアリーを擁護したがるのだ。

 作家・永井路子氏は著書でメアリー・ステュアートを「“男難”で身を滅ぼした女性」と表現している。女難の言葉はあっても男難がないのは不公平だとも書かれていた。大抵の男は「女難の相あり」と言われて悪い気はしないが、難の言葉が示すように女難イコールモテるとは限らない。女により相当なトラブルを被る意味合いがあるのだが、メアリーは男のために「王冠を棒に振った愛欲遍歴」の生涯を送ったのだ。愛欲遍歴もバラ色ばかりではないように。

 庶子で、実の父により実の母が処刑されるという複雑な家庭環境で育ったエリザベスと違い、メアリーは正式な王女として誕生している。母は由緒あるフランス大貴族の出、父王が急死したため、生後6日で王位継承しているから、生まれながらの女王だった。スコットランド宮廷も複雑な権力闘争があり、母の計らいでフランスに渡ったメアリーは以後フランス宮廷で育てられる。この宮廷の洗練された教育により、英語、フランス語はもちろんイタリア、ギリシア、ラテン語まで解する才女に育ったという。さらに音楽、美術の素養もあり、美貌と容姿にも恵まれたので、申し分ない女性だった。ただ、君主の力量と男運だけは恵まれず、これが後の悲劇に繋がっていく。

 メアリーはフランス王子と結婚し、夫が即位したので1年程にせよフランス王妃となったこともある。夫の死後故郷に戻り、いよいよスコットランド女王として二十歳にならぬ前から統治を始めたのだから、25歳で即位したエリザベスより順調な出だしだった。しかし、即位後この2人の女王は、対照的な道を歩むことになる。いかに若かったにせよ、メアリーは早々お付の詩人との間に醜聞が立ち、周囲をあわてさせる。そして、美男の貴族と恋に落ち、側近の反対を押し切り結婚。せっかく結婚しても、夫との仲はすぐ冷め、愛人を持つ始末。ただのお遊びなら問題ないが、心底愛してしまったのだから始末が悪い。

 エリザベスはメアリーの従姉でもあり、対抗心もあったとされる。エリザベスはイングランドの宮廷を訪れた外国使節の前で、数ヶ国語を操り、リュートを弾き、金髪をなびかせ踊ったこともあるらしい。彼女は使節にメアリーとの比較を求め、どちらが美しいか訊ねたという。「エリザベス女王はイングランド一美しく、メアリー女王はスコットランド一美しい」と回答した使節に、さらにどちらの背が高いかまで問う。これは明らかにメアリーだったので、正直に答えた使節にはこう返した。「では、あの人は高すぎるわね」。
 しかも、エリザベスを庶子呼ばわり、自らをイングランド王位継承権者と主張したメアリーに従姉のエリザベスがいい感情を持てるはずもない。オールドミスの嫉妬がなかったとは思えないが、エリザベスは単なる独身女王ではなかった。

 メアリーの不倫は宮廷以外にも知れ渡り、イングランド女王に比べ節制がないと特に同性から悪評だったらしい。愛人と共謀、夫を殺害し(たと見なされた)密かに愛人と結婚したメアリーは総スカンをくらい、廃位させられた。祖国で身の置き所のなくなったメアリーは、イングランドの庶子女王に庇護を求める他なかったのだ。イングランド亡命後も大人しく引退生活を送るどころか、エリザベス廃位の陰謀に関係したりする。この神経が王族たるところか。

 青池保子さんの短編漫画『女王陛下の憂鬱』は、1586年のバビントン事件を描いている。カトリック貴族バビントンがエリザベス暗殺を狙ったもので、映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』にも出てくる。メアリーも関与していた証拠があり、幽閉生活19年目にして処刑される。享年44歳だが、メアリーのデスマスクは中年と思えないほど美しかった。『女王陛下の憂鬱』の登場人物は「君主の器量もなく破廉恥な行状で国を追われた淫婦」と語っているが、これは著者青池さんの見方でもあると思う。

 一方、男の学者、文化人となれば、総じてメアリーに同情的であり、エリザベスには様々な非難を浴びせがちとなる。特にエリザベスがメアリーに対し、「虐めたのは精神的、肉体的な抑圧から来るヒステリー症状」(シュテファン・ツヴァイク)と見る者も少なくない。メアリーを処刑したのも美貌と正当な血筋に対する劣等感が真因と勘ぐる人もいる。つまり、同性の嫉妬というわけだ。

