公演名 彩の国シェイクスピア・シリーズ第28弾「ヴェニスの商人」
劇場 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
観劇日 2013年10月14日(月祝)12:30(休憩はさんで2幕)
座席 B列
久々に観るオールメールの舞台。前回もやはり猿之助さん(当時は
亀治郎さん)が出演した舞台『じゃじゃ馬馴らし』だった。
オールメールといえば喜劇が多く、いつもドタバタ、アハハ~と笑って
いるうちにおめでたいエンディングを迎える感じ。
だけど、今回は違っていた。
コワイ~~~!! なのに可笑しい。
観終わってすぐ、体に力が入っていたことに気づいた。
シャイロックのものすごいお芝居に圧倒されたらしい。
カーテンコールでは早い段階からスタオベに。客席の隅々にまで視線
を行き届かせる猿之助さんの眼力にひれ伏しそうになった。
いやはや!
<キャスト/スタッフ>
市川猿之助:シャイロック 中村倫也:ポーシャ
横田栄司:バサーニオ 高橋克実:アントーニオ
大野拓朗:ジェシカ/シスター 間宮啓行:グラシアーノ/僧侶
石井愃一:老ゴボー/テューバル/僧侶/シスター/高官
青山達三:ヴェニスの侯爵/僧侶/モロッコ大公の従者
手塚秀彰:モロッコ大公/僧侶/高官
木村靖司:アラゴン大公/僧侶/シスター/高官
大川ヒロキ:ソラーニオ/僧侶
岡田正:ネリッサ
清家栄一:ランスロット・ゴボー/僧侶/シスター
新川將人:サレーリオ/僧侶
鈴木 豊:ロレンゾー/シスタ
福田潔:ポーシャの召使い/僧侶/楽師/シスター/高官
市川段一郎:アントーニオの召使い/バサーニオの従者ほか
鈴木彰紀:ステファノー僧侶/シスター/バサーニオの従者ほか
隼太:バルサザー/僧侶/シスター/高官
坂辺一海:リオナード/ポーシャの侍女/アラゴン大公の従者ほか
内田健司:僧侶/モロッコ大公の従者/ポーシャの侍女ほか
白川大:僧侶/モロッコ大公の従者/ポーシャの侍女ほか
丸茂 睦:楽師(アコーディオン)/僧侶
演出:蜷川幸雄
作:W・シェイクスピア 翻訳:松岡和子
<あらすじ>
舞台は貿易都市ヴェニス。ある日、貿易商を営む裕福な紳士アントーニオ
のもとに、年下の親友バサーニオが借金の申込にやってくる。彼は才色兼
備で大富豪の令嬢であるポーシャにプロポーズをしようとしており、その
ための元手をアントーニオに頼ってきたのだ。生憎と全財産が海を渡る船
の上にあったアントーニオは、自らを保証人として借金をするようバサー
ニオに勧める。ところがバサーニオが借金を申し込んだのは、よりによっ
てアントーニオの天敵とも言うべき、高利貸のシャイロックだった――。
(公式サイトより引用)
<シャイロックといえば肉1ポンド>
小学生の頃に名作文学全集で読んで以来の『ヴェニスの商人』。当時、
人生経験のない10歳児の頭ではこんなコワイ話だとわかるはずもなく。
肉1ポンドについての痛快な裁きに、ただただスッキリした気分で読み
終えたように思う。だから、なおさら。
エエーーーッ! こんなあからさまな人種差別の話だったっけ?
(あるいは、私が読んだ本は子供向けに話が端折られていたのか?)
