「Atmosphere」は、映画「コントロール」のクライマックスに流れます。字幕担当の松浦美奈さんの訳がいかに工夫されているか、パンフレットには次のように解説されています。
さて、最後の曲「Atmosphere」の歌詞。これはもう、あのラストシーンのあとに流れるわけですからこの映画のキモです。松浦さんのは、ググっと感情もっていかれるので、イイですね~。特に「Don't turn away」が「背を向けないでくれ」になっているのは、グ~です。サントラ盤は、「顔をそむけないでくれ」になってましたね。
この歌詞対訳部分でかなり苦労したのが、「Hunting by the rivers」「Through the streets」「Every corner abandoned too soon」「Set down with due care」の部分。サントラでは「川のほとりで狩をして」「通りを抜けて」「どの角にも あっという間に人通りがなくなる」「よく注意して書き留めてほしい」とありましたが、単に歌詞としてではなく、物語の最後に来ることばとして見た場合、まずいきなり川に出かけて狩をする意味がわからない。唐突に通りを抜けるのも、街角からあっという間にいなくなるのも、ちょっと突然。イアンの歌詞は、彼がその時、心の奥底で感じていたことを極めて詩的に綴ったものが多いので、映画を観た人が、イアンがどういう心情でこの歌詞を書いたのか? 少しでも判りやすく伝えたい! そんな配給サイドの意向を汲んだ松浦さんが、多少意訳だとは知りつつ、よりエモーショナルな歌詞をつけてくださいました。「ハンティング=狩り」を「川や通りの流れに何かを求めても」と訳し、“イアンは自分の心を埋めるために、自然の中にも、街の中にも、どこかに転がっているだろう【何か】を求めていたのだ”と訴えたところに、松浦流が凝縮されていると思います。
「Atmosphere」はこの指摘にもあるように、ところどころ抽象的でわかりにくい歌詞です。それでは、テキストと「コントロール」の字幕を見てみましょう。そして、『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』、「コントロール」のサウンドトラック盤の訳(後に出た「ザ・ベスト・オブ・ジョイ・ディヴィジョン」コレクターズエディションも同じ訳です)と比べながら、読んでみたいと思います。
Walk in silence, 歩いていく 静寂の中を
Don't walk away, in silence. 行かないでくれ 沈黙したままで
See the danger, 危険に目を向けろ
Always danger, 常に危険は存在する
Endless talking, 終わりのない会話
Life rebuilding, 人生の やり直し
Don't walk away. 立ち去らないで
Walk in silence, 歩いていく 静寂の中を
Don't turn away, in silence. 背を向けないでくれ 沈黙したままで
Your confusion, 君の混乱
My illusion, 僕の錯覚
Worn like a mask of self-hate, 自己嫌悪を身にまとい
Confronts and then dies. 対立し そして滅びる
Don't walk away. 立ち去らないでくれ
People like you find it easy, 君たちにとっては簡単だろう
Naked to see, 無防備なまま
Walking on air. 浮かれている
Hunting by the rivers, 川や
Through the streets, 通りの中に 何かを求めても
Every corner abandoned too soon, もはや意味がない
Set down with due care. これだけは覚えていてくれ
Don't walk away in silence, どうか行かないで 沈黙したままで
Don't walk away. 立ち去らないでくれ
シンプルで短いフレーズで構成されているので、訳し方でかなり印象が変わります。
まず「コントロール」は「Walk in silence」を、「歩いていく 静寂の中を」としていますが、『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』は「黙って歩く」、サントラ盤は「歩く 沈黙の中を」としています。「walk」は現在進行形ではありませんが、ただ「歩く」とするよりも「歩いていく」とする方が、「歩く」という動作が目の前で行われているように、生き生きと感じられます。
続く「Don't walk away, in silence」の「silence」を他の二つは「沈黙」と訳しています。「コントロール」は「silence」を「静寂」と「沈黙」と二種類の言葉で訳しています。〈歩いている人が何も言わない〉のと〈静寂の中を歩いていく〉のとでは、後者の方が辺り一面の静寂を感じさせ、世界に広がりがあります。
そして、パンフレットに指摘されている2連目の「Don't turn away」ですが、『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』もサントラ盤も「顔をそむけないで」と訳しています。これが「背を向けないで」となっているところがイイ、というのですが、確かに、「背を」となっていることで、静寂の中、後ろ姿がどんどん遠ざかっていく様子を、はっきりとイメージすることができます。
言葉から具体的な、生き生きとしたイメージを心に抱くことができるかどうか、さらに、そこから豊かな想像力が喚起されるかどうかは、詩を鑑賞するうえで重要な要素になると思います。「Atmosphere」は一見抽象的に見えますが、静寂の中を歩く人物の具体的な像が、超俗的な詩の世界の象徴となり、余情を感じさせてくれるように思います。(続く)
