トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

イスタンブルで朝食を その②

2017-01-10 21:10:24 | 読書/ノンフィクション

その①の続き
 現代では定住民が殆どのトルコ人だが、騎馬民族の末裔ゆえか、基本的には肉食系なのだ。メインディッシュ用の肉で最も人気なのは仔羊肉で、鶏肉やマトン肉、牛肉が続く。飲酒癖に定評があるトルコ人でも、豚肉はやはり食べない。
 これまた騎馬民族の伝統なのか、チーズやヨーグルトなどの発酵型乳製品は、食材として広く食べられている。ヨーグルトという言葉自体、トルコ語の「ヨウルト」に由来しているそうだ。トルコでヨーグルトは食後のデザートよりも、煮込み料理、肉料理、スープなどに用いられ、塩やおろしニンニクを混ぜ合わせ、ソースとしても重宝される。離乳食にもヨーグルトが使われているとか。

 チーズも種類豊富で、ハードタイプのものから豆腐状のソフトタイプのものまであり、内陸部から沿岸部まで広く食されているそうだ。来日した作者のトルコ人の友人の中に、1人だけベジタリアンがいて、彼等の中でも最も厳しいヴィーガンだった。
 ひと口にベジタリアンといっても色々あるらしく、哺乳類や鳥類、及び魚介はダメだが、乳製品は食べるのが通常のベジタリアンとか。魚は食べるのがペスカトリアンだが、卵やチーズ、牛乳、蜂蜜など動物性食品を一切食べないのがヴィーガンなのだ。件の友人がヴィーガンになった理由を作者は書いていなかったが、これでは美味しいトルコ料理が殆ど食べられないではないか。 

 近年、日本のメディアで盛んに「世界三大料理」と絶賛されているトルコ料理。しかし、イスタンブルカドゥキョイ地区にあるアナトリア伝統料理店『チヤ・ソフラス』オーナー、ムサ・ダーデヴィレン氏の話は考えさせられた。作者が何度も立ち寄っているこの店は、伝統的農法で作られた野菜や食材を使うほどの拘り。チーズにしても、羊や仔羊の皮に包んで発酵させる伝統の手法ではなく、ビニール袋で発酵したものがトルコ全土で売られていることを氏は嘆き、こういう。
「このままではトルコ料理はどんどん質が落ちて、価値を失ってしまいます……伝統的な手法は忘れられ、味は変わり、意味を失ってしまった。こうしたことがトルコ料理のあらゆる場所で起きているんです」

 トルコ共和国建国後、大都市では料理への間違った知識が広がってしまい、それが料理に止まらず建築や文学、あらゆる分野で起こった、とダーデヴィレン氏は言い、こう力説する。
自分たちの文化を守り、もっと豊かにし、過去に持っていたものを再発見するには、歴史を正確に知らなければなりません。歴史は小説やテレビ番組からは学べません。歴史上の適切な公式文書をあたらねば見つかりません…
 本当の歴史について深く考える人間は少なく、自分にとって都合のよい物語ばかりがまかり通っているのです

 幸いなことにオスマン帝国は膨大な公式文書を遺しているが、これらを丹念に調査する人は至って少ないだろう。オーナーが作者に頼んだことは、どきっとさせられた。次の話から、日本もトルコと全く同じ問題を抱えているか知れよう。
「私たちの季刊誌のために、日本の食文化について書いてくれる人をご紹介下さい。日本の家庭料理がどのようなものか、そして日本の家庭料理がいつ、どのような形で西洋化していったのか、そして、その過程で何を得て、何を失ったのか、私は知りたいのです」

 イスラエル編の話も実に興味深かった。建国が1948年のこの国は、その地に元々存在していたパレスチナ料理(ヨルダンやレバノン料理とほぼ同じ)に加え、ロシア、東欧諸国、ドイツ、イラク、イエメン、米国、エチオピアなど、世界中の料理が持ち込まれ、影響を与え合い、日々新しい料理が生まれているという。国自体の歴史が浅いのを逆手に取った、無国籍なフュージョン料理も人気が高いそうだ。
 エルサレムテルアビブ等の都市部では、ユダヤ文化とは直接関係のない中華料理店や日本料理店(特に寿司屋)も人気があり、スーパーでは手巻き寿司やいなり寿司まで売られていたのを、作者は見たという。

 元は砂漠だった土地に入植したイスラエル人だが、世界最先端の農業灌漑技術や、遺伝子組み換えを含む品種改良技術を積極的に取り入れ、現代のイスラエルは食料輸出国にまで成長している、と紹介されていたのは驚愕した。これでは農業ひとつとっても、周辺アラブ諸国やトルコ、日本も対抗できないが、ふと、イスラエル人自身は遺伝子組み換え食品を口にしているのだろうか、と思った。
その③に続く

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