ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【大ペテン師】難波先生より

2016-03-28 11:01:54 | 難波紘二先生
【大ペテン師】
 先日、毎日新聞「余録」が紹介してくれたカール・シファキス「詐欺とペテンの大百科」(青土社、2001/9)の原本をめくっていて、Clifford Irving(1930- )というハワード・ヒューズの「自序伝」をゴーストライトしたという作家の項目に行き当たった。
 ヒューズは映画製作と航空会社の経営で億万長者になった。その代理人としてアーヴィンが「ヒューズ自伝」の原稿を、有名な出版社マグロ・ヒルに持ち込み、前渡し金76万5000ドルで契約した。同じくタイム・ライフ社も抄録版の刊行を25万ドルで契約した。
 ところがこれが真っ赤な偽原稿だった。印税が振り込まれたスイス銀行の「ハワード・ヒューズ」名義の口座の真の所有者はアーヴィンの妻だった。
 シファキスの本に、この大ペテンが発覚したいきさつを、「The Book Of Lists」(1977)という本にアーヴィン自身が書いている、とあった。「史上最大の10大ペテン師」という項目を執筆し、その9位に自分自身を上げているという。

 幸いこの本は1977年に全米ベストセラーになった本で、書棚にあった。(添付1)
(Fig.1: The Book of Lists)
 英語の本は人名索引、事項・書名索引、参考文献がしっかりしており、500頁もあるのに索引を利用すると、すぐに必要な頁に飛べるのがよい。(余談だが、クリックでページ移動が自在になるネットの「ハイパーテキスト」概念は、索引が整っている英語本の文化から生まれた。索引が貧弱な日本語文化圏では絶対に生まれていないだろう。)

 この本の第3章「罪と罰」の冒頭に「クリフォード・アーヴィン」の略歴が載っている。
<ニューヨーク市生れ。著名な漫画家の息子で、コーネル大に学んだ。職業作家となり小説:「On a Darkling Plain」、「The Losers」、「The Valley」、「The 38th Floor」などを発表したほか、広く読まれたノンフィクション「Fake!」を書いた。1971-72年、ハワード・ヒューズ(1905-1976)によるとする「ヒューズ自叙伝」を刊行し、世界的に有名となる。後にこれはとてつもない捏造と判明。この「史上最大の10大ペテン師」リストでは、アーヴィンはその1人に自分を挙げ、「ヒューズ事件」について、自分サイドの説明を行っている。

 このリストは年代が古い順に
 1位=「コンスタンチヌス憲法」(コンスタンチヌス帝がローマ法皇に統治権を与えたという3000語の古文書。ローマ法皇が9世紀に利用を始めて、18世紀にフランスのヴォルテールが真偽性に疑問を提起した。作者不明の文書)、
 2位=「ウィリアム・ヘンリー・アイルランド(1777-1835)」(シェークスピアの恋文、未発表の戯曲などを捏造。)、
 3位=「アルキビアデス・マイモニデス(1818-1890)」(アルバニア生まれの画家、化学者。1853年、ギリシア国王に古代ギリシアの詩人、ホメロスの手稿なるものを売りつけることから捏造人生をはじめた。)
 4位=「チャールズ・ドーソン(1864-1916)」(英国の弁護士で素人考古学者。「ピルトダウン人捏造事件」の犯人)、日本では藤村新一が相当。
 5位=「フランツ・リスト(1875-1962)」(世界的に有名なヴァイオリン奏者、作曲家。パガニーニ、ヴィヴァルディなどの埋もれた名曲を発掘したと主張。1935年に、NYTの音楽評論家に捏造を告白。)
 6位=「ハンス・ファン・メーゲレン(1889-1947)」(オランダの画家、フェルメールの贋作者として有名)
 7位=「アルツロ・アルヴェス・レイス(1896-1955)」(世界最大の偽金造り。ポルトガルの正貨500エスキュード札を印刷するロンドンのワーテルロー・サンズ社を騙し、1000万ドル相当の札をアフリカのポルトガル植民地アンゴラに送らせ、そこからリスボンの自分の銀行に逆送金した。ポルトガル銀行の株を買い占め、「ポルトガルを盗んだ男」と呼ばれる。1925年、紙幣番号の重複が見つかったことから偽造が発覚し、懲役15年の刑を受けた後、落魄して死亡。
 8位「エルミル・ド・ホリイ(1906-1976)」(ハンガリー生まれのユダヤ人難民。ゲイ。多数の変名を持ち、マチス、モジリアニ、シャガール、ピカソ、ゴーガン、セザンヌの贋作を量産。1962年以後、スペイン・イビザ島で生活。76年、贋作売人に脅迫され、薬物自殺)となっている。

