goo blog サービス終了のお知らせ 

ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【歴史の真実】難波先生より-日韓関係を題材として-

2012-08-28 12:17:14 | 難波紘二先生
【歴史の真実】「歴史の真実と政治の正義」は別だというタイトルの本を書いたのは山崎正和だが、新聞を読むと実に不勉強で、事実をきちんと伝えようとしていない。


 「天津条約」(1885)で、朝鮮に対する清と日本の立場は平等と定められたにもかかわらず、清は「宗主国」の立場を強化した。
 1887年に朝鮮政府が日米など7ヶ国に全権公使を派遣しようとしたとき、清は「公使派遣には清国皇帝の許可が必要」とこれを妨害した。
 日清戦争(1894/7~1895/3は、朝鮮を併合しようとする清とそれに対抗する日本の戦いであった。


 その結果結ばれたのが「日清講和条約」(下関条約とも: 1895年)である。
 その第一条はこうなっている。(原文は漢字片仮名文)
 「第一条:清国は朝鮮国の完全無欠なる独立自主の国たることを確認す、因って右独立自主を損害すべき朝鮮国より清国に対する貢献典礼等は、将来全く廃止すべし」
 全11条あるが、以下は割愛する。


 日清戦争の戦費及び兵士、馬匹の損害は以下の通りである。(「参謀本部資料」)
 1)兵員死傷=1万7,280人
 2)馬匹損失=1万1,532頭
3)戦費=2億47万5,508円(「下関条約」第2条の賠償金でほぼ埋め合わせ)


この条約によって朝鮮は初めて中国の属国の位置から脱却したのである。それまでは朝鮮には固有の年号がなく、中国のものを使用していた。1896年1月1日から太陽暦を採用し、1897年には国王を「皇帝」と改称し(清の属国だったらこれはできない)、同年10月14日に「大韓帝国」と国号を変更したのである。


 こうして史上初めて独立国となったのだが、「自尊独立」の気概に欠け、清がダメになったら、今度は南下を目論むロシアを頼りにするようになった。何しろ皇帝が1年以上もロシア大使館に亡命したくらいである。国家指導者も大きな展望がなく、分裂していて互いに争っていた。
 こうして1904/2に日露戦争が起こり、「日韓議定書」、「第一次日韓協約」などにより、日本は朝鮮に対する実効支配を強めた。


 しかし、「日韓議定書」の第三条はこうなっている。
「第三条: 大日本帝国政府は大韓帝国の独立及び領土保全を確実に保証すること」


 1905/9に「日露講和条約」が結ばれると、「第二次日韓協約」により朝鮮総督府が設置された。
 日露戦争における、日本の損害と戦費は以下の通りである。(「参謀本部資料」)
 1)死傷=11万8,000人
  捕虜=2,000人
 2)馬匹=3万8,300頭
3)艦船喪失=91隻
 4)戦費=2,251億5,448万1,790円


 1907/8には韓国軍隊は解散し、治安と国防は朝鮮総督府の管轄下に入った。
 1909/12には韓国人団体「一進会」から「韓日合邦」の要望書が出された。
 翌、1910/8に韓国を日本に併合する「韓国併合に関する条約」が締結された。この時に「韓国」から「朝鮮」に名称が変更された。


 この条約第一条と第二条はこうなっている。
 「第一条: 韓国皇帝陛下は、韓国全部に関する一切の統治権を完全かつ永久に日本国皇帝陛下に譲与す。」
 「第二条: 日本国皇帝陛下は、前項に掲げたる譲与を受諾し、かつ全然韓国を日本帝国に併合することを承諾す。」


 「征韓論」の頃から日本に韓国に対する領土的野心があったことは事実だが、それを見抜き日本との外交を上手く処理して行く能力が朝鮮には欠けていた。「事大主義」で、清朝がダメならロシア帝国に頼るという日和見外交だった。それが日露戦争の結果、追いつめられれて、皇帝自らが国土と統治権の「譲与」を申し出たのが、「日韓併合」の真実である。この間の日本の国際法上の措置は、手落ちがない。それはイサベラ・バード「朝鮮紀行」(講談社学術文庫)を読めばよくわかる。


 何度も蒸し返される「慰安婦問題」だが、国会図書館の関連重要文書は、何ものかに盗まれているという。が、国会図書館関西支所に戦前の「朝日・朝鮮版」のマイクロフィルムが保存されていたという。水間政憲『朝日新聞が報道した<日韓併合>の真実』(徳間書店)には、日本語版とハングル版の記事写真がたくさん掲載されていて、一種の写真集である。


 これを見ると、普通の民間人を騙して、売春婦として売ったのは朝鮮人の悪徳業者であること、売った先は中国や東南アジアの売春業者であること、日本軍は陸軍省が1938年3月4日に「軍慰安所従業婦等募集に関する件」という命令書を発し、「社会問題上遺漏なきよう配慮せよ」と、悪徳業者の排除を命じている。
 なお兵士の給料が軍曹で月30円なのに、慰安婦の月収は平均して1,000円もあり、これが魅力で自発的に志願したり、親に売られた娘も多かったそうである。
なお借金を返したら自由となり、帰国するものもいたという。


 「性奴隷」と韓国はいうが、奴隷とは食わしてもらうだけで労賃を一切払ってもらえない者をいう。日本軍下士官の33倍の月収がある奴隷などいるものか。
 
 「悪徳紹介業者が跋扈、農村婦女子を誘拐、被害女性が百名を突破する、釜山刑事が奉天に急行」(「東亜日報」1939/8/31付)
 という見出しが付いている。漢字交じりのハングルだが、助詞だけがハングル、他は漢字なのですぐに読める。
 つまり釜山近郊から約100名の婦女子が誘拐され、満州奉天に売られたということだ。「悪徳紹介業者」とは朝鮮人の業者のことだ。


 「政治の正義」は力関係や外交的配慮で変わることがある。日清戦争後の「三国干渉」で遼東半島を放棄したのがその例だ。あの時、日本国民は「臥薪嘗胆」を誓った。
 「政治の正義」は変わるが、「歴史の真実」は変わらない。その真実をこそ、メディアは伝えなければいけない。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。