
原題も「Bobby」、第35代アメリカ大統領ケネディの実弟であり、政権下では司法長官職に就いたロバート・F・ケネディの愛称である。この映画はアメリカでいかにケネディ神話が根強いのか、改めて見せ付けられた。
タイトルがボビーでもロバート・F・ケネディの伝記映画ではなく、彼は映像と演説時の肉声で登場するだけ。舞台は老舗のアンバサダーホテル、その場に居合わせた人種や性別、職業も様々な人たちの群像劇。時代はボビーが暗殺された1968年。
この映画の登場人物はホテルに勤める者と、客に二分される。一口にホテル関係者でも上は支配人から厨房の見習い、電話交換手、ホテル専属の美容師、退職したドアマンもいる。客側も盛りを過ぎた酒浸りの歌手とその夫、ケネディ陣営の選挙運動スタッフ、チェコスロバキアの女記者、金持ちだが倦怠期気味の夫婦、2人だけで結婚式を挙げる若いカップル…
映画は1968(昭和43)年の時代の雰囲気がよく表れていると思う。当時は髪をアップにして丸めるヘアスタイルが流行ったが、映画に出てきた女性たちは大抵その髪型だった。私の子供時代、母もお団子ヘアにしていたのを憶えている。ファッションもまた60年代らしく、女らしさが強調された華やかなワンピースが流行った。まだ、ウーマン・リブは盛んになってなかったのか。
ドラックがまだ今ほど出回ってなかったようだ。若い選挙運動員2人組みにLSDを配るヒッピースタイルの若者の格好は懐かしい。日本では長髪、ヒゲ、ジーンズの定番は70年代になって本格化したような気がする。
ホテルの厨房従業員の世界は興味深い。多くは不法就労のメキシコ人で、弱みに付け込まれ休暇も満足に取れぬ過重労働を強いられている。大の野球ファンの若い見習いホセはせっかくチケットを買っても、突然仕事が入り観戦に行けない。断われば首になる立場ゆえ、不満を募らせている。コックは黒人だが、黒人より地位が低いのがメキシコ人(ホセはラティーノを自称)。現代もその状況はさして変わっていないのではないか。黒人は時に白人以上にヒスパニックに威張り散らすそうだ。
結婚式のためホテルに来ていた若いカップルは、実は徴兵逃れのためだった。この2人は高校時代の同級生だが恋人でもなく、結婚すればベトナム送りは逃れるので、同級生を戦地に行かせないため女が申し出たのだ。一種の偽装結婚のようなものだが、当時は特に恋愛関係になくても、このようなかたちの徴兵逃れもあったらしい。兵士の婚約者には月額135ドルの手当ても支給されていたのも面白い。お上は徴兵に、庶民は兵役逃れに知恵を絞るのは何処も同じか。
ボビーを中心に都合のよいニュース映像を選んだにせよ、当時彼が大統領候補の中でアメリカ国民から最も人気と期待を寄せられていたかが伺える。兄の衝撃的な死からまだ5年しか経っていないのだ。さすがに演説は巧いが、内容はきれい事と理想主義過ぎるのは否めない。ホビーはまっとうな道徳論の後で国民皆で力を合わせましょう、と国民の団結を説くが、アメリカ国民にはあのスタイルの演説が好まれるのか。大統領の兄は就任演説で「祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい」と語ったのは有名だが、まず国民に祖国への奉仕を求めた訳だ。似たような事を日本の政治家が言えば、やれ滅私奉公の復活だ、個人より国家優先だのマスコミは糾弾するだろう。
この映画から、もしボビーが大統領になっていたら、現代のアメリカはより良い方向に向かっていたはず、との思いが強く感じられた。熱く理想を語っていた若き指導者のイメージが焼き付いたのも、兄弟共に短命だったのでボロを出さずに済み、さらにケネディ神話が膨らむ元になった。早死にした者は、実像より過大な業績を謳われる。例えボビーが暗殺されず大統領に就任したところで、掲げた公約をどれだけ実現できたことか。そもそも、ベトナム戦争を始めたのは兄であるケネディだった。