前段スッ飛ばして・・・・・・
裁判のシーンでは、高官たちが舞台の上から客席に降りてきて、私たちと
同じように椅子に腰掛け、同じ目線で舞台上のシャイロックの言い分を
聴き始めたので、たちまち観客全員が傍聴人になった。
ユダヤ人の商人で金貸しで、表情は暗く、どこか卑屈な顔つきの男。
そんなシャイロックを演じる、ただならぬ風貌の猿之助さん。
「とにかく証文の通りにしてほしい!」の一点張り。
期日までにお金が返せなかったのだから、約束通りアントーニオの心臓
の近くの肉を1ポンドもらう、と。
シェイクスピア劇の中にいて、あえて歌舞伎の口跡や見得を使って緩急
自在にふるまう猿之助さん。それがヴェニス人にとってのユダヤ人であ
り、だからこそ猿之助さんが演じる意味があるのだと納得できる。
裁判官(に扮装したポーシャ)の名裁きは素晴しいとしても、その後が
実はもっと残酷だった。いや、一見フェアと思えるその裁きにも用意周到
な伏線があったように思う。何度もシャイロックに念押しした箇所を逆手
にとり、人の命を奪う意図があった者には財産没収。
そのうえ、キリスト教に改宗せよ!と言い渡す。
ひょえ~!コワイよ~。なんて横暴な!
(と、観劇時は思っていた。でも後から考えると、これがシェイクスピア
の生きた時代なら、ヴェニス市民の傍聴人なら、もっともっと見せ物的で
ここは拍手喝采になっているのかも、と思う。)
改宗せよとまで言われ、十字架を首に掛けられ、愕然とするシャイロック。
さっきまで大きな存在感を放ち、自在に泳いでいたシャイロックが急にす
ぼんだように力を落としている。(それでも劇場中の空気は掌握したまま。)
敗北感と憤りと屈辱と憎悪と、何よりも人間の尊厳を奪われたことによる
苦痛がにじみ出て、猿之助さんの表情はとてもリアルだ。
やがて静かに舞台を降り、上手側の客席通路をゆっくり歩いて帰る姿が、
シャイロックにとっては逆異端と言えるイエスに見えてしまった。
皮肉なことに。
十字架こそ背負ってはいないが、傾斜と段差のある長い通路がゴルゴダ
の丘に向かう坂に見えた。一歩進んでは止まり、また一歩、一歩・・・。
顔には汗、その目には涙。怒りはもう消え、すっかり諦観に塗り変わった
シャイロック猿之助さんの顔。
時間をかけて退場する彼に観客は拍手をおくり続けた。
このシーンと、最後に再登場して首にかけられたロザリオを手に握りしめ
る演出のせいだと思う。この話が人種差別、異端裁判の話だと思ったのは。
<やっぱり楽しいオールメール>
重苦しい気持ちから救ってくれるオールメールの喜劇性。
ポーシャとネリッサのコンビには特に癒された。
中村倫也さんのポーシャ、ほんとうにきれい~!
私には「八犬伝」の犬阪毛野の印象が強いけれど、蜷川さんの舞台ですで
に女役デビューしていたことを知りナットク♪
ドレスのときはふくよかで、裁判官に化けたときはスリムに見えた。
男に扮装した時も男っぽく見えず、可愛らしく見えたのは不思議。
バサーニオからの求婚で、箱を選んでもらっている最中のポーシャの落ち
着かなさが可笑しくて! バサーニオと、その向こうにいるポーシャの顔
が同時に見える席だったので、心配そうに後ろから見ているその表情が
あまりにいじらしく健気で、ついウルウルしてしまったよ。
ジェシカの大野拓朗さんもとても可愛いひとだった。
だけど、娘がここまで父を突き放していいんだろうかと心配になった(笑)。
バサーニオ役は、いつも艶っぽい横田栄司さん。
爽やか・・・ではないけれど、自分の恋に忠実に行動する若者役を演じて、
ひじょうに新鮮だった。一方、親友のアントーニオとの男どうしの友情を
見せつける場面では、友を裏切らない誠実さがリアルに伝わった。
アントーニオを演じる高橋克実さん。友を信じ、友のために死んでゆくこ
とも覚悟した表情がとても素敵だった。
西洋的男どうしの友情はよくあるパターンだけれど、今回はなんだか友情
の美しさまでがキリスト教礼賛の文脈で語られているような気持ちになった。
と書きつつ、やっぱりオールメール劇は楽しいのだった♪
東京みたいにライブが楽しめたらもっとよかったんだけど。劇中のアコー
ディオンの生演奏はとても心地よかった。