 故・会田雄次教授は他の学者や作家との座談会で、メアリーについてこう感想を述べていた。
メアリーは女房のあるボスウェルという貴族に惚れて、惚れぬいている…この男は傲慢でメアリーを少しも愛していないで、ただのセックスの対象として選んだだけですね。この辺でも悲劇ですよ…しかし、私は女王のくせに本当の恋愛に生きようとしたメアリーが好きです。惚れぬいて王位も何も捨てて、とうとう殺されるまでいってしまった。こういうのは、あんまり女王の中にはいないんじゃないですか。

 メアリーは「敵に制され、愛に制され、国を制しえなかった女王」であり、失格女王の典型なのだが、それでも異性に人気があるのはやはり美貌ゆえだろう。クレオパトラもそうだが、悲劇の女王は人気のあるヒロインなのだ。
■参考:「歴史をさわがせた女たち/外国篇」永井路子著、文春文庫 

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4 コメント

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あるいはミドルクラスなら (のらくろ)
2008-02-21 00:05:47
メアリーもそこそこ幸福な生涯だったのかもですね。

当時は日本であっても、支配階級たる武家、特に大名家の生まれの美人は大抵不幸な生涯です。典型はお市の方。この方の3人娘もみんな不幸な生涯です。茶々姫は後の淀殿ですから今更言うまでもないですが、末娘の江与姫も、徳川秀忠に嫁いだまではよかったが、秀忠後継者問題で側室春日局によって脇へ追いやられる。真ん中の初姫は文字通り板挟み。

その時代の有力な家系に連なる女性たちにとっては、乱世は鬼門、治世が一番よろしいのでしょうね。ただ、治世も爛熟すると、後の「大奥」のような平和ボケによる綱紀の乱れが生じたりで、これはこれでなかなかたいへんです。
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綱紀 (mugi)
2008-02-21 22:16:25
>のらくろさん

細川ガラシャも不幸な生涯でしたね。ただ、戦国の女性イコール虐げられた犠牲者とのステレオタイプの史観には疑問を感じます。
私の高校時代の教科書(山川出版)に、欧州と違い、日本の封建時代は女の君主や領主もいなかったと記されてました。もちろんこれは正しいですが、それなら儒教圏も同じです。アジアには珍しく女の君主や領主が存在したインドのことは触れられずじまいでしたが。

先日、江戸の治世を描いた劇画を見ました。暇を持て余した武家の奥方様の乱れようが面白かったですが、平和が過ぎると関心を持つのは食と性になるようで。
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恋に生きる女 (サラ)
2014-03-31 17:39:16
こんばんは。

メアリ・スチュアートについて知った一冊が、永井路子さんの「歴史をさわがせた女たち」だったので懐かしいです。

男の学者、文化人が、総じてメアリーに同情的との見解が興味深いです。
しかもメアリをたたえる一方で、エリザベス一世を貶めていて。

引用されている会田雄次さんの感想も、「恋に生きて、恋ゆえに破滅なんて女らしいじゃないか。許してやれよ」とおっしゃってるように聞こえます。

美貌ととともに、政治でも経済でも勉学でもなく、「恋」に生きる女は、男にとってかわいい女なのだなあと思わせてくれます。
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RE:恋に生きる女 (mugi)
2014-03-31 21:39:05
>こんばんは、サラ様。

 貴女も永井氏の『歴史をさわがせた女たち』を読まれていましたか。日本史、世界史での歴史をさわがせた女たちを独自の切り口で取り上げていて、とても面白かったです。

 座談会で会田氏はエリザベスにはこんな批評をしていました。
「エリザベスは女王でなければ、いじらしい、可愛い奥さんになっていたかもしれませんね」

 確かにその通りかもしれません。男にとっては恋に生きる女でなければ、可愛い奥さんという見方がフツーなのですね。この座談会は70年代半ばに行われており、女性がまだ社会進出していない時代です。
 しかし現代でも本音では、「女王のくせに本当の恋愛に生きようとしたメアリーが好き」という男が多いでしょうね。これも美女だったからで、そうでなければケシカランと叩いていたと思います。
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