会津盆地へ向かって県道を下り、雄国パノラマラインに入りました。南原堤の桜がまだ咲いているのを確かめた後、飯豊山を一望するお立ち台を訪ねています。
出発前の予告通り、本日は米沢に泊まります。会津若松との二者択一の状況で米沢に落ち着いたのは、近年置賜での花見が中途半端に終わってしまうことが多かったからです。四年前は事故というあるまじき失態によりそもそも立ち寄ることができず、三年前は異例の早咲きの影響により駆け足で通り過ぎただけでした。一昨年と昨年は上杉神社の夜桜を見物しただけであり、もう五年もまともに花見をしていません。会津では去年空前絶後の見事な桜を眺めており、今年についてはある程度妥協しうることを考えると、今回は米沢に泊まって、置賜での花見に注力した方がよかろうと思い立った次第です。
ただし、米沢にするか、会津にするかについては直前まで迷いました。というのも、去年でさえ米沢に着いたのは夕方になってからでした。出発した時点で二時間遅れていたことと、猪苗代の桜が満開という条件を考えれば、会津で日が暮れることも想定の範囲内でした。ならば会津に一泊し、米沢には翌日明るくなってから向かってもよさそうに思われたからです。現実にもその通りになってしまい、やはり会津にすればよかったかという結果論が頭をもたげています。
観音寺川の夜桜を見物してから若松へ向かえば、時間的にも丁度よかったでしょう。しかも、明日はここから残雪の飯豊山と菜の花畑を眺め、喜多方でラーメンをいただき、熱塩を明るいうちに訪ねることもできます。この場合、米沢へ着くのは早くとも昼過ぎになってしまい、結局あちらは中途半端にならざるを得ません。とはいえ、それを補って余りある成果を期待できる以上、若松も捨てがたかったと未練が募るのは人情です。猪苗代から県道を下っていき、若松へ向かう県道と分岐する交差点にさしかかったとき、左へ行きたいという悪魔のささやきを振り切るのが難儀でした。
とはいえ、今夜の若松には飛び込める宿もなく、鞍替えという選択肢は残念ながらありません。新緑の季節に戻ってこられることを願って、ひとまず会津を後にします。近いうちにまたお会いしましょう…
出発前の予告通り、本日は米沢に泊まります。会津若松との二者択一の状況で米沢に落ち着いたのは、近年置賜での花見が中途半端に終わってしまうことが多かったからです。四年前は事故というあるまじき失態によりそもそも立ち寄ることができず、三年前は異例の早咲きの影響により駆け足で通り過ぎただけでした。一昨年と昨年は上杉神社の夜桜を見物しただけであり、もう五年もまともに花見をしていません。会津では去年空前絶後の見事な桜を眺めており、今年についてはある程度妥協しうることを考えると、今回は米沢に泊まって、置賜での花見に注力した方がよかろうと思い立った次第です。
ただし、米沢にするか、会津にするかについては直前まで迷いました。というのも、去年でさえ米沢に着いたのは夕方になってからでした。出発した時点で二時間遅れていたことと、猪苗代の桜が満開という条件を考えれば、会津で日が暮れることも想定の範囲内でした。ならば会津に一泊し、米沢には翌日明るくなってから向かってもよさそうに思われたからです。現実にもその通りになってしまい、やはり会津にすればよかったかという結果論が頭をもたげています。
観音寺川の夜桜を見物してから若松へ向かえば、時間的にも丁度よかったでしょう。しかも、明日はここから残雪の飯豊山と菜の花畑を眺め、喜多方でラーメンをいただき、熱塩を明るいうちに訪ねることもできます。この場合、米沢へ着くのは早くとも昼過ぎになってしまい、結局あちらは中途半端にならざるを得ません。とはいえ、それを補って余りある成果を期待できる以上、若松も捨てがたかったと未練が募るのは人情です。猪苗代から県道を下っていき、若松へ向かう県道と分岐する交差点にさしかかったとき、左へ行きたいという悪魔のささやきを振り切るのが難儀でした。
とはいえ、今夜の若松には飛び込める宿もなく、鞍替えという選択肢は残念ながらありません。新緑の季節に戻ってこられることを願って、ひとまず会津を後にします。近いうちにまたお会いしましょう…
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます