トーキング・マイノリティ

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ボラット-栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習

2007-07-18 21:22:57 | 映画
 カザフスタンと聞いて、私が思い出すのはセミパラチンスク。冷戦時代、旧ソ連の核実験場となった地であり、その恐るべき実態を紹介したサイトもある。そんな問題など全く触れられず、一見アメリカをおちょくるおバカ映画がこの作品。カザフスタンのジャーナリストに成り済ました人物が、わざと騒動を起こして、それをカメラに収めるというモキュメンタリー形式のコメディ。

 カザフスタン国営放送レポーターのボラットは、国家情報省の命令で訪米する。目的は母国の発展のためにアメリカ文化を学ぶこと。アメリカ取材をドキュメンタリーにするため、番組プロデューサーのアフマッドと2人組で全米を旅するボラット。彼らの珍道中がこの作品のメイン。Wikipediaにもその詳しい内容が載っている。

 この映画を見た人の反応はふたつに分かれるらしい。笑える者とそうでない者。アメリカに好意的な方は概ね前者で、ここまで自国を揶揄した映画を受け入れるアメリカは素晴らしい、と。快く思わない人は下品で過激な言葉を連発しすぎる、全編に亘り反米的だと。私もあまり笑えない内容だった。実際にコケにされたのはアメリカよりもカザフスタンであり、カザフスタンはアメリカの偽善性を暴くのに利用されたとしか思えなかった。

 この作品は反カザフスタン映画では決してない。だが、映画に描かれるカザフスタンはあまりにも実態を無視した惨さ。冒頭ボラットが自分の住む村の姿を報告するが、自分の妹は自国でもトロフィーを貰うほどの娼婦、「ユダヤ人走り」というユダヤ人への憎しみを煽る村の行事があり、反ユダヤ主義が蔓延る村との印象を与える。いかにコメディといえ、娼婦にトロフィーを与える国が何処にあろうか。ボラットの台詞から妻は12歳の時、夫に買われ、彼の住む村は障害者を嘲る習慣があるのが分かる。

 やけにユダヤ人差別が強調されるが、ボラットに扮したサシャ・バロン・コーエンこそ、“コーエン”の姓でも分かるとおり、ユダヤ系英国人なのだ。コーエンはこの映画の主演のみならず、製作、脚本まで携わっている。ハリウッド映画の描く第三世界の典型的パターンが見えてこないだろうか。映画ではカザフは極度の男尊女卑、ユダヤ人敵視、人権皆無、障害者、同性愛者差別の国である。これを見たらアメリカに生れてよかった…とアメリカ人なら心底思うだろう。アメリカから帰った後、ボラットの住む村では全員がキリスト教に改宗、「ユダヤ人走り」は廃止になるという最後だった。

 それにしても、何故カザフスタンなのか。カザフスタンは中央アジア諸国でもっとも親欧州的な国である。ムスリムが多いといえ、同じ旧ソ連邦だった隣国のウズベキスタンタジキスタンのように原理主義が台頭している国ではない。今のところ原理主義者は目立った活動をしていない国だからこそ、あえて選んだのかもしれない。過激なイスラム原理主義者なら、自国がこれほどコケにされたら黙ってはいない。温和な第三世界こそ、ハリウッドは不誠実な描写をしたがるようだ。

 ハリウッドを牛耳るのがユダヤ系なのは知られているが、イスラエルを揶揄した作品を制作するのはまず考えられないのではないか。ユダヤ教徒になりたい日本人が、ユダヤ文化学習をしにイスラエルを取材するという物語はどうだろう。そしてユダヤ民族の選民思想、イスラエルの人種差別が暴かれるという内容。もっともお人よしの日本人なら、早々に懐柔されてしまうからボラットのような展開は無理か。

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