初恋未満

2009-06-14 | 日記
朝と晩、病院から家、家から病院を往復している道の途中に床屋さんがある。

中学一年生のある日、部室でクラリネットの箱を開けたら手紙が入っていた。
何て書いてあったか殆ど覚えていないけど、解読法付きの暗号文で自己紹介みたいなことが書いてあったような気がする。
ラブレターとも呼べない他愛ない手紙だったけど、13才の私の胸をドキドキさせるには充分だった。
その手紙をくれたのは一学年上のチューバを吹いてた男の子。
そう、この床屋さんの子。

こちらに来てもう一月半経った。
だいぶ前から前髪が目の上に被ってうるさくて、通りすがりの美容院を覗きこんだりしてた。
でも知らないところでカットしてもらうのは気が進まず困っていた。

今日いつものようにその床屋さんの前を通りすぎようとした時、ふと「そうだ!前髪だけオチアイ君に切ってもらおう」と思い付いた。オチアイ君が跡を継いでるかどうかも知らないのに(笑)

店の中に入る。
白衣のオジサンが出てきた。おっ!オチアイ君だ!
「前髪だけ切ってもらえますか?」
澄まして言ったもののクスクス笑いがこらえきれない。
残念ながら思い出してはもらえず名乗ったのだけど…
理容学校は大久保だったと言う。
「ええ!?私もそのころ西大久保に住んでたよ!」
「へえ、近くにいたんだね」
そのあと早稲田で修行してたことなど話しながらアッという間にカット終了。
自然な仕上がりで満足。

「ありがとう」と言いながらふと棚をみたら一枚の小さな写真が目に入った。
満面の笑みの女性の顔がアップでこちらを見てる。
「女房…」
オチアイ君の顔が歪む。
「膵臓癌でね、10歳も若いのに…」
「いつ?」
「去年の正月」

こんなとき何が言えるだろう。
奥さんは明るく優しいとても素敵な笑顔の人だった。たんぽぽみたいな笑顔の人だと思ったけど何も言えなかった。
「元気出してね。
イヤ元気出してなんてゴメン!まだ去年のことだもんね、ゴメン、じゃあね、ありがとう」

病院に着いて眠ってる母のシューシューという酸素の音聞きながら泣けてきた。
今思い出した!
あの手紙に書いてあったことひとつ
『好きな花…紫陽花』






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1 コメント

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じーんときた (みやかよ)
2009-06-15 01:26:11
これ、すごくいい文章です!
ドラマになる。
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