トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

女帝-エンペラー 06年 中/香港 フォン・シャオガン監督

2007-06-16 20:25:34 | 映画
 重厚な中国宮廷の愛憎絵巻。映像美と様式美は見事だった。これまで清純派の印象が強かったチャン・ツィイーだが、熱演で存在感を出していた。映画紹介では「ハムレット」を五代十国時代の中国を舞台に翻案したとなっているが、全く異なる物語に仕上がっているのは、デンマークと中国の文化の違いだけでないだろう。ワンの眉が太く短くなっており、柳眉でなかったのは興味深い。五代十国当時はあの形が流行ったのか。

  内乱の続く五代十国の頃の中国は兄弟でも互いに王位を奪い合う時代だった。兄を毒殺し、皇帝として即位した弟は甥である皇太子も暗殺しようとする。4歳年 上の義理の息子である皇太子に思いを寄せていた先帝の王妃ワンは、彼を守るため、新帝との結婚に同意、新たに皇后になる。しかし、ワンは復讐の機会を伺っ ており、新帝も皇后に溺れながらも皇太子暗殺を諦めてなかった。皇太子もまた父の仇を討つ決意を固める。

 この映画はとかく暗殺シーンが 多く、しかも長い。スローモーションと香港映画お得意のワイヤーアクションで撮られていることもあるが、ここぞ見せ場といわんばかり、流血シーンが続く。 新帝の放った刺客が皇太子のいる場所を急襲、殺戮が始まるが、白装束に身を包んだ舞踏家たちが何人も惨殺され、白い衣装が鮮血に染まる場面や雪原での死 闘。迫力はもちろん、壮絶なまでの映像美があった。血飛沫や流血までも見事な映像にしてしまう感覚は、到底日本人には不可能だろう。映画を見た友人は「こ こまでやらなくとも…」と言っていたが、これくらい平然とこなすのが中国人なのだ。

 諺「君子は豹変する」は有名だが、「大人は虎変する」との諺もあるとは、この映画を見て知った。中国の歴代の英雄は全て虎となるのだから巧い表現だが、龍変という言葉はないのだろうか。
 また皇后即位の儀式で、「皇帝陛下には一万年の寿命を、皇后陛下には一千年の寿命を」と臣下たちが祝辞を上げる。皇后でも十分の一程度の命とは、男尊女卑の極み。女の権利は男の半分のイスラムの方がずっと先進的だ。

 ポロをする場面があり、馬球と字幕にあった。この映画でポロを中国起源と誤解された方もいるかもしれないが、ルーツはイラン(ペルシア)であり、サーサーン朝時代に王侯貴族のスポーツとして発達したもの。イランではチャウガーン(打球杖)と呼んだ。自国の井戸の技術が中東に伝わったと言うほどの中国人だから、ポロの起源は中国と喧伝しかねない。なお、井戸に関してはイランも、自国の技術こそ中国に影響を与えたと主張している。

  中国宮廷劇だから、陰謀と暗殺がふんだんに出てくるのだろう。ワンが主人公のためか、男たちは兄を殺したはずの新帝でさえ影が薄く、皇太子にいたっては優 しすぎる。ワンを「何と恐ろしい女だ」という宰相がいるが、中国史上名を残した女たちは世界史にも比類ない悪女ぞろい。その宰相も狡猾極まる佞臣で王位を 狙う人物。最も恐ろしいのは人の心、との台詞があるが、まさにその通り。「憎しみにくちづけ、愛に刺しちがえる」のコピーを地でいく女帝。美術と衣装は実 によかった。

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
チャン・ツィイー (ひらりん)
2007-06-17 02:58:41
いつの間にやら「アジアの宝石」とたとえられるようになった彼女。
人の心の変わりよう・・・は、恐ろしかったですね。
最後の犯人が、コン・リーだったら面白かったのでは・・・
と、勝手に妄想で、キャストを追加して楽しんでる・・・ひらりんでした。
ちなみにひらりん、「イタリアの宝石」も好きなんですがっ。
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宝石 (mugi)
2007-06-17 20:43:02
>ひらりんさん
チャン・ツィイー、「SAYURI」の時も清純派に思えましたが、今回は後姿にせよ、初めてヌードとなりましたね。
「SAYURI」でコン・リーとのケンカ、新旧女優の対立のようで、マジでやっていたのか、と妄想して見てました。迫力ありすぎ。

「イタリアの宝石」は『マレーナ』で知りましたが、彼女の映画であれが最高によかったと私は思っています。
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五代十国 (motton)
2007-06-18 14:11:26
五代十国の時代は、突厥(トルコ)系の王朝だったためか養子が継ぐことが多かったり、「五朝八姓十一君」に仕えた馮道 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AE%E9%81%93 などがいたり、儒教の影響が薄い面白い時代です。
ただ、この時代で女帝というと「遼」の代々の蕭皇后の方がふさわしいかもしれません。
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儒教 (mugi)
2007-06-18 21:53:02
>mottonさん
先の唐の時代も儒教思想が薄い時代でしたね。この時代こそ、女帝の全盛期。
唐王朝もまた鮮卑族の出身とされ、非漢族王朝がより安定と繁栄を享受したのも、歴史の皮肉です。
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