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クルド問題-複雑化の背景 その①

2007-11-27 21:26:47 | 読書/中東史
 先月のNHKのシルクロード特集はトルコが取り上げられており、今喧しいクルド問 題を中心とした内容だった。中東自体が未だに日本でなじみが薄く、殊にクルドの専門家がいないかもしれない。私の手元にある本に軽く目を通しただけで、国 を持てず、絶えず周辺諸国に加え、近代以降は英米露の大国に翻弄され続けた民族の悲劇が浮かび上がってくる。その複雑化の最大の要因は石油なのだ。

 クルド人は人種的にはイラン人と同じくアーリア系とされ、紀元前千年から2千年にかけ侵入したイラン系メディア人と 土着のグディ人の混血が民族的原形とされている。そのためクルド語もペルシア語に近いイラン系の言語であり、紅毛碧眼という身体的特徴を持つクルド人も多 いそうだ。紀元前2千年頃にカルダカ(またはカルダカイ)、紀元前千年頃にはクルティエという国が現れるが、これをクルド人の国だったと見る学者もいる。 山岳民族らしく古くから勇猛さで知られ、アッシリア語で戦士を意味するガルドゥ或いはカルドゥがクルドの語源とする説もある。有名なサラディンもクルド人の出自なのはアラブ世界でも意外に知られていない。ただ、クルド人の間では、同族のために独立国を創設しなかったサラディンへの評価は高くないそうだ。

 山岳地帯という地理的条件もありクルドでのイスラム化は緩慢で、ムスリムとなってもスンニ派の傍系であるスーフィー派を信仰する者が多く、イランやイラクとは様相が異なった。今年の春頃イラク北部で、イスラムに改宗したヤズディー派クルド人の17歳の少女が家族により殺害される事件が起きたが、青木健氏は著書『ゾロアスター教の興亡』で、ヤズディー派はゾロアスター教の流れを汲んでいると指摘されている。現代はやらないにせよ、ゾロアスター教も背教者は処刑対象とされ、イスラム、ヤズディー教徒は今なお棄教を許さない。

 クルドは長らくオスマン帝国サファヴィー朝ペルシア間の緩衝地帯として半自治的な状態だった。山岳地形のため、大国もこの地域の征服が容易ではなく、「クルドは友を持たない、山を除いては」 の諺どおり外部の勢力から守ってきた。だが、同時に山々はクルドを細分化し、その内部統一を阻んできた。「アガ」と呼ばれる地主首長を頂点とし、部族ごと の結束を基に自給自足の社会基盤に成り立つクルド社会では、対外的な交渉はさほど重要ではなかった。それが近代になり、尽く裏目に出る。

 複雑で険しい地形であるクルド人居住区クルディスタン(ク ルド人の地の意)は、内部対立もまた激しく、それが統一国家樹立意識を遅らせる。クルドに民族意識が高まった頃、時既に遅く周辺のアラブ、イラン、トルコ の諸民族主義が成熟しており、クルディスタンの分割は完了していた。アフガンもまたそうだが、山岳民族は精悍な反面大同団結が不得手な性質があり、アフガ ン、クルドは現代でも内部対立は治まっていない有様。ちなみにイランとは同じアーリア系でも互いに親近感は存在せず、特に中華思想の強いイランはクルドを 蔑視している。

 オスマン朝時代の1826年、クルドは大規模な反乱を起こしている。クルド勢力はトルコからの独立を宣言、イラク北部の モスル、イクビルなどを占領、30年代に入るやトルコ国境のザボも支配下に置く。これに対しオスマン帝国は1835年、大軍を派遣してやっと反乱を鎮圧、 反乱指導者をバグダッドで処刑したこともある。しかし、これを近代的民族主義による独立運動と見るのは難しい面もある。後にサウジアラビアを建国するに至 るワッハーブ運動も19世紀初めに起きており、これまた鎮圧されるも、西欧のナショナリズムに影響されたとは言えず、まして煽られて活動したのではない。ムガル朝の第6代皇帝アウラングゼーブの時代、彼と同じスンニ派であるアフガンも反乱を起こしているが、これは強権的な中央政府への反発が大きく、クルドも同じ事情がある。

 19 世紀後半となれば、欧州のナショナリズムが中東にも飛び火し、また事情が変化してくる。「瀕死の重病人」と化したオスマン帝国の領土分割奪取のため、西欧 列強が諸民族のナショナリズムを盛んに煽り、オスマン帝国は瓦解していく。民族主義を煽られたアラブが第一次大戦時、イギリスと共にトルコと戦ったのは映 画『アラビアのロレンス』でも知られているが、クルドもまたこの機会に立ち上がる。敗戦したトルコに強要されたセーヴル条約はクルディスタンの自治・独立を保証していたのだ。

 セーヴル条約発効の翌1921年、ケマル・パシャに率いられた新生トルコ国家が戦勝国支配からの脱却を果たすと、この条約に謳われたクルド人の自治・独立構想はただの空約束と化す。ケマルは1923年に新たなにローザンヌ条約をイギリス及び関係諸国と締結するが、この時イギリスはクルド問題に関する態度を豹変、この条文から注意深くクルディスタン独立に繋がる箇所を取り除かせた。
その②に続く

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2 コメント

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当然と思っている事にこそ、幸福はあるものですね。 (Mars)
2007-11-30 21:23:28
こんばんは、mugiさん。

世界中にはクルド人のように、「国を持たない民族」も少なくないようですね。
そして、そのような者からすると、某「日出る国」のように、自国も自国民も愛せず、他国の利益のみ狂奔する者、売国する者など、理解できるでしょうか。
また、無防備こそが、自分の身を守るという事を理解できるのでしょうか(某○条狂の考えも、理解できないでしょうね)。

資源を持たない国家が自国を守る手段としては、やはり、国民のまとまりが必要でしょうけど。
ま、某「日出る国」も、国民のまとまりはあまりないようですが、、、。
それでも、天皇制や幕府等の封建制にしても、あるいみでは、国家をなす為には、有効な手段なのかもしれませんね。
(だからこそ、日出る国の内外を問わず、これらを非難する者は、少なくないですね)

最後にですが、自由経済とは、一部の人種にって、自由勝手にする事であり、口では民主主義を唱えても、利益の為なら、独裁者・弾圧者と簡単に手を組むようで。
世界はやはり、腹黒い、、、。
(某州の首相に限らず、同じ黄色人種でも、日出る国よりも、現在まで、一度も選挙を行っておらず、自由経済もない、日没する国の方が、好きな者も少なくないようで。
また、自らの選挙のため、自国民の為でなく、移民や外国人の為に便宜を図る民主主義など、独裁者でなくても、欠陥を感じざるを得ませんね)
打落水狗 (mugi)
2007-11-30 22:40:02
こんばんは、Marsさん。

クルド、パレスチナ人のような「国を持たない民族」、またウイグル、チベット、チェチェン人のように国はあっても実質的に「国を失った民族」もいます。フレ様も「国を失った民族」と言えるでしょう。
これらの民族を見れば、安定した生活を送れる国があるだけでも感謝すべきとつくづく思います。「国があっても、幸福に繋がるのだろうか」など愚にも付かぬことを書いていたブロガーを見かけましたが、それなら早々日本を去るべきですね。この類に限り、困った時にすぐ国を頼るので、役立たずの典型。

某○条狂など、日没する国の陰謀集団と見なした方がよい。国のガン細胞そのもので、日本を憎悪しつつ、日本に居座っている。存在自体が害悪ですね。
内部分裂している状態ほど、敵にとり好都合なこともないので、絶えず某○条狂の謀略組織が内部かく乱を煽動するのでしょう。

人権団体もまさに一部の者の特権を守るためであり、それ以外の人間の人権など眼中にない。
あるブロガーさんも書いてますが、国際政治は冷酷で、落ち目の国を徹底して苛めても助ける国はない。「打落水狗」、水に落ちた犬は打てと言ったのは、仙台の左巻き文化人が持ち上げる魯迅です。

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