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タイトルがボビーでもロバート・F・ケネディの伝記映画ではなく、彼は映像と演説時の肉声で登場するだけ。舞台は老舗のアンバサダーホテル、その場に居合わせた人種や性別、職業も様々な人たちの群像劇。時代はボビーが暗殺された1968年。
この映画の登場人物はホテルに勤める者と、客に二分される。一口にホテル関係者でも上は支配人から厨房の見習い、電話交換手、ホテル専属の美容師、退職したドアマンもいる。客側も盛りを過ぎた酒浸りの歌手とその夫、ケネディ陣営の選挙運動スタッフ、チェコスロバキアの女記者、金持ちだが倦怠期気味の夫婦、2人だけで結婚式を挙げる若いカップル…
映画は1968(昭和43)年の時代の雰囲気がよく表れていると思う。当時は髪をアップにして丸めるヘアスタイルが流行ったが、映画に出てきた女性たちは大抵その髪型だった。私の子供時代、母もお団子ヘアにしていたのを憶えている。ファッションもまた60年代らしく、女らしさが強調された華やかなワンピースが流行った。まだ、ウーマン・リブは盛んになってなかったのか。
ドラックがまだ今ほど出回ってなかったようだ。若い選挙運動員2人組みにLSDを配るヒッピースタイルの若者の格好は懐かしい。日本では長髪、ヒゲ、ジーンズの定番は70年代になって本格化したような気がする。
ホテルの厨房従業員の世界は興味深い。多くは不法就労のメキシコ人で、弱みに付け込まれ休暇も満足に取れぬ過重労働を強いられている。大の野球ファンの若い見習いホセはせっかくチケットを買っても、突然仕事が入り観戦に行けない。断われば首になる立場ゆえ、不満を募らせている。コックは黒人だが、黒人より地位が低いのがメキシコ人(ホセはラティーノを自称)。現代もその状況はさして変わっていないのではないか。黒人は時に白人以上にヒスパニックに威張り散らすそうだ。
結婚式のためホテルに来ていた若いカップルは、実は徴兵逃れのためだった。この2人は高校時代の同級生だが恋人でもなく、結婚すればベトナム送りは逃れるので、同級生を戦地に行かせないため女が申し出たのだ。一種の偽装結婚のようなものだが、当時は特に恋愛関係になくても、このようなかたちの徴兵逃れもあったらしい。兵士の婚約者には月額135ドルの手当ても支給されていたのも面白い。お上は徴兵に、庶民は兵役逃れに知恵を絞るのは何処も同じか。
ボビーを中心に都合のよいニュース映像を選んだにせよ、当時彼が大統領候補の中でアメリカ国民から最も人気と期待を寄せられていたかが伺える。兄の衝撃的な死からまだ5年しか経っていないのだ。さすがに演説は巧いが、内容はきれい事と理想主義過ぎるのは否めない。ホビーはまっとうな道徳論の後で国民皆で力を合わせましょう、と国民の団結を説くが、アメリカ国民にはあのスタイルの演説が好まれるのか。大統領の兄は就任演説で「祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい」と語ったのは有名だが、まず国民に祖国への奉仕を求めた訳だ。似たような事を日本の政治家が言えば、やれ滅私奉公の復活だ、個人より国家優先だのマスコミは糾弾するだろう。
この映画から、もしボビーが大統領になっていたら、現代のアメリカはより良い方向に向かっていたはず、との思いが強く感じられた。熱く理想を語っていた若き指導者のイメージが焼き付いたのも、兄弟共に短命だったのでボロを出さずに済み、さらにケネディ神話が膨らむ元になった。早死にした者は、実像より過大な業績を謳われる。例えボビーが暗殺されず大統領に就任したところで、掲げた公約をどれだけ実現できたことか。そもそも、ベトナム戦争を始めたのは兄であるケネディだった。
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