トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

ペルシャ猫を誰も知らない 09/イラン/バフマン・ゴバディ

2010-10-03 20:43:32 | 映画
 イスラム体制の下、西洋文化が厳しく規制されるイラン。ポップミュージックなど特に「反イスラム的」とやり玉に挙げられ、コンサートや CDを出すのも「イスラム文化指導省」なる省庁の許可が必要という。しかし、首都テヘランには当局の監視を逃れつつ、密かに音楽活動を続ける若者たちがいる。通称「ペルシャ猫」と呼ばれる彼らを描いたのがこの作品。

 ネガルとそのボーイフレンドのアシュカンはバンド仲間で、インディー・ロックをやるミュージシャン。インディー・ロックが生き甲斐の彼らは自由な音楽活動が出来ぬイランを離れ、ロンドンで公演することを夢見ている。彼らの会話には、ロックコンサートに来ていた観客 4百人が逮捕された話もあったし、ネガルも逮捕、監獄生活を送ったことが分かる。そのため2人は偽造パスポートを取得しようとし、便利屋ナデルに依頼する。ナデルは欧米のDVDを闇で売買したり、パスポートやビザ偽造専門家とも繋がりを持つ世知に長けた男なのだ。
 出国前、2人は秘密裏にコンサートを行うことに決め、メンバーを求めてテヘラン市内を駆け回る。必要なメンバーも集まり、コンサート開催まで何とか漕ぎ付けるが…

 劇中で、テヘランだけでなくイラン全土にも数多くのロックバンドがあるという台詞があったのは驚いた。多くは英語で歌われるが、ペルシア語で歌うミュージシャンもおり、ネガルとアシュカンも母国語での歌もやりたがった。一口にロックといえ様々なジャンルがあり、ヘヴィメタルラップをラップをするイラン人ミュージシャンまでいたのは予想外だった。出演者の殆どは実在のミュージシャンだそうで、その水準の高さにも驚いた。歌詞もよく歌唱力もあり、下手な日本人ロッカーよりも遥かに才能を感じさせられた。イランのラップの歌詞は興味深い。「ベンツの側にレンタル代も払えぬホームレス」「愛をささやきながら女は金持ちを求める」…
 神の前の平等が絶対教義のイスラム圏は、日本の比ではない凄まじい格差社会であり、イラン・イスラム革命で格差が解消されるどころか、神学者が新たな特権階級に納まった。

 日本と同じくイランの若者も欧米の音楽に対する関心は高いらしい。ただ、イランのミュージシャンは恵まれた階層の出が多いと思われる。ミュージシャンに必要不可欠にせよ、楽器や音響機材もそろえている。当局に見つからぬよう、牛小屋で練習していたヘヴィメタルバンドも登場するが、そこで働く使用人は音楽のため牛の食欲が失せ、乳が出なくなったと話している。使用人のボスの息子がこのヘヴィメタルのミュージシャン。アシュカンの母はドイツにおり、母から送金されているようだ。日本の売れないミュージシャンのように、バイトで食いつなぐのとは事情が異なるようだ。

 イスラム以前のイランで、目上の者への挨拶として肩にキスする習慣があったのを何かの本で見たことがある。映画にもその挨拶が見られたが、年長者ではなく友人相手だった。それでも肩にキスする昔の習慣は廃れなかったと言える。現代では想像も出来ないが、サーサーン朝ペルシア時代には芸術家の中でも音楽家が最も尊敬を受け、西洋よりずっと以前に優れた宮廷音楽が発達していたという。歌姫もおり、当時のイラン女性は竪琴を奏でながら人前で歌ったのだ。
 タイトルから可愛いペルシャ猫が出てくるのかと思いきや、実際に映画に登場した猫は三毛猫だったので戸惑ったが、これが本当のペルシャ猫かもしれない。

 ゴバディ監督は当局に無許可でゲリラ撮影を敢行、主役の2人は撮影終了の僅か4時間後にイランを離れたという。監督自身、本作を最後に出国したそうだ。イラン出身でも監督はクルド人で、以前の作品『わが故郷の歌』『亀も空を飛ぶ』の登場人物もクルド人である。ゴバディ監督へのインタビューが載っているサイトで、彼は少数民族への差別を次のように語っている。「イランでは色々な人たち、つまり、ペルシャ民族もいますから、そこでも差別が出てくるわけです。ペルシャ人が1番でクルド人は2番というように…
 イラン(アーリア人の国の意)の国名と裏腹にイランは多民族国家であり、ペルシア人に次いで人口が多いのはテュルク系アゼリー人、3番目がクルド人となっている。また、古代からこの国に住む生粋のイラン人ゾロアスター教徒も未だにいるが、ムスリムより差別を受けており、クルド人より社会的地位は低いはず。映画にはダウィトという偽造パスポート専門家も登場しており、名前からユダヤ系か?

 昨年のカンヌ国際映画祭で、この映画は「<ある視点>部門特別賞」を受賞している。監督の婚約者がイラン系米国人ジャーナリスト、ロクサナ・サベリとwikiに載っており、サベリは昨年4月、イラン政府にスパイ容疑で起訴された。一旦は懲役8年の判決を下されたようだが、 5月11日、控訴審でその刑が否定され、2年間の執行猶予付きの判決を受け釈放された。その間水面下で米国、イラン政府の駆け引きが行われていたのは明らかだが、カンヌ国際映画祭が開催されたのはサベリの釈放された2日後の5月13日なのだ。映画祭にも政治的意図が絡んでいたと憶測するのは、私だけだろうか。

◆関連記事:「亀も空を飛ぶ
 「クルド問題-複雑化の背景
 「サーサーン朝ペルシアの文化

よろしかったら、クリックお願いします
人気ブログランキングへ    にほんブログ村 歴史ブログへ


最新の画像もっと見る