さて、最後の曲「Atmosphere」の歌詞。これはもう、あのラストシーンのあとに流れるわけですからこの映画のキモです。松浦さんのは、ググっと感情もっていかれるので、イイですね~。特に「Don't turn away」が「背を向けないでくれ」になっているのは、グ~です。サントラ盤は、「顔をそむけないでくれ」になってましたね。
この歌詞対訳部分でかなり苦労したのが、「Hunting by the rivers」「Through the streets」「Every corner abandoned too soon」「Set down with due care」の部分。サントラでは「川のほとりで狩をして」「通りを抜けて」「どの角にも あっという間に人通りがなくなる」「よく注意して書き留めてほしい」とありましたが、単に歌詞としてではなく、物語の最後に来ることばとして見た場合、まずいきなり川に出かけて狩をする意味がわからない。唐突に通りを抜けるのも、街角からあっという間にいなくなるのも、ちょっと突然。イアンの歌詞は、彼がその時、心の奥底で感じていたことを極めて詩的に綴ったものが多いので、映画を観た人が、イアンがどういう心情でこの歌詞を書いたのか? 少しでも判りやすく伝えたい! そんな配給サイドの意向を汲んだ松浦さんが、多少意訳だとは知りつつ、よりエモーショナルな歌詞をつけてくださいました。「ハンティング=狩り」を「川や通りの流れに何かを求めても」と訳し、“イアンは自分の心を埋めるために、自然の中にも、街の中にも、どこかに転がっているだろう【何か】を求めていたのだ”と訴えたところに、松浦流が凝縮されていると思います。
「Atmosphere」はこの指摘にもあるように、ところどころ抽象的でわかりにくい歌詞です。それでは、テキストと「コントロール」の字幕を見てみましょう。そして、『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』、「コントロール」のサウンドトラック盤の訳(後に出た「ザ・ベスト・オブ・ジョイ・ディヴィジョン」コレクターズエディションも同じ訳です)と比べながら、読んでみたいと思います。
Walk in silence, 歩いていく 静寂の中を
Don't walk away, in silence. 行かないでくれ 沈黙したままで
See the danger, 危険に目を向けろ
Always danger, 常に危険は存在する
Endless talking, 終わりのない会話
Life rebuilding, 人生の やり直し
Don't walk away. 立ち去らないで
Walk in silence, 歩いていく 静寂の中を
Don't turn away, in silence. 背を向けないでくれ 沈黙したままで
Your confusion, 君の混乱
My illusion, 僕の錯覚
Worn like a mask of self-hate, 自己嫌悪を身にまとい
Confronts and then dies. 対立し そして滅びる
Don't walk away. 立ち去らないでくれ
People like you find it easy, 君たちにとっては簡単だろう
Naked to see, 無防備なまま
Walking on air. 浮かれている
Hunting by the rivers, 川や
Through the streets, 通りの中に 何かを求めても
Every corner abandoned too soon, もはや意味がない
Set down with due care. これだけは覚えていてくれ
Don't walk away in silence, どうか行かないで 沈黙したままで
Don't walk away. 立ち去らないでくれ
シンプルで短いフレーズで構成されているので、訳し方でかなり印象が変わります。
まず「コントロール」は「Walk in silence」を、「歩いていく 静寂の中を」としていますが、『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』は「黙って歩く」、サントラ盤は「歩く 沈黙の中を」としています。「walk」は現在進行形ではありませんが、ただ「歩く」とするよりも「歩いていく」とする方が、「歩く」という動作が目の前で行われているように、生き生きと感じられます。
続く「Don't walk away, in silence」の「silence」を他の二つは「沈黙」と訳しています。「コントロール」は「silence」を「静寂」と「沈黙」と二種類の言葉で訳しています。〈歩いている人が何も言わない〉のと〈静寂の中を歩いていく〉のとでは、後者の方が辺り一面の静寂を感じさせ、世界に広がりがあります。
そして、パンフレットに指摘されている2連目の「Don't turn away」ですが、『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』もサントラ盤も「顔をそむけないで」と訳しています。これが「背を向けないで」となっているところがイイ、というのですが、確かに、「背を」となっていることで、静寂の中、後ろ姿がどんどん遠ざかっていく様子を、はっきりとイメージすることができます。
言葉から具体的な、生き生きとしたイメージを心に抱くことができるかどうか、さらに、そこから豊かな想像力が喚起されるかどうかは、詩を鑑賞するうえで重要な要素になると思います。「Atmosphere」は一見抽象的に見えますが、静寂の中を歩く人物の具体的な像が、超俗的な詩の世界の象徴となり、余情を感じさせてくれるように思います。(続く)