<第9位=「クリフォード・アーヴィン(1930- )」
 作家アーヴィンは、1971年に20世紀で最も広く報道された詐欺事件で犯人とされた。彼はニューヨークの出版社マグロ・ヒルに、ラスベガスに住み、なかなか会えない有名な億万長者ハワード・ヒューズの自叙伝を代作する権限を与えられたと信じこませた。友人の児童書作家リチャード・サスキンドと一緒に、アーヴィングは「ヒューズ著」の1200頁にも及ぶ大胆な想像をまじえた本を書いた。これはヒューズを知るベテラン記者や知人たちが「本物に間違いない」というほどの内容だった。アーヴィングは20頁に及ぶヒューズ自筆の手紙を偽造し、信用させるためにヒューズとの契約書を捏造した。
 これらの捏造文書は、ヒューズの自筆原稿の本物を一度も見たことがない、全くの素人によるものだった。しかし全米で最良の5人の筆跡鑑定専門家に提出され、厳密な鑑定の後、全員が異口同音に「本物である」と判定した。鑑定人ポール・オズボーンはアーヴィンがこのような大量の文書を捏造するということは、「人間技では不可能だ」と述べた。
 世論の激高と周知性にもかかわらず、アーヴィンの本質的には馬鹿げた企みは、スイス銀行が伝統的な秘密主義を破り、スイス銀行の口座名「H.R.ヒューズ」が、実際には女性で著者の妻であることを暴露しなかったら、発覚することもなく詐欺だとも証明されなかったであろう。著者はマグロ・ヒル社から受け取った78万5000ドルの残った金を返却し、17ヶ月間の懲役に服した。>

 第10位は変わっていて、「MR.X(? -?)」
<定義により、このあらゆる時代を通じて最大の捏造者の素性は、男か女かもふくめ誰にも知られていない。この人物は、非常に賢明で巧妙であり、疑われるようなことや化けの皮が剥がれるようなことは絶対にしなかったし、しないに違いない。Caveat emptor.>

 “Caveat emptor”というラテン語めいた引用句は、「オックスフォード引用句辞典」にも載っておらず、「怪しくないものに用心しろ」という意味の自作警句ではなかろうか…
 なお、事件が発覚した1971年、騙された「タイム誌」は「Con Man of The Year(今年の捏造男)」と題して、第8位の画家エルミル・ド・ホリイが描いたアーヴィングの肖像を表紙に掲載した。(添付2=シファキス本より)

(Fig.2: アーヴィングの肖像)
 これだけのことをして、アーヴィングは社会的に抹殺されたかと思いきや、まだ生きていて、
ここで老人になった顔が見られる。
https://www.google.co.jp/webhp?sourceid=chrome-instant&ion=1&espv=2&ie=UTF-8#q=Clliford+Irving

Autobiography of Howard Hughes (1971)以後の著作にも、
The Death Freak (1976)
The Sleeping Spy (1979)
The Hoax (1981)
Tom Mix and Pancho Villa (1981)
The Angel of Zin (1983)
Trial (1987)
Daddy's Girl: The Campbell Murder Case A True Tale of Vengeance, Betrayal, and Texas Justice (1988)
Final Argument (1990)
The Spring (1995)
Boy on Trial (2004)
Clifford Irving's Prison Journal, aka Jailing (2012)
Bloomberg Discovers America (2012)
と多彩な作品を発表している。
 なんだか日本の下川耿史と英国のコリン・ウィルソンを合わせたような作風をもつ作家だ。アメリカは変わった国だ。これに比べると「ショーン川上」なんて、小者だな…。小保方晴子が「あの日」を書いたことを責めるのも酷かな、と思う。もっともあれにはゴーストライターがいると、私は思うが…

 しかし1977年に2ドル50セントで買ったバンタム社のこのペーパーバックス。500頁もあるのに、ちゃんとフラットに開けるし、未だにページ剥がれも起こらない。ビニール引きの表紙だけで、カバーも帯もない。それでよいのだ。過剰包装の日本語新書を見ると、胸くそが悪くなる。あれは決まって帯からちぎれる。「The Book Of Lists」は、何より内容が面白く長く楽しめるのがいい。
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